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2015/10/15

隣の雑草

隣の家の、昔はベンジャミンのような木が植わってたのが、今は土だけ入った植木鉢に、何かの芽が出ていたんです。

梅雨時には調子よく成長して、だんだんと木のようになってくるので、てっきりお隣さんが種を蒔いたのだと思ってました。

夏の盛りになると、私は自分の植木たちに、朝晩水やりをしていましたが、隣の植木鉢には、お隣さんは水やりをしませんでした。
雨が降った時だけ、水にありつけるのでした。

カンカン照りの日の夕方などは、私が自分の植木たちに水をやっておりますと、隣の植木鉢の植物がですね、なんとも羨ましそうにしな垂れているのです。

その時はなんの木だろう?と思いつつ、お水のおすそ分けをしてあげたら、翌日には復活するというのを繰り返したのです。

秋になって、いよいよ植木鉢の植物の正体がハッキリしてきました。どう見ても、植木屋さんで売っていそうな類の植物ではありませんでした。
多分、イノコヅチではないかと思います。

そのうち、植木鉢が、うちから少し離れたところに移動していました。
枯れるのを待っていたのに、私が水をあげるから?

水はおすそ分けできないこともありませんでしたが、ワザとらしくなるし、お天道様に祈るしかありませんでした。
そうしたら雨が降って、イノコヅチは助かりました。

助かったのですが、イノコヅチの命運はそこまででした。
連休中に、外出から戻ってふと見ると、イノコヅチは跡形もなく消えてしまってました。
ひっこ抜かれ て捨てられたようでした。

こんな出来事がある度に、「あぁ、生き辛い世の中だな。」と、私は思うのです。雑草の1本や2本、秋まで生かしてあげたらいいのになと思います。
人間がアスファルトだらけにしたために、自由に根も生やせない地上において、やっと育つことができたのになぁ。

アスファルトの隙間から芽を出した雑草には除草剤を撒いている人もいるし、そういうのを見るたびに、もう人類はいなくなった方がいいのかな?と思ってしまいます。

少しの隙間さえ、生きることを許してもらえない。
人間の生きる世界では、作物と家畜以外は存在不可なんですよね。

大津波が太平洋側にまた来るかもしれないと、皆さん怖がってますが、どうせ来るなら、人類の文明が滅びるくらいのが来た方が、地球のためになるのではないか?と、ふと思ってしまいます。

そんなことになる前に、人間一人一人がもっと賢くなって、地球の世話係にレベルアップしてもらいたいと、願っています。

宇宙空間から地球を見下ろしているビジョンが子供の頃からある私は、どこか人間と離れた場所から観察している気がします。


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