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2016/04/19

都会に自然を感じさせる猫の話

子供の頃、辺りを見回して様子を意識できるようになった時、とてもつまらない世界にガックリきてました。

多分、3歳を過ぎた頃から、この世界を意識するようになったと思うのですが、なんだか空気がどんよりとしていて、ドブから臭い匂いがするし、人々は自分と自分の家族のことだけ大切だし、「なんだかな。」という印象で、「やっぱり生まれてこなければ良かったな。」と思ったものでした。(生まれたくなかったんです)

家庭の事情で昼間は押し入れに寝かされていたから、曇りの日しか目を開けていられなくて、余計にどんよりした印象なのかもしれません。

そして、「大きくなるために食べないといけないから。」と言われて、たくさんの目玉のついた生き物が料理されて出てくる毎日。
一番大きい目玉は目玉焼き…一番小さいけどたくさんあるのはチリメンジャコ…
給食の牛乳も嫌でした。あんな白い色した口の中がネバネバになって変なにおいのする飲み物を、美味しいという周りの子供達が信じられない…

それでキュウリとご飯とマヨネーズだけをなるべく食べていた子供の頃。(マヨネーズに卵が入っていると知らずに)

早く病気になって死にたかったような気がします。

そんな私に、一条の光が差し込んだのは、自由に生きる野良猫の存在だったかもしれないなと、ふと思いました。

モフモフした毛並み、ピンとなった髭、素早い身のこなし、能ある猫は爪を隠している様子。

野良猫が自然を感じさせてくれたから、もう少し生きてみようという気持ちになったのだとしたら、私は、富山で生きるのが辛かった時にチロルと名付けた仔猫を拾い、生きる気力が湧いたのと同じことが、すでに3歳くらいで起こっていたのだということに気がつきました。

「猫を家で飼いたい。」という欲が出たために、この現世につながるきっかけになったと思います。

猫は、少ない自然とつながる何かを持っている気がします。

ただ、今の暮らしは、家の中での完全室内飼いで、猫を自然から切り離す暮らしをしているので、まあ、「恩を仇で返している状態」とも言えるわけで、「本当は昔みたいに自然に生きられるように、この世界を変えていかないといけないのになあ…」と、何もできていない自分が情けないです。

仕事も、猫の遺伝子を断ち切ることばかりやっているし。

そんな私なのに、毎日頬ずりをしてくれたり、私の履いているスリッパで爪を研いで甘える猫たちのために、少しでも長生きをして守ってあげたいと思うようになりました。

年をとって、最後に1人になってしまったらと思うと、今から恐々とします。私は猫のお陰でこの世に生き残れたのに、いなくなってしまったら、さぞかし寂しいのだろうなぁ。

母は晩年、飼い猫のチャチャを死なせて、立て続けにウサギのウサコも死なせてしまった後、とても悲しんでいたけれど、わかる気がします。

最後に少しだけ、私の家で同居した時に、元々部屋にいた猫のアマちゃんが最後まで母に寄り添ってくれたから、その点は羨ましいなと思います。

私も最後まで猫といられたらいいな。

そんなことを考えています。

蛇足ですが、中学生くらいになると、ハンバーグや焼き肉も食べるようになってしまい、霊感のような感覚の鋭さもなくなり、凡庸な時間を20年くらい続けた後、鼻づまりから逃れたいのと動物ボランティア をやっているのに肉を食べる矛盾から、また肉をなるべく口にしなくなりました。

40代で、ひどい貧血になって、医者から肉を食べるよう説得されましたが、ベジタリアンだからだと思っていた貧血は、子宮筋腫のための月経過多が原因だったとわかってからは、努力して食べていた肉をまただんだんと食べなくなりました。

