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2018年1月

2018/01/27

あちらが痛いとこちらが痛くない法則

上顎洞の手術をした時、顔がパンパンに腫れて、とても痛いはずなのに、全然痛くなかったんです。

なぜか。

実は、その頃、腰をいわしていて、多分ヘルニアかと思える激痛で大変だったのでした。

「上顎洞の手術を延期させてください。」と、先生に訴えたのに、大したことないと思われて却下されてしまい、麻酔の筋弛緩剤の加減で筋肉が弱ったのか何なのか、術後に耐え難い腰痛に見舞われて、上顎洞の痛みどころではなかったんです。

お陰で、鎮痛剤を一回も飲まなくて済みました。腰が痛すぎて。

その時に、「耳鼻科の先生に腰が痛いと言っても聞いてもらえない。」という事が、教訓として得られました。

その後、色々と観察をしていると、腰が治ると首が痛くなったり、膝が治ると股関節が痛くなったりと、私の痛みはアチコチと移動するんですよね。

息子に鍼灸をしてあげてると、「あちらが痛いとこちらが痛くない法則」が成り立っていて、「やっぱりな…」という感じです。

その原因は色々あると思いますが、脊柱に沿って痛みが移動する場合は、筋肉の緊張に関係があるのかなと思います。

なぜ緊張するかというと、精神的なストレスが原因だったり、単に冷たいものを飲んだりしたために、結局は血行が悪くなって硬くなってしまうことが多いです。意外なことに、足の裏側の筋肉が硬くなっていると、腰が引きつれて痛みが起こったりもします。

膝とか股関節の痛みは、私の場合は、自己免疫が関係しているのではないかと睨んでいます。

なんとなく、私の体の中には自己免疫異常の爆弾が潜んでいる気がします。
こういう痛みの場合は、心を健やかに保つことが最重要になってきます。

とにかく、痛みが移動して、「あちらが治ったのに、こちらが痛くなる」というような場合、取り除いていない原因があって、それは、簡単な順に、「冷え」、「ストレス」、「心の有様」なのだと思っていると、対処がしやすいのではないかと思う今日この頃です。



2018/01/19

猫を捨てる人

職場や家の前に、よく仔猫や大人の猫を捨てられました。

捨てる人は、うちみたいなところに飼われたら幸せだと思っているみたいです。

どうしてそんなことを言うかというと、「この人、絶対捨ててるやろ。」と思う人が、道で会った時に、ふと、「奥さんとこに飼われたら幸せやわ。」と言ったんです。

とんでも無いのです。

みんながそう思って捨てていって、放し飼いをできない我が家(動物病院なので基本室内飼いを指導する立場)では、愛情不足の寂しい猫が、自由もなく飼い殺しになっているのです。

それを補おうと、私は必死なのですが、専業主婦でもなく、毎日、猫たちの命を預かる避妊去勢手術の手伝いをしているから、ストレスは普通の人の10倍くらいあるんじゃないかと思うんです。

猫を捨てられるのが嫌だから、こんな仕事さっさとやめて、田舎暮らしをしたいです。田舎で放し飼いをしたいです。

道で会った人は、放し飼いをしている人で、家の掃除もあまりしない感じなので、猫を飼うくらい楽なものだと思っているのかもしれないのです。

私も大地を猫のトイレにできたら、どんなに幸せか…
家の中で数十匹の猫を世話することが、どれほど大変か…

その人には皆目わからないから、可哀想な捨て猫を見つけた時、簡単に自分の気に入らない柄の仔猫を置いていけるのかもしれません。
家に捨てられるのは、キジ、サビ、ブサイクみたいなのばかりで、里親さんも決まりにくいんです。

