育児

2018/07/27

人のガッカリを喜ぶ人の話

いつになるかわからないけど、旅行に行く時に犬を預かってほしいと頼まれたことがありました。

その時は快く返事をしたのですが、旅行に行く日の前日に、「明日からやから」と言われて、面食らったことがありました。

何故って、ゴールデンウィークの前の日だったから。頼まれて3ヶ月も何も言ってこないから、旅行はやめたのかなと思っていたら、いきなり明日だなんて。それもゴールデンウィーク。

何か嵌められたような、変な気分がしたものでした。面食らう私を見て、嬉しそうな依頼者でした。

人が嫌な気分になるのをみて、自分はエネルギーを得る人がいるというのを、その時に知りました。

それで、ですね、ダンナもちょっとその気があるんですよね。

ダンナのは、人をガッカリさせて喜ぶみたいな癖があると思うのですよね。

今までにやられたガッカリを書き出すと、

1.家が猫だらけで気鬱になっていた私は、子供の時のようにピアノを弾けば気が晴れるかもしれないと思って30万の電子ピアノを買いました。届いたその日から、なぜかダンナが弾いたこともないピアノを練習しだして、私は弾く時間がありませんでした。2週間くらいで私のピアノへの興味は失いました。私が諦めると、ダンナはピアノを弾かなくなりました。ガッカリ。

2.田舎暮らしに憧れていて、自然農法をやってみたかった私は、いつか田舎に行った時のために、畑仕事を練習しようとして、近所の貸し農園を借りました。自然農法なので、雑草はなるべく残したいのに、ダンナが人の目を気にして毎日雑草を抜きに行って、全く自然農法にならず、ガッカリ。その上ボケた母が勝手に貸し農園に入って、人の花を切って帰るわ、植えたばかりの種芋を掘り起こして食べてしまうわで、超ガッカリ状態で諦めました。

3.一階の猫部屋で韓流ドラマを観たら、年寄りの猫も寂しくないし、一石二鳥だと思って、テレビを買いました。今のテレビはリビングで録画した番組をLANで繋がっていたら観られるということで、楽しみにしてたんですが、テレビが届いた途端にダンナが自分用の録画用HDDを取り付けて、ダンナのテレビになってしまいました。またガッカリ。

今度こそは、ダンナが横取りできない楽しみを見つけました。それが、男性KpopアイドルのJBJの子たちを愛でることでした。さすがにコンサートやファンミについてこれないだろうと思ってタカをくくっていたんです。

ある日キム・ドンハンという子のことを話したら、「ドンドンハンハンドンハンハン」って、盆踊りの曲に乗せて歌い出したんですよね。

もうそれ以来、ドンハンって聞くと「ドンドンハンハンドンハンハン」って言うから、私までその歌が頭にこびりついて、気がつくと一緒に歌っていたりして、もう、やめてって思いますわ。

なーんか人が楽しそうにしていると邪魔をしたりしてくる心理は何なんでしょうかねー?

それって、自分で楽しみを見つけられないからなのかなぁ。これから、二人で楽しめることが見つかったらいいなとは思いますが…

まずダンナがすることは、自分の人生を余裕を持って楽しめる環境を整えることだと思います。

それは、「暇と金」みたいなことになると思いますが、ダンナは自分を犠牲にして人を助けてしまうタイプだから、かなり難しそうです。私はそれにも巻き込まれて苦労してるんですけどね。

私がやいのやいの言っても仕方がないし、いつも気長に待っているのです。

私の生き甲斐を取り上げてガッカリさせるのは、やめてほしいです。

後で読み返したら、なんか笑い話ですけどね…



2018/05/31

豚小屋に住んで働くのがイヤ

私は猫をたくさん飼っているから、家の中を掃除するのがライフワークになってしまっているんです。

猫がいるだけで劣化が早いのに、掃除をサボると、まだまだローンが残っている家が、廃屋になりそうなんです。

それで、多分普通の人の10倍くらい、家のために動き回っていると思うのですが、猫23匹を飼うということは、餌代もバカにならないので、私もダンナの仕事の手伝いを半日くらい手伝ってます。(半分は猫助け)

