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2017/02/16

野口先生の話

小学三年生の頃、初めてクラブ活動なるものがカリキュラムに入ってきて、希望のクラブを第一希望、第二希望と、プリントに書いて提出させられました。

私は、第一希望は家庭科部と書いたのに、蓋を開けてみると、全然希望した覚えのないクラブに決まっていました。

それは「園芸部」でした。

「そんなの書いたっけ?」提出してしまったからプリントを確かめようもなく、第二希望は園芸部って書いたのかなぁ???と、「?」マークを頭からたくさん浮かばせながら、園芸部の教室に行きました。

そこには、学校で一番怖そうだと思っていた野口先生が待っていて、「あーあ。」と思ったのでした。

漫才の「いとしこいし」のメガネをかけた方に雰囲気も声も似ていましたが、声が低くてガラガラだし、眼光が鋭い気がして、私は縮み上がってました。部員も三人くらいしか集まっていませんでした。

その野口先生が、意外や意外、植木が好きで、植木の世話の仕方をいろいろ教えてくれたのでした。

大きなゴミバケツに毎日水を汲んでおいて、翌日の朝早くに、根元にヒシャクでたっぷりと水をかけるとか、なんで水を汲んでおくかというと、植物は水道水の塩素が嫌いだから、一晩おいて、塩素を抜いているんだとか、そんな事を教えてくれました。

あの頃に、植木たちと親しんだせいか、私は同年代の人たちの中では植物好きの部類に成長しました。

夏休みに、毎朝校庭の木の水やりに行ってたと思うけど、ほとんど記憶がありません。たぶん、夏休みの宿題さえ真面目にしない私だったから、三日坊主だったんじゃないかと思います。野口先生、尻拭いを夏休みの間中したのではないかと、ギクリとしました。

野口先生は、あの頃ですでに50がらみだったし、43年も経っているから、この世に居ないかもしれない。

でも、水撒きのことをいろいろ教えてくれて、ありがとうと思います。

いろんな人に助けられて教えられて、私は大きくなったんだと、今更ながらに気がついた私です。

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