ラピュタ計画

2017/03/21

庭のしつらえ 大阪市の変遷

私は小さな不動産屋の娘でした。建売住宅を扱っていて、現場を見せてもらったりすることもありました。

私が子供の頃といえば、今から40年くらい前の大阪市の建売住宅には、小さいながらも庭が付いていました。

「庭付き一戸建て」というのが、当時の人々の憧れであり、みんな競って小さな庭に木を植えていました。

それが、バブル期になると、とても狭い土地の上に、三階建住宅を建てるのが主流となり、一階は駐車場とお風呂、余裕があれば和室というような設えとなり、リビングが二階、三階は寝室と子供部屋という間取りが普通の建売住宅の様式になっていきました。

それと同時に、庭のスペースはどんどん削られていき、庭木はシンポル的に一本あれば良い方、小さな花を寄せ植え程度に植えたりすることが増えていきました。

私が子供の頃に建った家は、今、建て替えされることが増えていき、次に建った家は三階建の庭無しが多いです。

植えられていた庭木はどこへ?きっと処分されたんだろうな…

道路が全てアスファルトに変わった後は、家が庭無しになって、私が知っている景色がどんどん変わります。

効率で考えたら、庭無しが手間もかからないし良いかもしれませんが、鳥たちの休憩できる枝もなくて、殺伐としてきました。

ふり仰ぐと、街角には防犯カメラがあちこちに付いていて、私には息苦しい街になっていってます。

まぁでも、庭木の運命は住んでいる人がいなくなると終わりのことも多いから、初めから無い方が良いとも言えるし、見方によっては善し悪しの判断はつきにくいのかもしれません。

「犬猫のように庭木を救うボランティアがたくさん現れて、杉林に植えていってくれないかな。そうしたら、杉林が雑木林になるのにな。花粉も少なくなるんちゃうんー。」などと、妄想が膨らむ私です。

2015/10/15

隣の雑草

隣の家の、昔はベンジャミンのような木が植わってたのが、今は土だけ入った植木鉢に、何かの芽が出ていたんです。

梅雨時には調子よく成長して、だんだんと木のようになってくるので、てっきりお隣さんが種を蒔いたのだと思ってました。

夏の盛りになると、私は自分の植木たちに、朝晩水やりをしていましたが、隣の植木鉢には、お隣さんは水やりをしませんでした。
雨が降った時だけ、水にありつけるのでした。

カンカン照りの日の夕方などは、私が自分の植木たちに水をやっておりますと、隣の植木鉢の植物がですね、なんとも羨ましそうにしな垂れているのです。

その時はなんの木だろう?と思いつつ、お水のおすそ分けをしてあげたら、翌日には復活するというのを繰り返したのです。

秋になって、いよいよ植木鉢の植物の正体がハッキリしてきました。どう見ても、植木屋さんで売っていそうな類の植物ではありませんでした。
多分、イノコヅチではないかと思います。

そのうち、植木鉢が、うちから少し離れたところに移動していました。
枯れるのを待っていたのに、私が水をあげるから?

水はおすそ分けできないこともありませんでしたが、ワザとらしくなるし、お天道様に祈るしかありませんでした。
そうしたら雨が降って、イノコヅチは助かりました。

助かったのですが、イノコヅチの命運はそこまででした。
連休中に、外出から戻ってふと見ると、イノコヅチは跡形もなく消えてしまってました。
ひっこ抜かれ て捨てられたようでした。

こんな出来事がある度に、「あぁ、生き辛い世の中だな。」と、私は思うのです。雑草の1本や2本、秋まで生かしてあげたらいいのになと思います。
人間がアスファルトだらけにしたために、自由に根も生やせない地上において、やっと育つことができたのになぁ。

アスファルトの隙間から芽を出した雑草には除草剤を撒いている人もいるし、そういうのを見るたびに、もう人類はいなくなった方がいいのかな?と思ってしまいます。

少しの隙間さえ、生きることを許してもらえない。
人間の生きる世界では、作物と家畜以外は存在不可なんですよね。

大津波が太平洋側にまた来るかもしれないと、皆さん怖がってますが、どうせ来るなら、人類の文明が滅びるくらいのが来た方が、地球のためになるのではないか?と、ふと思ってしまいます。

そんなことになる前に、人間一人一人がもっと賢くなって、地球の世話係にレベルアップしてもらいたいと、願っています。

宇宙空間から地球を見下ろしているビジョンが子供の頃からある私は、どこか人間と離れた場所から観察している気がします。


2015/10/04

宇宙からの視点のシミュレーション

どんどん地球を登って行った時、何が見えるだろうか?

