2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 青い光の記憶 | トップページ | 臨死体験でみたパラレルな未来 »

2011/10/23

教員になったときの思い出

ずーっと昔、私は20倍の難関を乗り越えて、中学の国語の教師になりました。
いつも「のほほん」としていたので、私などが採用試験に合格するなんて、「きっと裏口に決まっている。」とか、人から言われたこともありました。
まあ、結局、一年しか続かなかったから、裏口と言われても仕方のないことではありました。

でも、言い訳がましいですが、採用試験の二次試験では、「度胸」を試す面接であったと思いますが、のほほんとしている私は度胸があると思われたのだと思っています。

まあ、そんな話はさておき、採用されて任命式がありました。
歴史ある講堂に集まって喜びを胸に、みんな緊張して教育委員会の先生の話を聞きました。

その時、少し変な話をする方がいました。

「君たちは、採用試験に合格して自分は有能な人間だと思っているだろう?それは間違いです。本当に有能だったら、今頃ここにはいません。少し考えればわかるでしょう?本当に有能は人たちは今頃どこの入社式に出ているかくらい・・・」
このような内容でした。

私は、その話にえらくがっかりしてしまいました。
「20倍の難関だったけど、大したことなかったのか、なーんだ・・・」

他にもいい話をされていたのかもしれませんが、とにかく無能のレッテル貼りをされたことが強烈で、他のことは何も覚えていません。
新任教員から自信をなくさせてプライドを持てなくすることが、教育委員会になんの得があるのか知りませんが、その後、その年に採用された新任教員たちは、少し迷走しました。

夏休みに入って、高野山で泊まり込みの合宿がありました。
そこで、短い期間に体験したことを発表したり、色々なことを話し合ったり教えてもらったりしていました。
私は、自分の番が来て、「とにかく寝不足で学校に行かないことが、何より大切なこと。」と話したのを覚えています。

合宿の夜、仲間たちの中で「肝試しをしよう。」という話が盛り上がり、ほとんどの新任教員が宿坊を抜け出して奥の院に肝試しに向かうことになりました。

まじめな私も、仲間の殆どが行くというし、一人だけ留守番も寂しいので、ついていくことにしました。
「どうせ、教師といっても大したことないんだし、ちょっとくらいええやん・・・」そう思いました。

帰ってきたら、宿坊の門の前で指導教官がズラッと待ち構えていました。
一部残った人が告げ口をしたようでした。

指導教官は、みんな面食らっているようでした。

「こんなことは、前代未聞」
「さすがは新人類」

というような言葉が次々に並び、最後には「まあ、君たちも生徒がつられて悪さをするという心理がよくわかったことだろう。」と言ってお説教は終わりました。

今思えば、そういう風にしたのは、新任教員の任命式で「君たちは大したことないんだよ。」と言って聞かせた教育委員会の先生ではないのかと、今となっては思うのです。

希望にふくらんだ風船に針でついてしぼませるようなことをしなければ、もっとみんな教師をいう仕事にプライドも自覚も持てたのに。

今回の話は、新任教員の話でしたが、「大人と子供」という立場でも、よくこういうことをしているのを見かけます。
子供が夢を語ると、大人が、「そんなん無理無理。」と言ってしまうこと。

この、夢をしぼませる行為が、子供の将来を摘んでしまうということを、私たち大人は自覚しておいた方が良いと思います。

« 青い光の記憶 | トップページ | 臨死体験でみたパラレルな未来 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

もう、呆れましたわ教育委員会・・・
任命式で新任の先生方の出鼻を挫くようなことを言った、そのイカレポンチの教育委員会の人間は今頃何をしているんでしょうね(`Д´)

当時、教員試験って、当然!優秀な方でないと合格できなかったですわ!

その人、今で言うところのパワーハラスメントと同然のことを言ったわけですよねぇ。
新任の先生の夢と希望をしぼませるような事を言って、一体全体どうしろと言うのでしょう?(゚Д゚)ハァ?

