« 植物は夜明けを待ちわびている。 | トップページ | 血虚瘀血と気滞瘀血 »

2016/02/05

家族を犠牲にする話

誰かをどうしても助けたい時に、家族を犠牲にするのは致し方ないと考える人は、どれくらいいるだろうか?

この考え方は間違っていると思う人は、どれくらいいるだろうか?

「家族の犠牲」というのは、例えば、仕事中毒の父親のいる家庭。ボランティアに忙しい母親のいる家庭。他にもいろんなパターンがあるけれど、何かを助けることは善行なのに、そのために犠牲になっている家族がいる場合の話です。

自分が犠牲になって育った場合、自分が成長して大人になった時、形を変えて自分の子供を犠牲にしてしまうことがあります。
これをチェーン現象というらしいです。

ドラマでもよくあるような、妻子のある男性が可哀想な女の人を助けようとして不倫関係に…などなど。この場合は、妻子が犠牲となります。

アルコール依存性の人の家族が犠牲になる話は、有名ですが、「え?こんなことも?」というケースが世の中にはたくさんあるのです。

私も、育った家庭で、「犠牲になっていたよね。」と思えることがあって、「自分の子供だけは犠牲にすまい。」と思っていたにもかかわらず、気がつくと家が猫だらけで、息子は友達も呼べず、すっかり犠牲になりました。

形を変えて、チェーン現象は、やってくるのです。

私は職場に捨てられた猫を助けるために、息子を犠牲にしてしまったのでした。

それも、初めは、仔猫可愛さに喜んでいたのです。けれど、1年で15匹のペースで増えていって、数年で50匹を超えてしまったのでした。

慌てて監視カメラを設置しましたが、すでに家にいる猫たちの里親探しは、情がわいたり、仕事と掃除に忙殺されてできないまま、超過密状態で猫たちを飼い殺しにするようなことになりました。

本当に、一生の不覚だと思います。

今はサバイバルで生き残った長老猫たちのストレスを少しでも和らげてあげたいと思っています。

こんな暮らし方をしてきたから、自然と調和しない生き方が、どれほど間違っているかということは、確かに身にしみましたが、家族には迷惑をかけたなと、反省しています。

ダンナも共犯で、やはりダンナの育った家は、お父さんが、可哀想な人や、犬猫を助けようとして、家に連れて帰ってくる人だったようです。連れてきた人や犬猫の世話は、自分はせずに、ダンナのお母さんに丸投げされていたということです。

2人でやらかしたな…というのが、今となってはわかります。

「良いことをやっているのだから、家族が犠牲になるのは仕方がない。」と、もしも自分が考えてしまうのであれば、自分の育った環境を精査してみる必要があると思います。

なるべく、家族や周りの人たちに迷惑をかけないようにしながら、良いことをコツコツしていく「バランス感覚」が大切だなぁと思う、今日この頃です。




« 植物は夜明けを待ちわびている。 | トップページ | 血虚瘀血と気滞瘀血 »

動物たちの話」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

家族を犠牲にする(して欲しい?)職業がありますよね?
警察官・消防士・医者・学校の先生etc・・・・・いわゆる聖職でしょうか?
ある程度仕方無いかもですよね?
猫で家族(猫家族を含めて)を犠牲にしている・・・私って?異常なのかしらね?
先日、息子に猫と孫どちらが大事かって?きかれて・・・即答ですよ。孫は保護者が要るじゃない?猫は誰も居ないのよ、私しか・・・・呆れてるかな?

息子さん、呆れてるかもー。(笑)

猫に関わると、結局家族が犠牲になりやすいですから、その点、重々、感謝の気持ちを持たないとダメかなぁと思います。

それと、自分の年齢を考えた時、最後に人に迷惑をかけないようにしなくては…と思います。そう考えると、もうタイムリミットなんですよね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/53167/63168295

この記事へのトラックバック一覧です: 家族を犠牲にする話:

« 植物は夜明けを待ちわびている。 | トップページ | 血虚瘀血と気滞瘀血 »

他のアカウント