ジョンレノンのイマジンを頭の中で流しながら、シューッと空に昇っていく私。
神社の木立がどんどん小さくなっていく。
グーグルアースで見慣れているから簡単に想像できる。

日本列島を下に見ながら更に登ると、丸い地球が薄い大気の膜に守られて宇宙に浮かんでいる。

もっと地球から離れていくと、地球の周りを回る月が太陽の光を浴びて地球と一緒に輝いている。

更に離れていくと、太陽系の惑星たちも見えてくる。

「遠くから見て思い起こせば、地球って貴重な星だな、空気はあんなに少ししか無いのか、だったら汚さないようにしないとな。国境なんか宇宙から見たら全く関係ないよね。」

そんなことを考えたりするのでしょうか。

この、宇宙からの視点とイマジンのセット、世界に広まってほしいな。

2015/09/19

次世代に繋ぐって大事

植木鉢の植木たちも、私が死んだら終わりかもしれない。
家の猫たちも、私が死んだら終わりかもしれない。
今やっていることも、私が死んだら終わりかもしれない。

そう思ったら、1日でも生きて、植木たち猫たちの世話をしたいと思う。
動物病院で、自分の納得のいく低価格の猫の避妊去勢を続けたい。

これも、後を継ぐ人がいなければ終わり。

よくドラマで、跡継ぎ問題で大騒ぎしているのをみるけれど、「大袈裟やな。」くらいにしか思っていませんでした。
それは、私がまだ若くて先はまだまだ長いと思っていたからだったんだと、最近思います。

母があっけなく死んでいったのを見て、自分もいつそうなるかわからないから、なるべく後片付けが残らないようにしないと…と思ってはみたものの、生き物たちのことに関しては、どうなってしまうのかわからないと思えます。

マンションオーナーのおばあさんの猫たちを5匹、去年の年末に引き取ったけれど、取り壊される予定のマンションの屋上には、たくさんの植木がありました。

おそらくは、マンション共々、廃棄物として処分されるのだろうなと、下から見上げて思ったのでした。

都会で植木を自分の庭に植えても、人間の1世代か2世代生かしてもらえたらありがたい方で、本当は何百年生きられる木でも、家が取り壊されるとか売られたとか、そんなことで無情にも処分されてしまうのが、現実なのです。

そういえば、駅の近くに庭付きの大きな家があって、桜が大木に成長して毎年花を咲かせていたのに、マンションに建て直されることになり、伐採されてしまいました。
その庭には、今では珍しい棗の大木もあったのに。

見渡すと、土が残っているところが本当に少なくて、ああ、ここはコンクリートジャングルだったんだなと改めて思います。

裸足で地面に立つと健康になれるという「アーシング」という本を注文しましたが、考えたら、裸足で立てる地面が、公園くらいしか残っていないのです。
これでは、健康になれるはずがないかもしれないと思いつつ、本が届くのを待っています。
そういえば、昔、とても孤独で辛かった時に、裸足で砂浜や草むらにたっている夢を何度もみました。
あれは、自分を癒そうとしていたのだなと思います。

話が逸れてしまいましたが、私の植木たち、息子が後を継いでくれないかなと思います。
跡継ぎって、大事ですね。


2015/08/18

イメージして作り出す 「説明編」

何もかも、何だかがんじがらめになってしまっている今日この頃。

人間が想像力(創造力)を失って、地球が完全に動物園化されてしまったら、人類は、自分たちが家畜同然だということにも気付かず、生まれて死ぬまで時間をつぶすだけの人生を送り、欲望のままに生きるうちに、自然環境が破壊されてしまい、地球に生き物が住めなくなる時が来るかもしれません。