「大人と子供」という立場・・・そういえば、親からもそうですが、それ以外にも大人に心ないことを言われ記憶って一生残ってるなあと思いました。
ホント大人の言葉ひとつで子供の一生を左右することもあるんですよね。気をつけようと思います。。

yukoさん

共感して下さって、ありがとうございます。
本当に出鼻をくじかれました。
採用された後も、小学校で学級崩壊をした主犯格の子がいるクラスの担任を押しつけられたし・・・
まあ、その子は本当は素直な良い子で、実は、やはり心ない大人に心に傷をつけられていたんですけどね。

子供は、自分の心を守るために、中学生くらいからだんだんと鎧を身につけ始めますよね。
それは、強がりだったり、弱いものイジメだったり、あるいは無関心だったり。

それが大人になったら、やっぱり、そういう風な大人の世界ができあがっていて、繰り返し、次の世代を傷つけていく世代間連鎖ができあがっております。

教育というものが、人の世界観の多くを規定するのですから
重要であることは言うまでもないことです。
その良し悪しが、そのまま時代と社会に反映して行く
どうも日本は(日本だけではありませんけど)
権力者に都合のよい、従順な人間を作るような
型にはまった教育が続き、現代の官僚支配が確立したように見えます。
教師を教育する教師が長い間、人の能力を「学力」という
物差しで選別し序列.をつけることを生業としてきた人達が少なからずいる。
人を枠にはめて自らも選別と矮小な優劣の中に閉じ込めてしまうのも
無理からぬ話なのかも知れませんね。

さかのぼりますが「青い光」について私見を述べさせていただきます。
最近の研究では、生命誕生は深海の熱水鉱床に
あるのではないかという説が提起されています。
もしそうだとしても、その「水」がどこから来たかが問題の本質で
惑星誕生過程で高温の原始地球には水の滞留する余地は無かった
ある程度冷えて来た段階で、氷(水)を伴った隕石や小惑星が衝突して
水蒸気が地球重力で補足され留まり、さらに海洋形成に至る訳です。
何が言いたのかというと、「水は宇宙からやって来た」ということです。
空が青いのも、地球が青く見えるのも、
酸素や窒素の光の反射波長や吸収という
分光分析的解釈もさることながら、水の存在が大きいと考えます。
水である雲は白いぞという反論はさておき(笑)(水蒸気の乱反射)
今現在でも、地球上には水を伴う隕石が相当数降り注いでいる
もちろん大気圏で燃え尽きる隕石中の水は水蒸気として
大気に取り込まれるのですが
その強弱が地球の温度に影響して氷河期をもたらすという説もあるぐらいです。
結論から言えば、すべての生命は宇宙から「水」としてやって来たのです。
物質的に見れば「水」なのですが、波動・波長的に見れば「青色」に「見える」
生命は、この地球上で50億年近く生まれ変わり死に変わると思われますが
チベットではその間に虹色の身体を身につけ、宇宙に戻るのが理想なのだ、そうです
そこに至る人としての道は「我欲」を一切捨てることらしいのですが
その点、地球で進化の頂点に立つ人間のレベル
は極めて低いと言わざるを得ないでしょう。
さて、では水さえあれば良いのかといえば、水が媒体で重力に支配された物質
がその殻を作っている。
そして、それを動的にするものが光であり、光合成で作られた物質的栄養であり
さらに、そこに未知のエネルギー、(気功など)などが複合的に重なり合っている。
それが地球生命圏ガイアの真相だと思われます。
ちなみに特殊な事例で直接、
光や未知のエネルギーを栄養にできる能力のある人がいる、それが不食人なのでしょう。
ところで私の個人的見解でアカシックレコードは「水」の記憶ではあるまいかという
仮説ですが、直感的にはまず間違いあるまいと思っています。
波動に注目し実践的農法を楢崎皐月氏が考案していますが、
詳説は省きますけれど、カタカムナ図象の真骨頂は、
それが水(波動、電位)に関係したものだということです。
生命=水=波動=記憶 我々は物質という重力に支配された固形物を脱ぎ去り
波動としての霊体になった時、宇宙空間にまで飛翔し青い地球を省みるのです。
ワレワレワミズトイウウチュウジンダと言ってさしつかえないのではと思うのです。
象徴的なのは重い物質、
例えばプルトニュウムのようなものは人の我欲が作り出した悪魔なのでしょう
結局、その悪魔の炎を消す最後の手段が単純明快な水冷なのですから分かりやすい

