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2018/12/06

猫だけが生きる意味だった

子供の頃は、この世界が全然面白くなかったです。

退屈だし、空気は汚れているし、人間達もなんだか意地悪だし。

それで、早く死にたかったから、わざと風邪を引くようにしたり、ご飯を食べなかったりしてました。

そんな私が見ていた子供の頃の世界は、言葉で言うとモノクロ。

そんなモノクロの世界に、ポツッと色が見えたんです。
それが、近所にいた茶トラの野良猫でした。

小さな私は、その茶トラを触ろうと近づくけど、野良猫は子供が大嫌いのようで、そそくさと逃げようとします。

その逃げる茶トラの尻尾を握って離すまいとして、その辺にいる大人達から「尻尾持ったらあかんあかん、噛まれるでー!」と言われたものでした。

猫という「色」を見つけて、私は少しだけ、この世界にいてみようと思ったような気がします。

小学校に上がる頃に、近くの団地のおばさんが、歩いていた私に三毛の仔猫をくれて、家に持ち帰り、晴れて猫を飼えるようになりました。

それでも、猫を取り巻く環境は今よりも悪くて、避妊手術など無かったから、生後半年くらいになると、家からいなくなりました。

それは、オス猫を求めていなくなったのではなくて、妊娠したから家族の誰かが遠いところに捨てにいってたんだろうということが、大人になってから思い当たりました。

私にとってかけがえのない猫ですが、猫のことから本当に色んなことを考えさせられました。

子供の頃は放し飼いで、猫にほとんどお金がかからなかったのが、今は完全室内飼いが推奨で、そのために家は買う、砂は買う、フードは買うの三拍子で、これでもかというくらいお金がかかるし。

家のローンで事実上がんじがらめだし。

それでも、私は猫マスターとして人々に猫との暮らし方を教えたり、丁寧な避妊手術をしてあげたりすることで生活しているから、正に、猫は私の生活の全てかもしれないなと思ったりします。

まるで、豊かな大地が農家の糧のように、私は猫が糧のようです。

猫がこの世界に色をもたらしてくれた上、生活の糧とまでなってくれて、感謝感激雨霰なのです。

お返しらしいお返しもできないのに、してもらってばかりですみません、猫の神様…

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