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育児

2017/12/01

三つ子の魂百まで

私の子供の頃、子供を育てるに当たって、近所の若いお母さんたちは井戸端会議で、「三つ子の魂百まで」というコトワザを話していたような気がする…

でも、どうやらその意味を穿き違えていて、“子供がワガママを言ったら、絶対に聞いてはならない。その時は厳しく叱りつけて、二度とワガママを言わないように躾ける”という感じのことを言ってたと思います。

小学生の私は小耳に挟みながら、「こわいな。」と思っていたような気がします。

この昔のお母さんたちの解釈は、完全なる間違いで、そんなことをすると、「子供の頃の記憶が無い」というようなアダルトチャイルドを作ってしまうようです。

私には甘やかしてくれる祖母がいたから、あまり被害に遭わずに済みました。それでも一度、夜に家を追い出されるようなパフォーマンスを父にされて、母は見て見ぬ振りをするし、祖母はオロオロするばかりで、子供の私の心はいたく傷ついて、「どうしてこんな暗黒の世界で生きていかなくてはならないのだろう。」といった絶望感で一杯になったことがありました。そのあと、川崎病になって死にかけたから、それ以来、私を家で厳しく叱る人はいなくなりましたが…

話が逸れましたが、3歳までに子供を厳しく叱って育てるということは、とても頭の悪い育て方で、子供は大人になっても心の傷が残っていて、自分の要求を他人にすることもできないし、自分らしく生きることもできなくて、一生苦しんで生きるようなのは、周りを見てきたからわかります。

そういう育て方は、創造的な才能を生かして自由に生きる人生を奪い、ただ、毎日あくせく働いて年をとって死ぬだけの人生を作り出し、さらに自分がされたことを正しいと思い込んで子供にするから、そういう奴隷人生を送る人間を生み出し続けることになるのだろうと思います。

そういえば、私が子育てをしている時も、近所の主婦たちは井戸端会議で同じことを言っていたし、歴史は繰り返されていて、これもこわい話だなと思います。

若いお母さんたちは気をつけてほしいと思うので、ググっても見つからないかもしれないと思いつつ、ここに私見を残しておきます。


2017/11/10

子育ての環境

私は韓流ドラマが好きでよく観ます。

ドラマの設定で、貧乏人の家は必ず散らかっていて、つまらない物が詰まっているんです。掃除も行き届いていません。

逆に金持ちの家は、スッキリと片付いていて、生活感がないくらい、物が置いてありません。メイドがいて、いつも掃除が行き届いています。

そういうのを見るにつけ、子供を育てるに当たって、家の中がゴチャゴチャと散らかっていて、掃除が行き届かない家というのは、「貧乏人の予備軍」を育てているのと同じだと思えます。

自分も経済奴隷でへいこらしてますが、子供にはそんな事を継がせたくないと思います。

だから、せめて、家の中だけは片付けて、掃除をするように努めています。

脱いだ服をその辺に置きっぱなしにすると、猫様たちが、オシッコをしたり爪を研いで穴だらけにしたり、上で寝て毛だらけにしますので、まず置きっぱなしはしなくなりましたし、大切なものを机の上に置いたままにすると、必ず猫様が「何これ?新しいオモチャかな?」と転がしてどこかにやってしまいますので、そういうことも禁止です。

革製の鞄なども格好の爪研ぎになりますし、高価なものを持つことができませんので、ブランド物を集めたりもしません。

何というか、家の中はスッキリとしていて、掃除にも無理矢理ですが勤しむという構図です。あー、それで招き猫なのかしら?

