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2013/06/28

石工と大工の名人の話

鍼灸学校の授業で習ったお話。

よぼよぼのおじいちゃん先生が、精魂込めて授業で話をしてくれました。
先生の名前は山本宏先生。和歌山県立医科大学の名誉教授だったと思います。

たぶん、本やテレビのドキュメンタリーで知った話をお話しして下さったんだと思いますが、とても役に立つ、参考になる話でした。

滋賀県に石工の名人がいて、その方の息子さんは石工を継がなかったために、名人の技術が失われようとしていたときに、名人のお孫さんが祖父の後を継ぐと申し出たとのことでした。
名人はそのとき60歳を過ぎていました。
20年かかって孫に技術の粋を注ぎ込み、一人前に石を加工することが出来るようになりました。

「良かったですね。」とインタビューされた名人は、「ちっとも良くない。石の声を聞けるようになるまで、あと20年かかる。それまで自分が生きていられるかどうか・・・」と嘆いたとのことです。

名人は、石の声を聞きながら仕事をしているのでした。

もう一人、大工の名人がいました。記憶が定かではありませんが、西岡棟梁だと思います。
彼も、木の声を聞きながら、木を加工したり削ったりしているそうです。
南向きで育った木は、南側の柱に使うとか、そういう配慮もされているらしいです。

山本宏先生は、この二つの話を知ってとても感心し、果たして自分が何かの声を聞いて仕事をしているだろうか甚だ疑問であると反省していたある日、自宅で窓の外をふとみると、庭の畑に植えてある苺が赤くなっているのでした。
畑担当の奥様に、「おい、苺がなっているぞ。」と声をかけましたら、奥様は、「まだまだや。軒先をみてみぃ?小鳥たちが知らん顔しているやろう?まだ甘くないから知らん顔しているんや。」と答えたのでした。

ほほう、そんなこともあるのかと、そのときはスルーだったようです。

またある日、たまたま奥様が外出中に、先生が先に帰宅したことがありました。
夏の暑いときで、庭に植えてある菊の花も水がほしかろうと、普段しないのに親切に菊の花にお水をまきました。
すると、あとで帰宅した奥様が、先生に怒るのでした。

「あんた、なんで水あげたんや!」
「暑いから親切にまいてあげたんや!」
「あんた、菊に聞いてから水あげたんか?」
「そんなんできるわけない」
「菊はまだ水いらん、ゆうてるんやし。」
「なんでわかるねん」
「私は菊と話ができるんや!」

というような会話があり、奥様が花や小鳥と会話しながら日々暮らしていることに、はたと気がついたのでした。
家で、家事と畑くらいしかできない、何の取り柄もない女房・・・
いつもさんざん馬鹿にしてきた嫁はん。
そう思っていた奥様は、名人たちと同じようなことをしている。
大学の名誉教授でいばっていた自分よりも、随分と魂のランクが上の人なのではないだろうか・・・
そのようなことに思い至り、愕然となった。

たしか、そのようなお話でした。

聞いてすぐにブログにUPしたかったのですが、3年以上経ってしまいました。
うろ覚えですが、何かの参考になればと思い、ブログに記録を残しておきます。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

じゃあ、私達は猫に聞いてみないと・・・・・手術して欲しいかどうか
いえいえ勝手にしちゃいますけどね

先生の奥様は、猫も飼っていて、何匹かお家にいるようでした。
テレパシーがあったらいいのですけど、普通はないですからね。^^;
私も生まれそうな猫の堕胎の時は、猫の話も聞いてあげたいけどできないもどかしさで、ストレスになります。
全部育てて飼えないですもんね。

ああ、もうこういう話をしてくださる老先生の授業を受講されてたなんて、羨ましいですぅ。
きっとこのお話以外にも宝物の詰まった授業をされたのでしょうねぇ。

ところで、今日もまた喫茶店でママと近所の料理屋さんの御主人と3人で猫談義と動物や植物はもちろん石だって何だって大切な地球の仲間だ・・とか言って(^_^)盛り上がったのです。