ただ、猫の世話があるので午後からしか手伝えず、「午前の診察に出向く=猫を放ったらかしにする」の図式になるし、また前みたいにストレスから色んな不定愁訴が始まるのが怖くて、二の足を踏んでます。

猫の毛を梳いてあげられなくて、カチカチの毛玉をつけていることにも気がつかなかった、10年前には戻りたくないんです。

飼い主様方、人手不足でお待たせして、申し訳ありません。🙇‍♂️

とまぁ、自分の事情はさておき、最近、家庭を持つ女性が働きに出ることが多いですよね。

家の中、どうなってるんだろうかと思います。

お金が無いと何も買えないので、家の中は散らからないのですが、なまじっかお金があると、ストレス発散で買ってしまうし、時間があればできることも、仕事に行っていると時間がなくてできないので、お金で解決してしまうようになる。その結果は、物がギュウギュウに詰まった家の出来上がり…

豚小屋なんて言ったら豚さんが可哀想なんですが、だいたいジャンクフードを食べてたりするから、住人もスタイル良くはないですし。

韓流ドラマなんか観ていると、お金持ちの家は片付いていて、ゴチャゴチャしたものもなくスッキリしているのに、貧乏人の家は物でいっぱい、散らかり放題の描写になっていることが多いんです。

貧乏人は共働きで、家事をまともにやっていないから散らかっていて、ストレス発散のために、すぐに無駄遣いをするというイメージがあるのでしょうか。

家事が嫌いで、外に出るのが好きな人にはウーマンリブ運動って言うんですか、それは打って付けだと思うんですが、家を綺麗にして猫とまったりするのが人生の至上命題である私にはですね、外で働くの嫌なんですよね、実は。

私は割と何をさせられても75点の女なので、ダンナは助かっていると思うし、もっと利用してやろうと思っているかもしれないですが、ドラキュラよ、これ以上は血を吸わせられませんよ、無理ですわ。

と、こっそり言っとこ…

まぁ、横道にそれてしまいましたが、専業主婦って、昔は普通にいたのに今はいなくなりましたね。子供の教育も人任せになって、日本は何処へ向かっているのでしょう。



2018/03/15

ツッコの家族

小学校5年生の時に、ツッコと呼ぶ友達がいました。

4人姉妹の1番上のツッコは、優しくて母性的、明るく楽しい性格で、私は大好きでした。

ツッコのお母さんも家庭的、お父さんも子煩悩で、私からみたら羨ましかったです。

私の母は、父の仕事の手伝いで日曜日もいなかったし、父ももちろんいません。父は仕事が終わっても付き合いで飲みに行ったりして、すぐには帰ってこなくて、寝る頃に帰ってくるし。そうこうするうちに母は茶道やら華道やら習いだして、ますます直帰しないし。

ツッコは2DKの文化住宅に住んでいて、お母さんは専業主婦。当時は専業主婦が主流だったのに、うちは母が何だか家庭的ではなかったから、羨ましかったなぁ。

まぁ、家付きカー付きババ抜きが流行ってたのに、うちにはババがいたのだから、母も居心地悪く、外に出たがったのも無理のない話だと、今なら理解できるのだけど。

そんなツッコから、「椎茸狩りに行くねんけど、一緒にどう?」と誘われてついて行ったことがありました。家族で半日のドライブがてら、原木栽培している農家に椎茸を取りに行く。

行きの車の中で、ツッコのお母さんが茹でたゆで卵とオニギリが美味しかったこと。

「こんなこと、しょっちゅうやってるのん?」と尋ねると、「お父さんの仕事がなくて学校が休みの時はよく行っている。」という返事。

私が「いいないいな。」と多分言いまくったせいか、しばらくして、「一緒に琵琶湖で一泊せえへん?」と誘われて、秋の琵琶湖のほとりで、生まれて初めてテントで一泊を経験させてもらいました。