それを宇宙から観察している誰かがいそうな、そんな気がするのです。もしそうだとしたら、地球は観察者の実験施設ということになります。

私は、地球が完全に動物園化されてしまう前に、試してみることがあるのではないかと思うのです。

この、人類の苦境から脱出する方法は、アナスタシアの言うように、「人間の想像力」だけしか残っていないような気がします。

想像力とは、イメージする力であると思います。

何事も、まずはイメージがないと形にはなりません。

洋服を作るときにはデザインがあるように、必ず作る人のアイデアが先にあるのですから。

人間には、なぜかイメージする力が備わっていて、今までは、ただ豊かになりたいとか、綺麗になりたいとか、そんな動機で使っていた力を、「地球を守る」とか、「支配から脱出する」とかに使えばいいのです。

その、青写真というか、デザインを、とりあえずやってみようというのが、今回の試みです。

デザインができたら、今度はどんな生地を使って、どんな糸を使って、型紙はどんな形にすればいいか、どんどん現実に形を作っていけば良いですが、ここではデザインだけをしておきたいと思います。

このブログを読んだ人も、私の真似をしてくれたら嬉しいです。

デザインを形にする時のコツなんですが、自然と一体化する気持ちと、善悪の判断に振り回されない中庸の気持ちと、自分の力でなんとかしようと力み過ぎない気持ちが大切です。
イメージを頭の中で描いたら、あとは天にお任せの気持ちが良いと思います。

自然と一体化は、生き物と仲良くするとか、自然を大切にする心から芽生えます。最近はペットのいる人が多いから、割と簡単にできるのではないかと思います。

善悪の判断に振り回されない気持ちは、太極拳の一番始めに心を無にする時と似ています。人間関係において、あの人が悪いとか、自分は悪くないとか、そういう囚われを手放します。

自分の力でなんとかしようと力み過ぎるとは、例えば私の場合は、鍼灸治療で誰かの病気を自分が治そうと力む気持ちに似ています。
そんな風に治療をすると、相手の邪気を吸い込んで、相手は治っても自分が調子悪くなったりします。
ただ、自分の手と鍼を通して、宇宙の気が流れていくイメージで治療をすると、上手くいくことが多いのです。

以上のような感覚を磨いていると、例えば、不思議なほどに犬の散歩の時だけ雨が止んだりします。
私も今のところ、できるのはこれくらいで、偉そうなことは何も言えないのですが、「何かある」と思っています。

