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2017/01/20

猫が母親みたいな存在だったと思う話

高校生の時に両親が別居してしまって、父は仕事と遊び(付き合いでということになってる)に忙しかったから、私にとって、身近にいる大人のモデルは祖母くらいしかいませんでした。

他にモデルになる人をみつけたくても、付き合いが希薄で、コレだ!という人物がいなかったのです。
それで、ドラマの登場人物だとか、小説の主人公とか、「誰かおらんのかい!」と、探し回ってましたが、みつかりませんでした。
なぜって、現実に生きていないし、本物ではないからです。

その頃、フラウボウという名の猫を飼っていて、その猫がとても賢くて、その猫を観察することによって、私は生き方の手本とした部分が多々ありました。

フラウボウは現実に生きていて、日々獲物をとったり、泣いている私を慰めたり、仔猫を産んで育てて見せたりしたからでした。

フラウボウは、いつも動じることがありませんでした。
「よく観察する」をモットーにしているみたいでした。
それから、「君子危うきに近寄らず」もモットーにしているようでした。

落ち着いて観察するために、そーっと人目につかない場所に隠れたり、高いところに素早く逃げたりするのが上手でした。無駄な喧嘩はしませんでした。けれど、いざとなれば、ハッキリ「否」と意思表示ができるのでした。

毎日獲物を獲るので、人間を頼らずとも生きていける猫でした。

ハエが家に入ったら、もう命はありませんでした。壁にとまったところを、バシッと両前脚で捕まえてしまうのでした。ゴキブリもそうでした。

フラウボウの自由を尊重するために、私は嫁に行く時にフラウボウを連れて行きませんでした。
婚家にはシェルティーを室内飼いしていたし、猫を連れて行く嫁も変かなと思ったからでした。
婚家は北陸の地方都市にありましたが、街中にあり、大阪の私の実家の方が当時は自然が残っており、フラウボウにとっては住みやすそうでした。

でも、新婚旅行から新居に着いた途端に、「もうフラウボウと暮らせないのだ」ということがヒシヒシと感じられて、新婚早々、落ち込みました。その日は曇り空の日で、車で家の前に着いた時のドヨーンとした気持ちは今でも忘れられません。(笑い話ですけどね)

もちろん、周りに生き方のモデルにしたいと思う人もいませんでした。

「自分は、新郎よりも猫の方を愛していたのだろうか?それなのに特急で3時間もかかるところに嫁に来てしまったのだろうか?」そんな疑問が心に渦巻いたりした、20代でした。

思えばアホな20代だったなぁと思います。

でも、私はフラウボウが生き方の先生で良かったなと思っています。今となっては化粧もしない少し変わったおばさんですが、それは、半分猫が入ってるからなんです。

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コメント

80%がニャンコで
17%ほどワンコ
残り3%ぐらいが人でしょうか(笑)

猫から学べるってのも変かも知れませんが、観察してると理にかなってる行動が多いですよね。

ふくしまさん

コメントのお返事遅くなりました。
犬猫が親代わりのほうが、心が綺麗なままになれそうな気がしますね。
動物病院には、犬猫を助けたい子供の心のような人がたくさん来てくれるので、私のようなヘンテコな人でも生きていけることができてます。
犬猫様様なので、仏壇の真ん中に犬猫のぬいぐるみを置いときたいくらいやなと、今日ダンナと話してました。😀

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