猫様のお陰で、何となく、キチッとするように、私たちは躾けられてきました。
息子が大成してくれたら、猫様効果を証明できるのですが。

しまいには猫様の賞賛大会になりましたが、猫様をたくさん飼うことは、それなりに費用がたくさんかかるし、ゴミもたくさん出ます。一長一短です。

散らかっていない、掃除の行き届いた環境で子供を育てるということは、少なくとも親の世代よりは出世する子供が育ちそうだという、お話でした。



2017/11/04

HSP(highly sensitive person)

少し前に過敏聴覚というものがあると知りました。

ヘッドホンを外せない子供たち」という記事を読みました。

これ、もしかしたら、私も子供の頃そうでしたし、今でもそうかもしれません。

子供の頃は、油断すると、全ての音が聞こえてきて、「ゴーッ」という音しか聞こえなくなる事がありました。

それに、飛行機の音って、通り過ぎた後に聞こえてくるものですが、近づいてくるときに、超音波みたいな音が聞こえてました。

私は耳鳴りの音を、自由に聞いたり聞こえなくしたりできるようになってました。

今でもショッピングモールのようなところは苦手で、一人で歩くときはヘッドホンして歩きたい方です。
逆に自然の音は大好きだから、散歩や自転車に乗っているようなときは、小鳥の声や風の音に耳をすますようにしています。

そうこうしていたら、今度はHSPというのがあると、知りました。

それは、「高い感受性を持つ人」という意味で、聴覚だけではなく、視覚、嗅覚、味覚、他人の感情に至るまで、繊細に、深く感じてしまう性質らしいのです。

なるほど、そういえば、夜中にどこかの家でつけているテレビの音が気になって仕方なかったり、LEDの街灯が眩しいからと、夜にサングラスをかけようとしてメガネ屋さんの店員さんに怪しい目で見られたり、猫のトイレの汚れを誰よりも先に見つけてしまう、この能力は、HSPだったのかー!

超、納得した私です。

私からみると、普通の人たちが鈍感すぎて、特に身近なダンナを「ドンくさいな。」と思ってしまうのですが、ダンナは普通だったのか…

私にはダンナの目や鼻や耳が、ただの穴ポコみたいに思えて、「節穴」と思っていたのですが。

私のこの能力を活かして、ヒーラーになりたいのですが、節穴のダンナの手伝いに全てを捧げさせられてて、このまま老いさらばえるのかと思うと、ちょっと残念です。

息子に遺伝してるかなとは思いますが、男だし、女の私の繊細さからみると、まぁ、イマイチですわ。

HSPについては、ココをクリックしてください。





2017/10/02

毒親=エネルギーバンパイア

誰かの病気が、毒親のせいかもな…と思ったとしても、自分から近い人であるほど救うことはできない。

近所とか、親戚とか。

中学校の新任教師だった時も、荒れている生徒の親をなんとかすることもできず、本人の自覚と覚醒を願うしか無かったことを、今日、若いのにシルバーカーを押して歩いている方に会って、突然思い出した。

それ無しでは歩けないという。

ステロイドの副作用で股関節でもやってしまったのだろうか?

忙しくて時間がなくて詳しい話もそこそこに別れた後に、「そうだ、自分から近い人ほど救えないんだな。」と思った次第。

毒親になっている人のそのまた親も、実は毒親にやられて自分も毒親になってしまった可哀想な人なのである。

怒りを出せなくて、心の中に溜め込んだら、色んな病気が起こってくる。
そんなことを、近所の人に到底アドバイスできそうにもない。

詳しく話を聞けなかったから、そんな考えが暴走してしまったけど、のちに事情を聞くと、骨折が原因で痛みをこじらせてしまったとのこと。

まぁ、近所向けに言っているだけかもしれないんだけれど。

自分から近いところに住む人ほど、助け舟も出しにくいし、本当のことを隠そうとするから、知っていることも教えてあげられない。

それに普段の私は、みんなから見ると、そこら辺のおばさんに見えているから、実は鍼灸師だとか、ヒーリングの知識はハンパないですよとか、そんなことも言えないし。

脱線してしまったけれど、世の中には気づかず毒親になっている人が多い。

自分の愚痴を、子供に垂れ流す毒親。
条件付きの愛しか与えない毒親。
見え透いた嘘ばかりついて保身を図る毒親。
約束を決して守らない毒親。などなど。

毒親にならないように生きることは、魂を磨く修行でもあるので、もしも自分が心の毒を子供に垂れ流しているなと思ったら、まず、自分の心の器の大きさを大きくして、すぐにこぼれないようにしていったり、器に蛇口をつけて、蛇口は自分が調節できるようにするとか、そういうことをイメージしていけば良いのではないかと、私は努力しました。