話は逸れてしまいましたが、都会で生き辛い人が、猫のお陰で生きる気力が出るのは、猫が自然を感じさせてくれるからで、そんな人たちは、本当は、少しでも都会から自然がなくならないように何かしないといけなくて、ただ猫から野生を奪い、そばに置いて自然を感じているだけなのは、猫の生き血を啜っているのと同じことなんじゃないか?と、私は、そう思うのです。










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コメント

おお!あくび猫さんもそうでしたか…

諸事情があって凄まじかったという私の「胎教」が影響しているのかどうか、あるいは前世からの何かなのか。
とにかく物心ついたその日から「凄まじく神経過敏」で
「自分が自分を意識して見ている、内省している」という不快な状態が強く、すでに生きにくさの片鱗を感じとっていました。

世界が悪い場所であるという意識ではなく、自分の内面が辛いのです。
そして、更に体の病気をしてしまったことで14歳のころには「生まれてきたくなかった」という悲痛なセリフを連呼するようになっていました。
実際「朝になったら目が覚めずに死んでいますように」と拝み倒して眠り、、翌朝しっかり生きていることに絶望した経験があります。

「死にたい」とは訳が違うんです。
自分の中で、すでにこの世に生を受けてしまったこの命を断つという選択肢はほぼ絶対ないもので、そうしてはいけないものだ、という固い信念がありました。
なので「生まれてきたくなかった」…
こんな罰当たりなセリフを吐き続けてきたので、今こんなに母の認知症や身内の深刻な病で苦しんでいるのか?と思うくらいです。

自分が子供を持たなかった理由は「この生き辛い世の中に私のような神経質で苦しむ生命を誕生させたくなかった」からです。
そして、自分の神経の細かさでは子育てには耐え得ないと自覚していたから。
皆が私は身体が悪くて子供を産めなかったと認識していますが、それ以前の問題でした。

で、それは正しいことなのかどうか?
私の意識としてはよかったと思っているのですが、さてさて、現在、認知症の母、病気の身内、これまで複数の犬や猫をずっと面倒看てきてる自分の境遇を思うと「???」なのです。
なんだか子育てのような苦労をしている私sweat01
私は少なくとも今世では、自分の悩みだけを苦しんではいられないという学びをしてるような気がしてなりません。

猫ちゃんとの出会いがあくび猫さんの生きていく理由になったのですね!
では、私は猫さんの存在に多大な感謝をしないとo(*^▽^*)o
あくび猫さんをこの地上に留めてくれたのですから。
とても良いお話しですねheart01

「生まれてこなければよかった」というセリフ、
自分の場合は今の夫に出会ってからほぼ言わなくなりました。
その夫は現世的な名誉や物質、学歴、良い顔など(笑)何も持ってない人です。
彼は私を批判せず肯定してくれる優しい人間なので、ストレスフルで四面楚歌な中でなんとか生きていられる自分を思うと
「ああ、受け入れられる」ってこんな大きな力なのか!
では、認知の母に否定否定で対してしまう悟れない自分はどうなの!?と目下足掻いています。゜゜(´□`。)°゜。

玲香さん

良いダンナさんがいて、良かったですね。
私も好きなようにやらせてもらえる度が、普通より高いから、こんな私でもやっていけてる気がします。
玲香さんは嘘がつけない性格ではないですか?
私は嘘がつけなくて、母に話しを聞かずに適当に相づちとかできなくて、苦労しました。
対する母は、自分のボケを隠そうとして嘘をつきまくるので、ムキー!ってなりそうになりました。
ダンナとか息子から、「お母さん真剣に間に受けすぎやねん。」と、よく言われました。
それで、二人の言動を観察していると、ホントに適当でした。^^;
私は割とキチッとしないとダメだったので、二人の慣れた様子に唖然となりました。
最初は腹を立ててたのに、すぐに順応して。
まあ、対面する時間も短いからなんでしょうね…

私は、生まれてきたくなかったけど、生まれたからには仕方がなくて、生まれた理由を探してばかりいたから、子供の時から不思議ちゃんになってしまったかもです。

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