« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »

2018年6月

2018/06/28

完全室内飼いの猫と同じなんです

この前、生まれて初めて私は、自分で買ったチケットで、 JBJのケンタとサンギュン のファンミーティングに行ってきました。

地下鉄は天王寺で谷町線に乗り換えて行くのですが、その連絡通路が長い…

若い頃、へっちゃらで何度も歩いたことのある連絡通路が、まるで望遠鏡を逆にのぞいたみたいに遠いんです。

階段も、空恐ろしく高く遠く感じて、無事に到着できるのか不安に思いつつ、何とかたどり着いた次第です。

普段、自転車で5分の家と職場を往復する毎日、チェリー犬が亡くなってからは散歩も行かなくなり、猫とテレビばかり観ている私。外出するときは、すぐ車に乗って行ってしまう。

そうしたら、道中、「私って完全室内飼いの猫とおんなじやわ。」と思い至る次第。

猫よりもゆるい枠ではありますが、見えない枠の中で、枠から出ないように生きていたんですよね。

完全室内飼いの猫が迷子になって野良猫として生きるのは、とてつもない苦労なのだなぁと、思いながら帰宅しました。

もしもダンナがいなくなったら、私は迷子になった猫と同じことになるんだろうな、そう思いました。

それで、翌日、買い物ついでに、柄にもなくダンナに夏用のシャツを買って帰りました。

いや、有難や有難や。
JBJのケンタケンタ言うてられるのも、ダンナのお陰です。

もしも、迷子の猫をみつけたら保護してくれる優しい人が増えますように。もしも困っている人をみつけたら、助けてくれる優しい人が増えますように。

浅い呼吸の癖がついている

長い間、鼻アレルギーで鼻詰まりでした。

小さな穴から息を吸って、少しの酸素で生き延びられるように、呼吸に変な癖がついているなと、気がついたのが最近です。

詰まった鼻で息をするためのテクニックを磨いて、なるべく口呼吸しないように頑張ってきましたが、詰まった鼻で鼻呼吸をするので、浅く早く呼吸をしていたのだと思います。

友人が、呼吸や心拍を計る必要のある実験をすることになって、頼まれたのでもう1人の友人と参加した時に、私の呼吸が倍くらい早いと気がついたのでした。

長生きするためには、深い呼吸が必須アイテムなのに、早いだなんて殺生な…

まだ54歳で気がついてよかった。

それ以来、気がつき次第に呼吸を深くするようにしているし、寝る前には、顔を両手でマッサージして、そのあと深く息を吸って長くはくということをやったりして、顔に溜まった瘀血も、血管を拡張させて流してしまおうなどと画策する今日この頃です。

これからは、天貴星の「老いてますます盛ん」の星回りなのですから、体が元気でないと元も子もないですからね。

ダンナは天馳星で、忙しく生きる老年期らしいのですが、「これは家のローンのために死ぬまで働かなあかんねやわ。」などと思いつつ、まぁ、私の天貴星が守ってくれるから、安心しぃ…などと言ってあげたりして。

また話が脱線してますが、とにかく呼吸は浅いより深い方が良いと、そんなお話でした。

2018/06/23

寂しがり屋だった私

赤ちゃんの頃に、父が入院したりして一家が生活に追われていたので、構ってもらえなかったせいなのか、私は子供の頃から寂しがり屋でした。

猫がいたら大丈夫だったのですが、猫のために部屋のドアは閉めきったりしないで、寒い日でも開けたままにしていました。

それで心のドアも開いたままになってしまったのかもしれない問題はさて置き、高校生くらいになると、自分が大人になって年長の家族がみんな死んでいなくなったあと、一人で生きるなんて到底無理だと考えていました。

だから結婚は必ずして子供も産まないと、寂しくて生きていけない気がしていました。

高校生の女の子にとって、結婚や出産は空恐ろしくて、一体全体どんな未来が待っているのだろうと不安で一杯でした。

それが蓋を開けてみると、いつのまにか子供も産んで、離婚したのにまた結婚して、猫だらけになって、「頼むから一人にさせてくれ」みたいなことになって、そんな中年時代を過ごしました。

でも、母が亡くなってからは、自分も早めに終活をしておいた方が良いなと思い始めて、断捨離をしたり、これ以上仔猫を家に入れない決心をしたりしました。

猫がだんだん高齢化してきて、1匹ずつ減ってくると、高校生の頃に感じていた「一人になったらどうしよう」が、復活してきた気がします。

かけがえのない1匹1匹との残された時間を大切に、これから生きていかないとな…そう思います。

2018/06/13

物語性とインパクト

人間が関連する、この世の全ての物事は、「物語性とインパクト」が揃うと爆発的に広がっていくんだなと、この歳になって気がつきました。

宗教も、芸能界も、企業も、何もかも全て、「物語性とインパクト」が揃うと、人々に受け入れられてヒットする。

作り手側は、そういうことを知っていて、それを狙うために、最近は「炎上商法」というものもあるとか。

でもただの炎上商法は、「話題性」はあるのですが、「物語性」はないので、小さいヒットしかしないのです。

例えばキリスト教だと、聖書という物語と、宗祖が磔で処刑というインパクトが揃っています。

そんなことを思いついたのも、JBJのお陰なんです。

韓国の期間限定アイドルグループのJBJは、プロデュース101という番組で上位に入れなかった子達についたファンの、仮想アイドルグループとしてSNS上でできてきたグループでした。