子供は親の背中を見て育つ。
自分が毒親だったら子供も毒親になる。
だから、毒を吐かない練習。

その延長線上に、年取って毒を吐かない可愛らしい年寄りになりたいと思います。

2017/08/20

私の子育て

息子は、新生児の時から「社長!」と呼びたくなるような雰囲気を醸し出す赤ちゃんでした。

私はといえば、若くて子育ては初めて、自信も何もあったものじゃなくて、はじめは年配の人に聞いたり、子育て中の友達に聞いたりしてました。

すごい年配の人の意見(大正生まれくらい)では、赤ちゃんが泣いたらすぐに飛んでいって、オムツが濡れていないか、ミルクを欲しがっていないか確かめたあと、それでも泣きやまない時は、おんぶをして用事をしなさい。赤ちゃんが何を訴えているのか、泣き声でわかるようになりなさい。と教わりました。

中くらいの年配の人(戦前生まれ)の意見の中に、チラホラと、「泣き癖がつくから、すぐに行ってはならない」という意見が混じり始めました。

後でわかったのは、多分、「スポック博士の育児書」を読んだ人と読んでいない人がいて、読んだ派が「泣き癖派」、読んでいない派が「従来のおんぶ派」なのでした。

私は自分がしてもらったように、大正生まれくらいの人の意見を取り入れて子育てしてました。(祖母が母親がわりだったから)

トイレトレーニングの頃、団地で核家族の暮らしをしていて年配の人に助言を求めにくかった時がありました。それで、同年代のママ友に意見を求めるようになったのです。

ある日公園で、他の子のお母さんに、トイレを失敗した時は、叩いたり叱りつけないとダメだと言われたのです。

今までとは真逆な感じがしたものの、公園ママ友たちの多数意見だったので、私はそれを試したのです。

そしたら、その日から、チックは出るわ、オネショをするわになってしまって、大失敗でした。

「わー、えらいことしてしもたわー、みんなのとこって、こんなことしてて大丈夫なんかなー。」と思ったし、そこからは、若い人の言うことは信用しないようになりました。

息子には、得手不得手が極端なところがあり、記憶力はトップクラスなのに字が書けないとか、口は達者なのに運動が苦手とか、バランスに欠けるところがあって、そのことを理解してもらえなくて、学校で先生に強く叱られたり、家庭のゴタゴタがあったりして、小1で不登校になってしまいました。

小2で転校して、担任の先生に説明して理解を求めて、何とかかんとか小6まで続いたものの、中1でまた不登校になってしまったのです。

その時に、外野が、「甘やかすからそうなる。」と言ったり、スパルタ式の育て方(兵糧攻めなど)を私の耳に入れてきたのですが、トイレトレーニングの時の教訓があったので、外野の意見は無視して、人が勧めてくることの逆をやってきました。

スパルタ式は却下、不登校が恥ずかしいと思わなくて済むように、堂々と近所の人には笑顔で挨拶するように勧めました。

勉強は、自分の興味の赴くままに任せました。今はパソコンがあるので、何でも一人で調べて賢くなりました。数学は興味がなくて、全く勉強しませんでした。英語は、英語のネットゲームにハマった時に、何となくわかるようになったらしいです。

今は、「モモちゃんのパパ」(犬です)と、近所の子供たちに慕われて、散歩の時に出会うおばあちゃんたちからも、人気です。

「不登校だけど、引きこもりではない」というコンセプトであり、「明るい不登校」と名付けてもいいかなと思います。

自分の子が不登校になると、ついつい他人の目を気にしがちです。普通じゃないのは恥ずかしい。みんなと同じようにしていないと不安。

けれど、嫌がる子を無理にどうにかさせようとするのは、自分の虚栄心を満たすためなんだと思います。

子供のことで、自分の心を振り返るチャンスが訪れたと私は思いました。人生で起こる全てのことは、そのことにパニックになって振り回されるのではなくて、「自分の心を探る旅」なのだなぁと、この頃思います。