その中で料理屋さんの御主人が「知識だけでは、真っ当に生きることはできない。(正しい)智慧がなければダメです。」と仰ったんです。

そうしたらママさんがそうそう、「『学校の勉強だけができる阿呆になるな。』といつもうちのおばあちゃんに言われて育ったわ」・・と言いました。

この話って老先生が仰ってることとも通じますよねぇ。

仕事にしても家事にしても、その相手が生き物であっても無生物であっても、謙虚に耳を傾けて相手の気持ちを聞ける人って、一番良い結果に辿り着けるのでしょうね。。

ああ、私もそういう人になりたいですわぁ。。。

yukoさん

そうですよねえ、私も色々反省の日々です。
ちょっと猫や雀や植物たちと話ができるような気になってましたけど、全然です。
だって、家の猫たちは、世話はしてもらえているけれど、みんな寂しそうです。
私の一存で助けているつもりでも、寂しい一生を無理強いしているのではないかと、考えてしまいます。
スズメにお米をあげるのも、スズメの生きる力を奪っているかもしれないとか。
商店街を自転車で通り抜けながら、自分勝手、自分本位の人たちの集まりの中に、自分も存在していることの悲哀を感じてしまいました。
お弁当には絶対肉が入っていて、殺される動物のことを知っていても買ってしまう自分が嫌だなあとか・・・そしてお肉は残してしまうんですよ、食べられなくて。
もう、一刻も早く大阪を出て、自給自足をしたいんですが。
先生の奥様は、ほぼ自給自足で、買うのは魚くらいだったと記憶しています。
魚も、塩サバオンリーのようでした。

いえいえ、あくび猫さん十二分にされてると思います。大切に猫達を育ててらっる上、猫の気持ちをいつも汲んでおられますもん。。いつもお手本にさせて戴いてるのです。。
私こそ本当に無精で、部屋は散らかってるし、お掃除は行き届いてないし、うちの猫たちこそ可哀想だと思いつつ、休みの日に喫茶店に通ってしまってるダメダメ猫母です。

そうそう、今日の話しの中でやはり料理屋の御主人が、猫にしても雀にしても餌をやりをしてると必ず文句を言う人がいて、心が折られるのだけれど、餌やりというのは険しい道で、365日猫や雀のことで心が休まることがない。昼休み車の中で休憩することがあるのだけれど、その時でさえ駐車場で餌やりしている猫たちが無事に一日を過ごせますようにと毎日祈るのです。

その険しい道を選んだ私達の事を動物達の苦しみを理解せず、何もしない「楽な道」を選んだ人達が、なんと私達に「間違っている」と言う訳です。で、そういう人が世間一般で「良い人」として通っていたりします。

でも神様はお見通しです。とにこやかに言ってました。

で、ママさんが
「うちのおばあちゃんが亡くなる少し前に、今から言う10人の人の死に様を見ておきなさい。本当に思いやりのあるのは○○さんと△△だけ。あとの8人は表面上だけの良い人。」
と言ったのですって。おばあちゃん、変なこと言うなと思ったら、後に安楽に死ねたのはおばあちゃんが言う二人だけで、あとの8人は長患いした上壮絶な死に方をしたのですって。
で安楽に死ねた二人は人にもそうだけど動物のこともいつも思いやっている人だったんですって。きっとあとの8人はそういう所が欠けた人達だったのかも、で神様はお見通しなのよ・・と言ってました。

ああ、もうすみません。長々と記事とちょっと違う方向の内容書いてしまってますわ。。

お肉のことも、料理屋の御主人が料理しながら「自分は間違ったことをしている。命をこんな風に食べていいのか?」と思う時があって、でも生業なのでやめることも出来なくて葛藤の末、また、まな板の前で祈るのです。と言ってました。

私はひたすら「です。です。です。」と頷きながら、こんな風に共感できる人達だけで暮らせたら、生きやすいのになあとつくづく思いました。

ところで老先生の奥様はただ者ではありませんねぇ。。。

yukoさん

料理が生業だと、辛いですねえ。
でも、猫や小鳥を大切にすることで、罪滅ぼしになっていると思いました。
本当に、餌やりの道は、365日、心休まることがなくて、雨が降っても心配をするし、風が吹いても心配だし、暑さ寒さも心配だし、餌やり中に誰かに怒鳴られたりしないかハラハラするし、すごい修行というか何というか。

そんな餌やり人の心をわかってくれるのは、神様しかいませんよね。(*^o^*)
yukoさんの喫茶店、いいですねえ、そりゃ、息抜きに行ってしまいますわ。

ママさんの話も強烈ですね。
私は、スズメを駆除したいと言っていたあの方が、どのような最後を遂げるのか、長生きして観察してみたいような気がしてきました。( ̄ー ̄)ニヤリ

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