これはひょっとして、アナスタシアの言う、人間に与えられた神の能力の一部かもしれないと、思えるのです。

これを、少しずつでも練習して、イメージを現実化できるようになる人数が増えたら、地球の動物園化の実験は取りやめになるかもしれません。

観察者たちは、創造の力がないのではないかと思えるからです。

地球にも、右脳派と左脳派がいますが、大きく分けると、人類は右脳派で、観察者は左脳派なのではないかと、私は思うのです。
だいたい科学者って左脳派ですしね。

とまぁ、こんなことをツラツラと書いてますが、普段のTwitterで、ブツブツ言ってる自分とはかけ離れている気がします。

こんな話を書いている時は、ひょっとして、チャネリングをして書いているのではないかと思います。

とりあえず、この話を読んで面白いと思った方は、イメージの練習をしてみてください。

私の場合は、どんどんベジタリアン化していくにつれて、力が強まっている気がします。
参考にしてください。

次回は、イメージする対象について、考えてみたいと思います。

2015/07/13

原発の被害農家が再生するエコビレッジシステム

原発事故で、何事もなかったかのように生活を営まざるをえないように、日本の政治は動いてきました。

特に農業は、土地に縛られているし、トラクターのローンとか、その他諸々の世の中の仕組みによって、がんじ絡めです。

それでも、汚染がひどくない新しい土地(日本中汚染されてるとは思いますが)で、やり直したいと思う人はいるかもしれません。

有機農業で頑張っていたのに台無しにされた方や、家族に体調不良が出て、移住をやむなしと考える人もいるかもしれない。

そんな人たちが、西日本の人口が少なくなって放棄された畑を、もう一度再生して暮らしていけるシステムがあったらいいなと思います。

村おこし的なことができる若者が残っていたら良いのですが、お年寄りばかりで、そんなことをする気力もない地域が、西日本中に存在しているのではないかと想像します。

そんな地域は、良い水源に恵まれていたりして、知らないうちに土地が外国の方の名義になっていたりするという話も聞いています。

これを、国を挙げて何とかすれば良いのにな…と私は思います。

農業以外の産業もあるから、放射能を認めることはなかなか難しくて、一番手っ取り早いのが、「何もないし起こらない。」と、しらばっくれていることだとは思いますが、いつまでもそれができる保証もないし、そのうちに、日本の人口が激減し出してからでは遅い気がします。

民間の仕組みができればマシですが、国の後押しがあるともっといいですね。

とりあえず、思いついたことを記しておきたいと思いました。

2015/05/27

地球が環境破壊する人間を駆除しようとしたら

地球が、環境破壊する人間を、人間の免疫のように駆除しようとしたらどうなるか考えてみました。

地球の免疫反応は天変地異を起こすことだと思いますが、環境破壊をするような人たちは、科学の力を使い、エアコンをつけたりして生き延びて、死ぬのは、自然と一体化して暮らす逃げ場のない人たちで、ますます駆除したい人間だけが生き延びるジレンマが生じます。

人間が、考えを改めて、地球環境を考えて強欲をやめない限り、地球に癒しが訪れることがないかもしれないと、思います。

そうなった場合、最終的には、やはり太陽の出番で、CMEを飛ばして全ての生命を焼き尽くし、地球は火星のようになるのではないか?と私は思います。

今はまだ、そんなことになりそうにないと思うかもしれませんが、三世代後の世界がどうなっているか、このまま行けばどうなるか、今この時代を生きている私たちが想像しないといけないことです。

それは、太陽も地球もただの物質だと考えていたら、想像だにできないかとは思います。
太陽や地球が人間のように心を持っているなんて考えられない人も多いと思います。
でも、もしも持っていたら。持っていないということは科学でも実証されていません。

そして、科学的定説というものは、多くの支持を得た仮説だということも忘れてはなりません。

と、まぁ、お説教くさい話になりましたが、最近の気候異変は尋常でないと感じる今日この頃、孫子の代まで住める惑星を残すことは、今の私たちの使命だと、そんなことを考えています。


2015/05/11

都会をみんなでオアシスにできたらいいな

田舎に行きたかった。
穢れた都会から抜け出して生きたかった。

でも、そうしたら、都会で苦労している猫たちは?その猫を助けている人を誰が助けるの?
というメビウスの輪のような疑問から抜け出せずに、とうとう、大阪で骨を埋めるかもしれないと思う今日この頃。

都会でたくさんの人が集まって生きていて、自然を残そうとする人は圧倒的に少なくて、気がつけばコンクリートとアスファルトに囲まれている。
そんな中で、ひもじそうな猫に情けをかけたり、鳥に申し訳ないと思う人が、少数派だけど残っている。

自然からかけ離れてしまった人たちからは、疎まれる存在のようになってしまった。

都会から逃げたくても、情けをかけた猫を残して行けないとか、自分が歳をとりすぎて、動く体力も気力もないとか、そんな事情で残っている私たち。

以前は、気がついた者が都会を脱出して離れていった方が良いと思っていた。
エコビレッジを作りたかった。けれど、その可能性が低い今、することは一つだと思う。
この都会の自然を少しでも守って、更に増やしていくようにすること。

私のできることは、少なくて、とりあえず家の前に植木をたくさん育てることと、猫に優しい人を助けることと、スズメたちに少しのお米をあげること。

私の家の前には、こんな小さな庭なのに、珍しい蝶々が飛んでいたりするから、少しは役に立っているかもしれない。
それと、現在空き家になっている犬小屋に、冬は野良猫さんが寝に来ているみたい。だから毛布は敷いたままにしておこう…