2017/05/19

「グレたろか!」と思ったら

前にも書いたかもしれないけど、トシのせいで忘れてまた書きます。

子供でも冷静に判断できたら非行に走らない

親が不甲斐なくて、頼りない、もしくは自分勝手で、ちっとも子供の心を察してくれない。

そう感じた時、「グレたろかー!」と、中学生くらいだったら思うかもしれません。

私も一瞬思ったことがありました。

「自分をわかってもらいたくてグレる。」というのは、成功率が低いので、やめておいた方が良い、というのが私の結論です。

身勝手な大人に、何をやったところでわかってもらえないし、反省もしてくれないし、自分が傷だらけになる確率大です。

私は異様に冷めた中学生だったようで、感情に任せてグレても損だから、とりあえず勉強したり本を読んで、「自分を磨いとこ。」と思ったのでした。

一度イジメられかけたことがあり、グレるとなると、自分をいじめようとしたグループに入らないといけなくなるというのも、グレるのをやめた理由だなと思います。

イジメられそうになって良かった。

当時は恐くて悲しい経験も、40年経ったら、良かったと思うなんて、人生って面白いものだなと思います。

グレるより、猫と遊ぶ方が楽しかったし、やはり猫は私の守護神かもしれないな、とかなんとか。(そこまで言うか!)

まぁ、とにかく、グレるよりも、本を読んで、猫と遊んどいて良かったなと、私は思います。

逆に親の立場で、子供がグレだして心配な時は、自分の在り方を少し反省することもあるのです。

もしも心当たりがあるのなら、直す努力をして背中を見せるのも大切かと思います。毒親という言葉もあるようですし、子供が変だ変だと思っていたら、原因は自分だった…みたいなことも多々あるようです。

これからグレようか迷ってる人がいたら、このブログを先に読んでからにしてほしい、私です。

2017/04/14

おばあちゃんの幼稚園通い

私はとても人見知りの強い子で、幼稚園に行くのが嫌で、毎日泣いて、おばあちゃんを困らせました。

母は家計を助けるために働きに出ていたから、幼稚園の送り迎えは、おばあちゃんの仕事でした。

あまりにも私が行きたがらないものだから、半年くらい、おばあちゃんは私と一緒に登園して、幼稚園のクラスの隣の空き部屋に座っていたのです。

私が不安になって、木で出来た可動式の壁を叩くと、おばあちゃんがトントンと叩き返してくれて、その音を聞いて安心するという按配。

そんな毎日を繰り返して、やっと慣れてきた頃に木琴事件が起こって、私はその後川崎病に罹り、1ヶ月くらい幼稚園を休みましたが…

やっとこさで一年保育の幼稚園を卒業して、小学校に入学した時も、私としては大変なストレスでした。

一人でランドセルを背負って登校するなんて、青天の霹靂みたいな。

それでも、家から学校まで田んぼしかなかったから、家を出たところの道の角で、おばあちゃんが、私が学校の門に入るまで、立って見ててくれていました。

泣きたい気持ちだったけど、おばあちゃんを心配させてはダメだという気持ちから、勇気を奮い立たせて学校に向かった私です。

おばあちゃんは子供の頃に、ろくに学校に行けなかったから、平仮名と数字くらいしか書けないことをいつも悔しがっていたので、それを見ていたせいもあってか、私は大学では国文科に進み、ついには国語の先生になってしまいました。(すぐ辞めたけど(°▽°))

何が言いたいかというと、無学で、大した肩書きも何もなくても、精一杯の愛情で知恵を絞り、私のような育てにくい子でも無事に育ったということが言いたかったのです。

育児書など、全く読めなかったおばあちゃん。ただ、仏壇の前で祈ることくらいしかできなかったけれど、「愛を込めて生きる」ということには特化していたなと、今となっては思います。

2017/04/08

サッカー少年のお父さん

「どうせでけへんくせに。」と、サッカー少年のお父さんは、言いました。

私は犬の散歩をしながら通りがかって、「あれ?このお父さん、何しにサッカークラブに子供を通わせてるのかな?」と思いました。

サッカー少年は、友達と二人で自宅の前でサッカーボールを足でリフティングする練習をしていて、その友達に、「今から100回連続に挑戦や!」と言っていたところだったのです。