その後、私は転校することになってしまい、ツッコとは縁が切れてしまいました。

でも、あの頃の、決して豊かではないけれど、家族を大切にして、楽しいことをして家族で過ごすツッコ一家は、今でも私の理想の家族像です。

2017/12/01

三つ子の魂百まで

私の子供の頃、子供を育てるに当たって、近所の若いお母さんたちは井戸端会議で、「三つ子の魂百まで」というコトワザを話していたような気がする…

でも、どうやらその意味を穿き違えていて、“子供がワガママを言ったら、絶対に聞いてはならない。その時は厳しく叱りつけて、二度とワガママを言わないように躾ける”という感じのことを言ってたと思います。

小学生の私は小耳に挟みながら、「こわいな。」と思っていたような気がします。

この昔のお母さんたちの解釈は、完全なる間違いで、そんなことをすると、「子供の頃の記憶が無い」というようなアダルトチャイルドを作ってしまうようです。

私には甘やかしてくれる祖母がいたから、あまり被害に遭わずに済みました。それでも一度、夜に家を追い出されるようなパフォーマンスを父にされて、母は見て見ぬ振りをするし、祖母はオロオロするばかりで、子供の私の心はいたく傷ついて、「どうしてこんな暗黒の世界で生きていかなくてはならないのだろう。」といった絶望感で一杯になったことがありました。そのあと、川崎病になって死にかけたから、それ以来、私を家で厳しく叱る人はいなくなりましたが…

話が逸れましたが、3歳までに子供を厳しく叱って育てるということは、とても頭の悪い育て方で、子供は大人になっても心の傷が残っていて、自分の要求を他人にすることもできないし、自分らしく生きることもできなくて、一生苦しんで生きるようなのは、周りを見てきたからわかります。

そういう育て方は、創造的な才能を生かして自由に生きる人生を奪い、ただ、毎日あくせく働いて年をとって死ぬだけの人生を作り出し、さらに自分がされたことを正しいと思い込んで子供にするから、そういう奴隷人生を送る人間を生み出し続けることになるのだろうと思います。

そういえば、私が子育てをしている時も、近所の主婦たちは井戸端会議で同じことを言っていたし、歴史は繰り返されていて、これもこわい話だなと思います。

若いお母さんたちは気をつけてほしいと思うので、ググっても見つからないかもしれないと思いつつ、ここに私見を残しておきます。


2017/11/10

子育ての環境

私は韓流ドラマが好きでよく観ます。

ドラマの設定で、貧乏人の家は必ず散らかっていて、つまらない物が詰まっているんです。掃除も行き届いていません。

逆に金持ちの家は、スッキリと片付いていて、生活感がないくらい、物が置いてありません。メイドがいて、いつも掃除が行き届いています。

そういうのを見るにつけ、子供を育てるに当たって、家の中がゴチャゴチャと散らかっていて、掃除が行き届かない家というのは、「貧乏人の予備軍」を育てているのと同じだと思えます。

自分も経済奴隷でへいこらしてますが、子供にはそんな事を継がせたくないと思います。

だから、せめて、家の中だけは片付けて、掃除をするように努めています。

脱いだ服をその辺に置きっぱなしにすると、猫様たちが、オシッコをしたり爪を研いで穴だらけにしたり、上で寝て毛だらけにしますので、まず置きっぱなしはしなくなりましたし、大切なものを机の上に置いたままにすると、必ず猫様が「何これ?新しいオモチャかな?」と転がしてどこかにやってしまいますので、そういうことも禁止です。

革製の鞄なども格好の爪研ぎになりますし、高価なものを持つことができませんので、ブランド物を集めたりもしません。

何というか、家の中はスッキリとしていて、掃除にも無理矢理ですが勤しむという構図です。あー、それで招き猫なのかしら?