もうそろそろ、権力やカネに支配された悪い教育で作られた世界観から脱却して
各人の心の底にある、記憶に目覚める時が来たのだとつくづく思います。

亀三郎さん

たくさん教えてくれて、ありがとうございます。∈^0^∋

そう言われてみれば、私がみた宇宙空間に漂うたくさんの青い光は水玉のようでもあります。
そして、水はたくさん体内にあるのですから、いつでもアカシックに繋がっているはずなのですよね。
子供の頃に、大人になったら忘れてしまうことというのは、コレだったのかなと考えました。

カタカムナ図象というのを私はあまり見たことがなかったのですが、こんど調べてみたいと思います。

新米教師の時に、生徒に言われたことがあります。私は国語の教師だったのですが、「表現に対して感じることは人それぞれなのに、どうして答えを言わせられるのですか?」というようなことだったと思います。
私は、「社会に出たときに、ある程度みんなと同じ常識的な受け答えができるようになるためです。」と苦しい回答をしました。
まるでネジを作っているようだと、それ以来、悩むようになってしまい、結局辞めてしまいましたけど、良い経験になりました。

金によって支配しようとする勢力から逃げたければ、一斉に金に興味を無くし、不食人になってしまえば、手っ取り早いですね。(笑)

ご存知かも知れませんがコトダマートというHPあります
カタカムナ相似象は少しマニアック過ぎて難解ですので、
下記のHPは言霊の基礎知識としてお勧めしておきますね。

http://kotodamart.eco.coocan.jp/index.htm

亀三郎さん

さっそく、ありがとうございます!

この頃、iPhoneでポチポチやってますので、時間のある時にゆっくり読んでいきたいと思います。

カタカムナの図形なんですが、学校に行っていなかった祖母(故人)が計算する時に、フラクタルな丸い図を書いていたのです。
タコがたくさんいるみたいで面白かったのですが、ちょっとそれにも似ています。

何となく、右脳の発想というか、そんな感じがビンビンします。

さっき、偶然こんなブログ見つけました。
http://right44.blog93.fc2.com/

あくび猫さんと私がそれぞれ興味をもったことでブログやコメントで書いたことがmixされたような話題ばかりで、パラレルしてるなあと思いました。

女性の方で関西在住、私より若く、あくび猫さんより年上、主婦の方です。20年ほど前に目覚めたと書いておられて、プレアデスの話題もあるみたい。

どちらかというと、あくび猫さんい近い方な感じがしたので
「青い光の記憶」どこかに書いておられないかなあ?とパラパラ読んでみたりしてしまいました(^_^;)

yukoさん

なんと!
早速見て参ります。∈^0^∋

お仲間かな~。

この悲惨な地球の有様を見たら、なんとなく、青い光は流刑の星に連れてこられた魂だったのかもと思える今日この頃ですが、なんとか、救いに来たのだと思いたいです。(^◇^;)

高野山でそのような思い出がおありだったんですね(^_^;)
あの奥の院へ肝試しに行くなんて、相当な怖いもの知らずです。
でも、先生方にはそういう遊び心を失ってほしくないですね。
教育、がやはり未来を担う根幹ではないかと思います。
奥の院へ毛皮を着てお参りに行く人たちをみて…
すごくそう思いました…。

チャイの歌人さん

高野山は小学校の林間学舎で二回行ってますし、大学のゼミでも行ってます。最後が、教員研修でした。
それで、慣れているせいか、行ったのがいつも夏で人がたくさんいたからか、奥の院も女人峠も怖いと思わずに行ってました。^^;
冬にいくと怖そうですね!
大学のゼミで行った時の「金だらい水掛け地蔵事件」は、ブログの何処かで読まれましたか?
あれ読んでから冬に行くと怖そうです。(笑)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 青い光の記憶 | トップページ | 臨死体験でみたパラレルな未来 »

他のアカウント