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2018/12/04

ボダの猫

チョコタンは、思えばボーダーラインの猫だった。(以後ボダと表記する)

獣医学のカテゴリーでは問題行動をする患畜という範疇に入るのだろうか?

仔猫の頃、真っ黒なセミロングの、ふっくらとした甘えん坊で、あまりにも可愛かったから、当時、15歳くらいだった息子が溺愛していた時期がありました。

ところが、チョコタンは少し我が強く、甘え方に癖があって、寝転んでお腹の上に乗せ、ずっと撫でていないと機嫌が悪くなるらしく、何もできないからと、そのうち息子から見放されて部屋に入れてもらえなくなったんです。

家の猫の数が増えて、引っ越しをしないといけなくなって、今の家に引っ越した頃から、チョコタンは下痢気味になりました。

それも、トイレの外にわざとらしくするようになりました。

叱りはしないものの、世話の焼ける猫やな〜😩という、ちょっとウザイという気持ちはあったし、甘えてくるのも義務感で撫でてあげるような感じだったかもしれません。

先日から、人間のボダを調べていたら、「見捨てられ不安」から様々な心理的な葛藤が生じてしまうのを知ったから、チョコタンの問題行動も、ひょっとしたら、仔猫時代のトラウマが起因しているんじゃないかと、ちょっと思うのです。

見捨てられ不安にさせないために、親や飼い主はどうしたら良いのかな?と思うに、昔カウンセラーから習った交流分析のストロークのうちの、「否定的なストローク」「無視」はしない方が良さそうだなと思います。

「条件付きのストローク」も、ほどほどにしないとダメな感じですよね。

生き物にとって最も必要なものは、全て受け入れて許す「無条件の愛」であるのに、世の中には躾と称する条件付きの愛や、子供に話しかけられても返事をしない親もいたりして、人も猫も病むわな…と思う今日この頃なのでした。

チョコタン、ごめんなぁ…
チョコタンの思うように可愛がってあげられへんかって…

世話のかかったチョコタンがいなくなったら、私の用事の手間がかなり減って、「チョコタンは手間をかけさせることで愛情を感じてたのかなぁ。」と思ったし、かなりの存在感があったのだと認識しました。



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