猫様のお陰で、何となく、キチッとするように、私たちは躾けられてきました。
息子が大成してくれたら、猫様効果を証明できるのですが。

しまいには猫様の賞賛大会になりましたが、猫様をたくさん飼うことは、それなりに費用がたくさんかかるし、ゴミもたくさん出ます。一長一短です。

散らかっていない、掃除の行き届いた環境で子供を育てるということは、少なくとも親の世代よりは出世する子供が育ちそうだという、お話でした。



2017/11/04

HSP(highly sensitive person)

少し前に過敏聴覚というものがあると知りました。

ヘッドホンを外せない子供たち」という記事を読みました。

これ、もしかしたら、私も子供の頃そうでしたし、今でもそうかもしれません。

子供の頃は、油断すると、全ての音が聞こえてきて、「ゴーッ」という音しか聞こえなくなる事がありました。

それに、飛行機の音って、通り過ぎた後に聞こえてくるものですが、近づいてくるときに、超音波みたいな音が聞こえてました。

私は耳鳴りの音を、自由に聞いたり聞こえなくしたりできるようになってました。

今でもショッピングモールのようなところは苦手で、一人で歩くときはヘッドホンして歩きたい方です。
逆に自然の音は大好きだから、散歩や自転車に乗っているようなときは、小鳥の声や風の音に耳をすますようにしています。

そうこうしていたら、今度はHSPというのがあると、知りました。

それは、「高い感受性を持つ人」という意味で、聴覚だけではなく、視覚、嗅覚、味覚、他人の感情に至るまで、繊細に、深く感じてしまう性質らしいのです。

なるほど、そういえば、夜中にどこかの家でつけているテレビの音が気になって仕方なかったり、LEDの街灯が眩しいからと、夜にサングラスをかけようとしてメガネ屋さんの店員さんに怪しい目で見られたり、猫のトイレの汚れを誰よりも先に見つけてしまう、この能力は、HSPだったのかー!

超、納得した私です。

私からみると、普通の人たちが鈍感すぎて、特に身近なダンナを「ドンくさいな。」と思ってしまうのですが、ダンナは普通だったのか…

私にはダンナの目や鼻や耳が、ただの穴ポコみたいに思えて、「節穴」と思っていたのですが。

私のこの能力を活かして、ヒーラーになりたいのですが、節穴のダンナの手伝いに全てを捧げさせられてて、このまま老いさらばえるのかと思うと、ちょっと残念です。

息子に遺伝してるかなとは思いますが、男だし、女の私の繊細さからみると、まぁ、イマイチですわ。

HSPについては、ココをクリックしてください。





2017/10/02

毒親=エネルギーバンパイア

誰かの病気が、毒親のせいかもな…と思ったとしても、自分から近い人であるほど救うことはできない。

近所とか、親戚とか。

中学校の新任教師だった時も、荒れている生徒の親をなんとかすることもできず、本人の自覚と覚醒を願うしか無かったことを、今日、若いのにシルバーカーを押して歩いている方に会って、突然思い出した。

それ無しでは歩けないという。

ステロイドの副作用で股関節でもやってしまったのだろうか?

忙しくて時間がなくて詳しい話もそこそこに別れた後に、「そうだ、自分から近い人ほど救えないんだな。」と思った次第。

毒親になっている人のそのまた親も、実は毒親にやられて自分も毒親になってしまった可哀想な人なのである。

怒りを出せなくて、心の中に溜め込んだら、色んな病気が起こってくる。
そんなことを、近所の人に到底アドバイスできそうにもない。

詳しく話を聞けなかったから、そんな考えが暴走してしまったけど、のちに事情を聞くと、骨折が原因で痛みをこじらせてしまったとのこと。

まぁ、近所向けに言っているだけかもしれないんだけれど。

自分から近いところに住む人ほど、助け舟も出しにくいし、本当のことを隠そうとするから、知っていることも教えてあげられない。

それに普段の私は、みんなから見ると、そこら辺のおばさんに見えているから、実は鍼灸師だとか、ヒーリングの知識はハンパないですよとか、そんなことも言えないし。

脱線してしまったけれど、世の中には気づかず毒親になっている人が多い。

自分の愚痴を、子供に垂れ流す毒親。
条件付きの愛しか与えない毒親。
見え透いた嘘ばかりついて保身を図る毒親。
約束を決して守らない毒親。などなど。

毒親にならないように生きることは、魂を磨く修行でもあるので、もしも自分が心の毒を子供に垂れ流しているなと思ったら、まず、自分の心の器の大きさを大きくして、すぐにこぼれないようにしていったり、器に蛇口をつけて、蛇口は自分が調節できるようにするとか、そういうことをイメージしていけば良いのではないかと、私は努力しました。