経営上の事情で、病院にいた猫たちも家に連れて帰ることになり、また仕事が増えてしまいました。

ちょっと泣きたくなります。大人だから泣かないけど。

そうすると、喉に何か詰まったような感じになって体調を崩すし、そうなると仕事に支障が出るので、ちょっと日記にぼやいておこうと思います。

2018/01/04

何度も繰り返している気がする件

生まれてくる前に、ガイドみたいな声が、「今回が最後」と言っていた。
夢なのか本当なのかわからないけど、子供の頃からずっと覚えている記憶。

人生を送る間に、「これ、前にもやったことある、見たことある。」という事が何度もあった。

本の内容さえ、「読んだことある。」と思えることがあった。新刊なのに。

例えば、アナスタシアの六巻で、パートナーを探す時のやり方。

女性が籠のような船を作って、果物をたくさん載せて川に送り出し、それを見つけてインスピレーションを得た男性が、川を遡り、流した女性を見つける話。

読みながら、「知ってる、これ。」と思っていたり。

若い頃、初めて水上スキーをした時に、1回目ですぐに出来るようになったけど、それは、何故だか前にした事があると思えたから。やり方のコツを知っていた。

10年くらい前に、仔猫のお届けに行った帰りに寄った神社。
賽銭箱や祭られている神様の像のようなものが、網の中に入っていて、「夢で見たことがあるわ。」と思ったし。
これは、夫も同じことを言っていたっけ。

瀬戸内海の粟島の知り合いの家は、中学生の頃に夢の中で遊んだ家で、私は間取りを覚えていたし、中庭の端っこに生えている葉っぱの大きな木も覚えていたので、確認すると、桐の木があったりして。

それで、たまにこんな妄想をしてしまう。

「もしかして、地球という惑星を救うゲームの中にいるのだろうか?今まで何度も失敗して、リセットして再スタートをしてるから、覚えているのだろうか?」

今回が最後の再スタートだとして、失敗したら、ゲームセンターのようなところで目が覚めたらいいな。

目覚めなかったらどうしよう。

失敗したら、この宇宙が消えて無くなるとしたら。

「あ、これ前に見たことある。」と思うたび、不安になるし、地球を今のところ救えそうにないので、焦燥にかられます。

みんな、これでいいのかなぁ。知らぬが仏で幸せなのかなぁ。

そんなことを、考えたりします。


2018/01/01

もう一つの前世

私は、西太后の後、自分の祖父だったんじゃないかと思うことがある。

生き物に優しいところなどが私と似ているのと、鼻の形がそっくりだと、よく祖母から言われたのもあるのだけれど、祖母の死後、祖母が夢に現れて、なにやらおもむろに写真を指差して、見せてくれたその中に、日本酒の一升瓶を横に置いて、立膝をついて笑っている祖父がいて、「ああ、そういやそんな写真、あったな。」と夢から覚めて思い出し、思い出したものの、現実には手元には無いのだが、なぜかハッキリと覚えている写真の顔。

あれが、自分に思えて仕方がないのだった。

祖父は自分の要求は言えなくて、相手の要求は推し量って助ける性格で、そんなだからストレスが溜まって酒に溺れるようになったらしいと聞いている。

酔うと嫉妬妄想が出て、祖父を支えている貞淑な祖母を疑って、追いかけ回して暴力も振るったと聞いている。祖父の酔いが回り出したら、祖母と父は見つからないように馬小屋みたいなところに隠れたりしたと。

最後には喉頭癌になって、44歳の若さでこの世を去った。

そんな依存症の家庭を祖父は作ってしまったから、息子である父もその影響をまともに受けて、まじめに勉強してクラスで良い成績を取ってなんとか頑張ったけど、やはり最後は家庭を壊してしまった。

他人には良い人だけど、家族には悪い人。そんな祖父だったらしい。
そのせいで、子孫の人生まで狂ってしまう原因を作ってしまった。

私は自分が祖父だったんじゃないかと思っているから、子孫である自分が、父のせいで家庭が壊れたり苦しんだりしたことも、逆に父や祖母に申し訳なく感じて、「全て許します。逆に許してください。」などと思え、「みんな私のことを娘とか孫だと思っていて申し訳ないな。」などと思えてくるから笑える。

祖母はそれこそ、息子が家庭を壊したせいで孫がグレたりしないように、身を呈して守ってくれたのだが、「いやいや、前世で散々苦労をかけた上に、今度また守ってくれて、本当にこの恩をどうやったら返せるだろうか。」などと考えてしまう私。

死ぬ間際に祖父は祖母に泣いて謝ったらしく、祖父のことを早く死んでほしいと思ったことを後悔して、祖母は毎日供養を欠かさなかった。

「いやいやいやいや、生まれ変わってますけど。」みたいな感じ。

今、思えば、夫の性格が祖父に似ていて、人からはイエス様みたいに言われているけど、捨てられた猫の世話をみんな私に押し付けてくる、「外ではいい人、家では悪い人」みたいなパターンは、これってカルマの解消をやってるんですか?と思える今日この頃。

なんと、名前の一字も同じだったという偶然。

これ、偶然と違うよね。







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