そこへ、威丈高なお父さんが家から出てきたものだから、少年は急に縮こまり、「なんか緊張してきた…」と言い出しました。

「あーあ、たぶん失敗するやろうなぁ。」と思いながら通り過ぎて、少年が可哀想になりました。

でも、その少年は、自分がお父さんにされていることを、弟にやっています。弟に対して同じような威丈高な態度で意地悪をします。

これも少し前に犬の散歩をしながら、みていたのでした。

「どうして弟をいじめるんだろう?」と思っていたら、お父さんにいじめられてたのか。

お兄ちゃんにいじめられた弟は、幼稚園や学校で、自分より弱い友達に同じことをするかもしれない。できなかったら心を病みそう。

そんなことを、私はついつい思ってしまいます。

イチローのお父さんは、イチローにそんな風に接していたのだろうか?イチローは何くそと思って頑張ったから、あんな風になれたんだろうか?

ちょっと調べたくなりました。

2017/03/23

父の水泳訓練

父が子供の頃、転校して友達もいなかったので、近くにある池に遊びに行っていたらしいのです。

そこに、近くの軍の施設から兵隊さんたちが来ていて、一人でいる父に声をかけてきたそうです。

「坊主、泳ぎをおしえてやろうか?」と。
子供だった父は、喜んで教えてもらうことにしたそうなのですが…

岸にあった小舟で池の真ん中まで連れていかれて、いきなり池に放り込まれたそうです。
泳いだことが無い父は当然溺れて、必死にもがいたそうです。「もうダメかもしれない。」と思った時に、兵隊さんが手を掴んで小舟に引き上げたそうです。

父が溺れている間、兵隊さんたちは笑っていたそうです。

父は、思い出話をする時に、いつも「それで泳ぎを覚えた。昔はスパルタ方式やったんや。」と懐かしそうに言います。

母も、父の話に相槌を打ちながら、自分も親からそうして泳ぎを教わった旨の話をしていました。

大人になってから、またその話を聞いた時、私は、「本当にそうだろうか?」と思いました。

もしかして、兵隊さんたちは、憂さ晴らしをしようと、貧乏で友達のいない父に泳ぎを教えると言ってイジメをしていたのではないのだろうか?

そう思いました。

相槌を打っていた母も、アンタは兵隊さんたちにいじめられててんやで。」なんて事は言えなくて、空気読んで同意していただけなのではないだろうかと。

もしも、ダンナがそんな話を始めたら私は絶対に、「そら、お父さん、勘違いやで、イジメイジメ。」とか言ってしまいそう。

父は、自分が日本の兵隊さんに殺されかかったとは思いたくなくて、そんな美談を作り上げたような気がする私。

タイムマシンがあったら、その現場に見物に行ってみたいなー、そう思います。

2016/10/14

「きさんじ」の話

5歳で亡くなった兄は「きさんじ」だったらしい。

母がよく、「あの子はきさんじやったわぁー」と話しているのを覚えている。

そして、今更ながら、なんとなく使っていた言葉だけど、「きさんじってどういう意味?」と急に疑問に思って調べてみました。

なんとなく、物怖じしない、堂々とした子供のイメージがあったのですが、調べてみると、「気散じ」という字を当てるらしく、やはり、明朗で物怖じしない、そんな感じの意味でした。

その逆があって、それは「気鬱(きうつ)」と言うらしいのでした。

私の子供の頃は、兄と正反対で、きうつな子供だったなぁと思います。

太陽が苦手なので、お天気の日は外に出たがらないし、きゅうりとご飯しか食べないし、人見知りが激しいし、家では大きな声で話せるのに、学校では小さな声しか出ない緘黙児みたいだったし。

「きさんじ」の兄が死んで、残った妹は「きうつ」みたいな。

そりゃ、ますます母は気が塞いだことと思います。

ちなみに私が生んだ息子は「きさんじ」でした。よかった。

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