子供は親の背中を見て育つ。
自分が毒親だったら子供も毒親になる。
だから、毒を吐かない練習。

その延長線上に、年取って毒を吐かない可愛らしい年寄りになりたいと思います。

2017/08/20

私の子育て

息子は、新生児の時から「社長!」と呼びたくなるような雰囲気を醸し出す赤ちゃんでした。

私はといえば、若くて子育ては初めて、自信も何もあったものじゃなくて、はじめは年配の人に聞いたり、子育て中の友達に聞いたりしてました。

すごい年配の人の意見(大正生まれくらい)では、赤ちゃんが泣いたらすぐに飛んでいって、オムツが濡れていないか、ミルクを欲しがっていないか確かめたあと、それでも泣きやまない時は、おんぶをして用事をしなさい。赤ちゃんが何を訴えているのか、泣き声でわかるようになりなさい。と教わりました。

中くらいの年配の人(戦前生まれ)の意見の中に、チラホラと、「泣き癖がつくから、すぐに行ってはならない」という意見が混じり始めました。

後でわかったのは、多分、「スポック博士の育児書」を読んだ人と読んでいない人がいて、読んだ派が「泣き癖派」、読んでいない派が「従来のおんぶ派」なのでした。

私は自分がしてもらったように、大正生まれくらいの人の意見を取り入れて子育てしてました。(祖母が母親がわりだったから)

トイレトレーニングの頃、団地で核家族の暮らしをしていて年配の人に助言を求めにくかった時がありました。それで、同年代のママ友に意見を求めるようになったのです。

ある日公園で、他の子のお母さんに、トイレを失敗した時は、叩いたり叱りつけないとダメだと言われたのです。

今までとは真逆な感じがしたものの、公園ママ友たちの多数意見だったので、私はそれを試したのです。

そしたら、その日から、チックは出るわ、オネショをするわになってしまって、大失敗でした。

「わー、えらいことしてしもたわー、みんなのとこって、こんなことしてて大丈夫なんかなー。」と思ったし、そこからは、若い人の言うことは信用しないようになりました。

息子には、得手不得手が極端なところがあり、記憶力はトップクラスなのに字が書けないとか、口は達者なのに運動が苦手とか、バランスに欠けるところがあって、そのことを理解してもらえなくて、学校で先生に強く叱られたり、家庭のゴタゴタがあったりして、小1で不登校になってしまいました。

小2で転校して、担任の先生に説明して理解を求めて、何とかかんとか小6まで続いたものの、中1でまた不登校になってしまったのです。

その時に、外野が、「甘やかすからそうなる。」と言ったり、スパルタ式の育て方(兵糧攻めなど)を私の耳に入れてきたのですが、トイレトレーニングの時の教訓があったので、外野の意見は無視して、人が勧めてくることの逆をやってきました。

スパルタ式は却下、不登校が恥ずかしいと思わなくて済むように、堂々と近所の人には笑顔で挨拶するように勧めました。

勉強は、自分の興味の赴くままに任せました。今はパソコンがあるので、何でも一人で調べて賢くなりました。数学は興味がなくて、全く勉強しませんでした。英語は、英語のネットゲームにハマった時に、何となくわかるようになったらしいです。

今は、「モモちゃんのパパ」(犬です)と、近所の子供たちに慕われて、散歩の時に出会うおばあちゃんたちからも、人気です。

「不登校だけど、引きこもりではない」というコンセプトであり、「明るい不登校」と名付けてもいいかなと思います。

自分の子が不登校になると、ついつい他人の目を気にしがちです。普通じゃないのは恥ずかしい。みんなと同じようにしていないと不安。

けれど、嫌がる子を無理にどうにかさせようとするのは、自分の虚栄心を満たすためなんだと思います。

子供のことで、自分の心を振り返るチャンスが訪れたと私は思いました。人生で起こる全てのことは、そのことにパニックになって振り回されるのではなくて、「自分の心を探る旅」なのだなぁと、この頃思います。

