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2011/02/11

猫が歯止めになっていた

思えば、私はとてもやんちゃな部類の人間ではないかと。
退屈が耐えられず、何かをしていないと気が済まない。

けれども、私は女なので、どうしても家庭に縛り付けられる運命が待っていたんですよね、これが。
男だったら良かったし、独身女性として生きていれば問題なしに生きられたんですが、子供はいるわ、家庭はあるわで、家をほったらかしにすることはできない環境でした。

そんな私が糸の切れた凧にならないように引き留めていたのが、猫たちだったと今思えば思い至るのです。
猫たちは、遊ぶことの楽しさを教えてくれましたし、寂しいときには温もりを与えてもくれました。

目と目が合うだけで、考えていることをわかり合えるようになって、猫たちのために役に立ちたいという思いから、動物病院の経営方針も、体に優しい副作用が少ない治療方針を目指すようになり、野良猫の避妊去勢にも力を入れるようにもなりました。

たくさんの猫たちを一人で世話するのは、私にとってはすごいストレスでした。
そんな日々も乗り越えて、今は、ダンナも手伝ってくれるようになり、猫たちの数も半分くらいになって、やっと、こういうことを思えるようになりました。

その間に、犬とも仲良くできるようになり、しまいには鳥類まで・・・(^◇^;)

私の動物ライフはどんどん広がっていき、今となっては、地球環境を何とかしたいとまで思うようになりました。
動物たちと関わっているから、危機が目の前にあるのを、かなり早い段階で感じています。

猫さんたち、ありがとう。私をつなぎ止めてくれて。

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動物たちの話」カテゴリの記事

コメント

押入れ引き籠りスーパーカメランドの八国山に住むネコの「くるよ」がニャアと呟きます。
命の糸と糸がクロスすると綾(彩)と玉(魂)が生まれて
(彩の国、埼玉生まれニャ)
悪いことも良いことも、クルリンぱッ!とひっくり返るのだそうです。typhoon

このネコは、大阪は地下鉄昭和町駅の東側路地裏に銭湯があり
(亀が昭和時代に半年住んでた所ですhappy01)
そこに住んでいた「いくお」という名のネコの子孫だとか・・・・

「くるよ」が言うには、悪いことのように見えても、それは良いこと、その逆もある。
そしてそれは見方によって、いつもクルリンぱッ!なんだそうです(笑)
たとえば毎年日本沿岸を襲う迷惑なエチゼンクラゲの大群、
これは腐界なんだそうです。
地球温暖化が進むと、さまざまな生物の勢力範囲が移動したり狂ったりして
バランスを保とうとする、人間にとっては脅威でも地球生命全体から見ると修復なんだとか
鳥インフルも口蹄疫もエイズも・・・

「くるよ」に言わせると人よりも賢い動物は沢山いるそうで例えばタコだそうです
確かに火星人はタコみたいですし、パウル君は予言してたし
地球の未来は軟体動物のタコ様が支配するのではないかと思ったりします。

ところでアキャシャ、アカシャ(アカシックレコード)は、
細胞(水)の記録で、進化の先まで方向性が分かるものらしいです
細胞にあるんですから誰でも見ようと思えば見れる
ネコの「いくお、くるよ」には見えていたんでしょうな。coldsweats01

あくび猫さんに歯止めをかけたネコ達は、
きっとアカシックニャンコだと思います(=^・^=)

亀三郎さん

昭和町の銭湯って、ちょっとレトロな雰囲気の銭湯ではないですか?
そこだったら行ったことがありますわ-。(^▽^)

鳥インフルなんて、昔からあったわけですよね。でも大騒ぎしているのは、たくさん詰め込んで工場みたいに飼っているからだと思います。
もうそんなことをやめにしてくれないかと、地球さんが言っている気がします。
くるりんぱ!と人々がそういうことに気づいてくれないかな。
肉なんて、毎日三食食べなくても死にはしないと気がつくときが近づいています。

アカシックニャンコたち、本当に、世話になりっぱなしでろくな恩返しもしてやれず、申し訳ないことです。死んだら真っ先に謝りに行かなくてはと思っています。
水の記憶となれば、大人になった今でも見に行こうと思えば行けそうですね。(*^o^*)