私みたいな人がだんだん増えていってくれたらいいな。

2015/05/05

今回が最後のチャンスです

子供の頃からの不思議な記憶の中で教えられている、「今回が最後のチャンスだ」という言葉の意味を考えています。

今回、太陽が人類に愛想をつかすとなれば、太陽のCMEが地球を焼き尽くすことになっているのかもしれないです。
そうでなければ、最後にはならないと思うのです。

ネパールの地震や東日本大震災が人工地震かも?という噂があるらしいです。
人工地震というのは、ある国が別の国を恫喝するために仕掛ける地震のようです。そんなことができるなら、あからさまに戦争をしなくても言うことを聞かせることができて、地震兵器を持っていたら便利ではあります。

まさかとは思うけれど、地球に対して、そんなことを繰り返す場合は、人類を消滅させるしかなくなるのではないか?と思います。

人工地震ではなく、地球からの警告だと考えても、私たち人類は、警告を無視して、欲望に身を任せて滅亡に真っしぐらという状態なのではないかと思うのです。

私は子供の頃から、不思議な記憶を持っていて、危機感を感じやすいのですが、まわりがあまりにもノンビリしていて、誰も危機感を感じていないのではないかと、心配していましたが、先日、鍼治療をしてあげているご婦人が、「地球は病気になっている。」と話をしていたから、少し安心しました。

だからどうすれば良いかという具体的なことがわかって広まれば、みんな地球を守るために行動を起こしてくれるのではないかと希望が持てます。

今後は、具体的に何をしたら良いのかを、考えてみようと思います。

2015/04/20

赤い空とグランドファーザーの予言

空が赤くなったという情報を、最近ちらほら聞きます。
先日もモンゴルで真昼間に空が赤くなっていたとか。

これは、太陽の活動と関係があるのかもしれないと私は思っていますが、限られた地域で限られた時間に出ている分には、まぁ、まだ大丈夫かな?と思えます。
けれど、世界中で同じ時に空が赤くなった時は、人類滅亡のカウントダウンの始まりだと予言した人がいるのです。

それは、グランドファーザーと呼ばれるアメリカインディアンで、名前をストーキングウルフという人です。
もう今は亡くなられています。

世界中の空が赤くなるというのは、太陽からCMEというフレアのお化けみたいなのが地球全体にストライク!となった時なのではないかと思います。
強烈な電磁波で、地球上は電子レンジ状態になるかもしれません。

空が赤くなるという予言は三つ目の予言で、実は四つ予言はあります。

二つ目まではすでに現実となってしまったので、あと、三つ目の予言が実現してしまったら、人類滅亡のカウントダウンです。

助かるのは、山の中に入って動物のように自然と共に暮らす地球の子だけだとグランドファーザーは言いました。
空が赤くなったら、1年以内に山に分け入って、都会から隔絶して生きないとダメだそうで、なぜなら、そのあと食糧危機が起こって、人々は殺し合って共食いになるからだそうです。

けれど、今の私たちに山の中でテントも無しに寝るような生き方ができるでしょうか。
私はウォシュレットがないと、トイレもままならなくなっている都会の人間ですし、できれば、人々の意識が、地球を大切にする方にパッとシフトしてほしいと願っています。

シベリアのタイガに住むアナスタシアは、人が自然の中で暮らせないことはなく、大自然は人間に必要なものを全て与えてくれていると言っています。

私もいざとなったら、それを試してみたいけれど、家族や猫がたくさんいて、自由に動くことままなりません。
そんな人が大部分だと思うので、どうか、人々が欲を捨てて、ただ生きていることに感謝して、地球を消耗させる生き方をやめてくれますようにと願っています。

赤い空。
このキーワードを忘れないように、よろしくお願いします。

大変参考になるサイトがありました。そちらですみずみまで読んでみてください。
響き合う世界 ReLAXIS

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