2017/05/19

「グレたろか!」と思ったら

前にも書いたかもしれないけど、トシのせいで忘れてまた書きます。

子供でも冷静に判断できたら非行に走らない

親が不甲斐なくて、頼りない、もしくは自分勝手で、ちっとも子供の心を察してくれない。

そう感じた時、「グレたろかー!」と、中学生くらいだったら思うかもしれません。

私も一瞬思ったことがありました。

「自分をわかってもらいたくてグレる。」というのは、成功率が低いので、やめておいた方が良い、というのが私の結論です。

身勝手な大人に、何をやったところでわかってもらえないし、反省もしてくれないし、自分が傷だらけになる確率大です。

私は異様に冷めた中学生だったようで、感情に任せてグレても損だから、とりあえず勉強したり本を読んで、「自分を磨いとこ。」と思ったのでした。

一度イジメられかけたことがあり、グレるとなると、自分をいじめようとしたグループに入らないといけなくなるというのも、グレるのをやめた理由だなと思います。

イジメられそうになって良かった。

当時は恐くて悲しい経験も、40年経ったら、良かったと思うなんて、人生って面白いものだなと思います。

グレるより、猫と遊ぶ方が楽しかったし、やはり猫は私の守護神かもしれないな、とかなんとか。(そこまで言うか!)

まぁ、とにかく、グレるよりも、本を読んで、猫と遊んどいて良かったなと、私は思います。

逆に親の立場で、子供がグレだして心配な時は、自分の在り方を少し反省することもあるのです。

もしも心当たりがあるのなら、直す努力をして背中を見せるのも大切かと思います。毒親という言葉もあるようですし、子供が変だ変だと思っていたら、原因は自分だった…みたいなことも多々あるようです。

これからグレようか迷ってる人がいたら、このブログを先に読んでからにしてほしい、私です。

2017/04/14

おばあちゃんの幼稚園通い

私はとても人見知りの強い子で、幼稚園に行くのが嫌で、毎日泣いて、おばあちゃんを困らせました。

母は家計を助けるために働きに出ていたから、幼稚園の送り迎えは、おばあちゃんの仕事でした。

あまりにも私が行きたがらないものだから、半年くらい、おばあちゃんは私と一緒に登園して、幼稚園のクラスの隣の空き部屋に座っていたのです。

私が不安になって、木で出来た可動式の壁を叩くと、おばあちゃんがトントンと叩き返してくれて、その音を聞いて安心するという按配。

そんな毎日を繰り返して、やっと慣れてきた頃に木琴事件が起こって、私はその後川崎病に罹り、1ヶ月くらい幼稚園を休みましたが…

やっとこさで一年保育の幼稚園を卒業して、小学校に入学した時も、私としては大変なストレスでした。

一人でランドセルを背負って登校するなんて、青天の霹靂みたいな。

それでも、家から学校まで田んぼしかなかったから、家を出たところの道の角で、おばあちゃんが、私が学校の門に入るまで、立って見ててくれていました。

泣きたい気持ちだったけど、おばあちゃんを心配させてはダメだという気持ちから、勇気を奮い立たせて学校に向かった私です。

おばあちゃんは子供の頃に、ろくに学校に行けなかったから、平仮名と数字くらいしか書けないことをいつも悔しがっていたので、それを見ていたせいもあってか、私は大学では国文科に進み、ついには国語の先生になってしまいました。(すぐ辞めたけど(°▽°))

何が言いたいかというと、無学で、大した肩書きも何もなくても、精一杯の愛情で知恵を絞り、私のような育てにくい子でも無事に育ったということが言いたかったのです。

育児書など、全く読めなかったおばあちゃん。ただ、仏壇の前で祈ることくらいしかできなかったけれど、「愛を込めて生きる」ということには特化していたなと、今となっては思います。

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