若かりし日、私は地図製作会社に勤めていました。
出張で大阪の阿倍野区昭和町に半年間滞在したことがあります。
東京を離れて仕事するのは初めてでしたし
大阪弁はしゃべれないし、ずいぶん苦労した思い出があります(笑)
その時、かよっていた銭湯、とても懐かしいですね。
ひっとすると、あくび猫さんが行った銭湯と同じだった、かもです。
記憶が定かではなかったのですが、駅の東側ではなく西側でした
グーグルアースで検索してみたら、なんと今でもありました。
映像で街めぐりまでできるんですね、
当時の会社は今はもうありませんでしたけど
街の雰囲気は、それほど変わって無い気がしました
地図といっても、いつの間にかずいぶん進化したものです。

さて「いくおとくるよ」というのは
例えれば量子猫で「対」になった素粒子の関係です
本来打ち消しあって存在しないはずなのに、
一方が次元を超えて存在しているために
一方が取り残されて三次元世界に存在する。
郁夫は実在しますがくるよは三次元には実在しません。
ネコにはそういう不思議な力があります。
人間も同じで、次元の違う自分が
(霊界か?丹波さんみたいになってきたなcoldsweats01)他にいて、
取り残された自分がこの世にいるということです。
何を言っているのか分からないとは思いますけど
何時もの事ですから気にしないでちょ(笑)

人間は三次元世界に生きていると同時に
多次元世界にも生きていると思われます。
130億光年以上離れた宇宙を見ると銀河の「大規模構造」が
人間の脳の神経細胞と相似形なのには驚きます。
スーパーカミオカンデいやスーパーカメランド的に語れば
極大の宇宙を見ていると同時に、
極小の神経細胞ネットワークを見ている
まあ、見る対象と見ている主体が「対」にならないと
「認識」は始まらないので当たり前の話だとは思うのですが・・・・
最近の宇宙論は益々オカルトチックになる一方です。

精神は多次元世界の部分であって
フラクタル図形のように「全体」が「部分」と相似形なのだと思います。
子供の頃は、精神がまだ多次元(全体)とコンタクトしやすいのでしょう
しかしコントロールが未熟で、
三次元世界で生きていく上で支障をきたすようです。
多次元世界とダイレクトに上手くアクセスできるようでは、
物質世界にいる理由も無い、菩薩か仏様になってしまうように思えます。
ですから糸の切れた凧のように次元飛翔するにはまだ早いと、
しばしば「歯止め」がかかるのだと思います。

地球での生命体でいられる時間はまだ50億年はあります
全宇宙のビッククランチまで100兆年ぐらいあるらしいですから
精神は、おそらく数え切れないほどの転生が待ち構えていると思われます。
タコが進化して高等多次元精神生物になり地球に転生すれば
人間であった時の記憶も見れるでしょう。
できれば人間である内に、生死を越えた
次元飛翔を果たしておきたいところですけどね

歯止めがかからないコメントになってしまいました
まあ、読み飛ばしてくんなまし  =^_^=

亀三郎さん

猫様に感謝しないといけませんね。
最近は世話をする猫の数が、以前の半分以下になって、凧の糸はだんだんと長くなっていってます。(笑)

多次元に生きているということ、何となくわかります。
15年位前に、よく夕方太極拳をしていたのですが、そのときに、未来の自分からエールが送られているような気がしていました。
来生の自分かなとも思いましたが、現実には15年後の自分だったと思います。
まあ、自作自演だと言われれば、それまでなんですけど。

昭和町のレトロな銭湯、確か西側にありますね。
私も一度しか行ったことがないのですが、よくレトロな銭湯ということで雑誌に掲載されたりしていました。
番台の、ちょっとだけ年のいったお兄さん(おじさん?)は、文学好きな感じで、ずーっと文庫本を読んでおられました。

今、時々つかえながらもヒーリングの本を読んでいて、量子力学がでてくるんですよー。
人の体も石ころも、この世のものは全て、ミクロの目で見たら宇宙空間に浮かんでいる星のようなもので、その並び方や振動の波長が違うだけ・・・というようなことが書かれてあります。

並び替えるだけだったら、病気の体も、病気になる前の状態に戻せそうですよね。
それには機械も何も要らない、ただ、「もどれ」と思考するだけ。
狐につままれたような話ですけど、意外と当たっているのかもと思って読んでいます。
すべてフラクタルで、全体が部分と相似形であるとすれば、人間を癒せば、地球も癒やせたり、そういう視点もありですね。

亀三郎さん

訂正です。私が行ったことがあるのは、美章園温泉だそうです。
常磐小学校に通っていたダンナに確認を取りました。
もう解体されたそうです。残念。
スーパー銭湯が押し寄せていたし、地震が来たらこわいだろうしで解体となったのでしょうか。あの番台のオジサン、元気かなあ。

http://ameblo.jp/2626150/entry-10107664956.html

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