その中の髙田健太君は、嫌韓反日がひどい時期に単身韓国に渡っていったという逸話だけでも日本のKpopファンには物語性がありました。

そして、想像上のグループを現実化させた大人達がいました。ここで話題性も付いてきました。

そして、メンバー達の普段の姿とステージに立った時の姿にギャップが大きくて、これはインパクトがありました。

「物語性とインパクト」これが揃って初めて、人間の世界で広がっていく。

話題性とインパクトではダメ。

まぁ、お金儲けが絡んだら、全てのことはショボいですし、嘘物語はバレるので、本当の物語とインパクトが偶然に合致した時に、人々に伝播するスピードが爆発的になるんです。

知って何になるかと言われてもアレなんですが、偽物に惑わされないようになったりするかもしれません。

金儲けのための作り話の嘘物語は、「命軽視」であることを、世界一のクリスマスツリーの騒ぎで知ったので、そういうところに気をつけたら良いのかなと思います。

2018/06/04

新しい気づき

最近は解散したはずのJBJにすっかりうつつを抜かしている私です。

以前は、「そういうことにうつつを抜かす暇なんかないよ!人類の文明が崩壊しそうなのに!」と、思っていた私です。

色々と、芸能界のことなどを知りつつあるうちに、結局は「お金のシステム」に雁字搦め(がんじがらめ)
になっていることがわかって、「あーやっぱりなー。」と、感慨深い今日この頃です。

アイドル歌手としてデビューするには初期費用がかかり、途中でやめたくても初期費用の返還を求められたりして、簡単に足抜けできなかったり、売れたら売れたで、初期費用を口実に安月給で働かせられたり、何かと苦労が多いということもわかりました。

そして、ファンは好きなアイドルに苦労をさせまいとして、色々と散財することもわかりました。

なるほど、ここにも集金システムが出来上がってたんですね。

それでも、歌や踊りや創作物で人を楽しませるのだから、生き方としては「すごくマシ」だと、私は思います。

ファンが、好きなアイドルに依存するあまり、破産するとか、そういうことはファンの自己責任だと思うので、節度を持って楽しめばいいんだなと思います。

芸術が好きで、それで生きていくのに、「売れるか売れないか」を考えないといけないことは、残念な世界です。

好きなことを思い切りやって生きるアイドルを、お金の心配をしないで思い切り愛でる、そんな世界になればいいなと思います。

さて、私のKポ沼はいつまで続くのやら。




2018/06/01

死んだばあちゃんを目指したい

前から少しずつ感じていたことがあるんです。

それは、人が集まると、割と愚痴とか悪口が多いのです。

スーパー銭湯でゆったりと寛ごうと思っても、横で知らない人が愚痴をしゃべりまくってたりすると、ちょっとゲンナリするのですよね。

その人にとったらストレス発散なのかもしれないけど、聞き役の人とか関係ないそばにいる人にはストレスになる。

私も、人のことは言えなくて、友達についつい愚痴をこぼしたり、家族(特にダンナ)に意地悪な言い方をしたりしてしまう。

家族は、全員男なので、私の愚痴を嫌がります。自分の愚痴は私に聞かせても、私の愚痴はゲンナリするみたいです。

私は、「聞いてあげたんだから、次は私が聞いてもらう番だ。」と思っているわけなんですが、ダンナや息子は聞く耳持たないんですよね。

それで思ったんですけど、人って自分の話だけ聞いてほしい生き物なんですよね。

27年前に死んだ、私の祖母は、そういえば、ある時から愚痴をピタッと言わなくなりました。

60歳を過ぎた頃から、愚痴とか悪口を言っていた記憶が全くないのです。

人の話は、タバコの煙を燻らせながら、「ふーん、ヘェ〜。」と聞いていましたが、最後は笑い話に持って行って、話をしていた人は気分良く帰って行きました。

愚痴や悪口を言っている人の顔って、しかめっ面だし可愛くないんですよね。自分の顔もそうなっていると想像したら、「やめとこ。」と、そう思います。

祖母は、ある日そういうことに自分で気がついて、見事に心がけて、私に手本を見せてくれていたんだと、今、思います。

これから、私は、祖母を見習って生きていこうと思います。

祖母は愚痴を言わなくなって12年くらいで、ある日突然事故で亡くなりました。

この世の修行を全クリ(全部クリアー)したのかもしれません。

« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »

他のアカウント