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2006/10/02

嘘も方便?

私は基本的に、嘘がつけません。

嘘をつくと、体中が緊張してきて、ダメなんです。

この性格は、時々、人に衝撃を与えてしまいます。あまりにも本音でものを言うからです。

若い頃には、元舅から、「あんたの一言で、僕の人生で積み上げてきたことが、すべて無になった。」と言われました。当時の家族は、自分の本当の心を隠して、表面だけは仲良さそうにしていましたが、心の底では憎んでいるような気がしたので、そのことを指摘してしまったのですね。

まだ嫁に行って一年も経たないうちに、こんなことになってました。私は家族を憎しみながら愛しているフリをすることが出来ないために、ぶつかり合ってでもいいから、理解し合いたいと思っていたのです。

感情を押し隠して生きるということが、まだ若い私には理解できませんでした。今でも理解できませんが・・・


また別の場面で、元夫の祖母が、お手伝いさんに家族の食べ残した漬け物をあげようというので、「人として、食べ残しを恩着せがましくあげるのはいかがなものか?」と指摘してしまいました。

お手伝いさんは、きっと、もらっても気持ち悪いから、「ありがとうございました」と言って持って帰ってから、家で捨てていたのかも知れないけど、そういうまどろっこしいことはやめた方が良いのではないかと、訴えたのでした。元夫の祖母にしてみれば、明治の人でしたから、「もったいない」と思ってのことでしたでしょうに。


考えると、恐ろしい嫁です。「そら、可愛い嫁とはほど遠い嫁やがな。」と今となっては思います。そのくせ、嫁いびりにあったと言って泣いていたのだから、矛盾しています。(笑)


お話しが変わりますが、嘘も方便と、よく言う人がいます。「お釈迦様も使って良いと言っている」とか言って。

そんなことを言われて、嘘をつきまくる人がいるとは、お釈迦様も迷惑で仕方がないのではないでしょうか。

お釈迦様は、仏教の哲学を一般大衆にもわかるようにお話しをしようとして、色々なたとえ話をしましたが、その、たとえ話を「方便」と言っていて、「嘘」を方便とはしていないと思うのです。

嘘をつくのが当たり前になっている人から、困っているから助けてほしいと言われても、私は躊躇してしまいます。嘘の片棒を担がされるのは嫌なのです。

良いことのために、ちょっとだけ嘘が混じっても良いではないかと思うこともあると思います。でも、私には、嘘つきが分かってしまう体質だから、そういうずるい人とは組みたくないのです。

経済も、嘘の上に成り立っているところがあるから、こわいと思うのです。ほとんどの仕事は、いかにしてつまらない品物をよく思わせて高く買わせるかが、仕事なのではないでしょうか?

こんなこと、長く続かないと思います。そういう品物で、日本中あふれかえっています。


お話しが、大きくなってしまいました。

言いたかったのは、嘘をつかない生き方というのは、現代社会のシステムを破壊するかもしれないということなのです。

職人は手を抜かず、商人は人に喜んでもらうために、教師は真に子供たちのために、公務員は市民のために、政治家は国民のために・・・という、当たり前のことが、建前だけでなく本心から出来るようになったら、この国は素晴らしい国になるのではないかと思えます。

そのためには、日頃のちょっとした心がけ・・・「嘘をつかない」をしていると良い気がします。

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精神世界」カテゴリの記事

コメント

わたしも嘘が苦手です。
人のためというよりも自分自身のために嘘はつかないようにしています(^^)

確かにわたしも正直にものを言いすぎてびっくりされたこともありますよ。
「そういうことは言うものではない」って観念がはびこっていたからでしょうね。

でもたいていの場合は相手に思いやりの気持ちさえ持っていれば、正直にものを言っても大きな傷にはならないようだということに気づきました。(^^)

ただ、誰かが自分に不必要なものをくれようとしている時って、なぜかなかなか正直にいらないって言えないんです(^^;)
それで何でももらってきて、心が痛んで捨てることさえできずにいること多いです。
何かいい方法を考えてそれを役立てようとするのですが、そのまま場所をとっているだけってことが多いですね(^^;)

前に猫関係で色々病気の事や譲渡の事やのアクシデントがあった時に、
ブログに記事として書いたら。。。
一部の方には正直に書き過ぎ〜(^^;と言われちゃいました。
でもやっぱり隠すとかウソとかはしたく無いなあ。。。
相手を傷つけるのはもっとしたく無いのですが。。。

率直であれば必ずしも良いというものではないのでしょうね。
その兼ね合いが難しい?
それが上手くコントロール出来るのが大人の対応ってことなんでしょうか?

まだまだいよだは修行中です(^^;

COCOさん、

「いらない」ということ、言えませんよね~。

若い頃の私は、お手伝いさんの代弁をしたつもりだったのです。余計なお世話ですけど。(笑)

私は、なるべく家にものをためこまないように、気をつけています。バザーに出したり、「ごめんなさい」と言って処分します。そうしないと、猫屋敷は大変なことになってしまうからなんです。(^_^;


いよださん、

率直ということは、大切だと思います。でも、率直に言いすぎて困るときは、「嘘をつかずに、黙る」という手があります。

カウンセラーに教えてもらったのだけど、「言う」「言うけど嘘をつく」「言わない」という選択があるということです。

嘘をつきたくなければ、「言う」か「言わない」になります。

今日、「福来。ちゃんのカレンダー」を、動物病院に行ったら、置いてあったので、スタッフに「どうしたの?」と聞くと、午前中に来院された方が下さったということでした。

白血病だということを正直に打ち明けて、承知の上で里親さんになって下さった方が、福来。ちゃん亡き後、すばらしい活動をされていることを知りました。

嘘をつかなくて、良かったと思える事例ですね。(^_^)

朝、NHKで、辰美芳子さんの「いのちのスープ」を、病院食に出せないかと頑張っている人たちのことを見ました。真心で頑張っていました。彼らには、嘘の心が無く、心から、患者さんに元気になってほしいと願う真心が感じられました。

私は嘘、ついちゃうことあるなあ。
なんて言ったら引かれちゃうかしら?
でも嘘が好きなわけじゃありません。

誰かの事を守るため、知っているけど「私は知らない。」とか
「元気で変わらず暮らしているよ」とか。時には家族を守るためとか。

相手を傷つけるためや、自分の得にするための嘘はつきません。

お釈迦様の方便は「全ての生命に対しての慈愛」から発する。
衆生の嘘は「自愛」から発する。この場合の「自愛」は「エゴ」と同意。

愛なのね。
本当を言うときも方便を使うときも、愛なのですね。

たららさん、

何事も、動機が大切ですね。(^_^)

ダンナは、私がすぐに嘘を見破るので、もう嘘をつかなくなりました。そうしたらとても楽になったそうです。

人間って、けっこう子供の頃から嘘をついて暮らす習慣があるみたいですね。

猫のボランティアさんで、嘘をつかないと物事が上手く運ばないと思いこんでいる人がいて、「そうじゃないのよ~」といつも思うわけなんです。その人は信仰を持っています。

そうそう、COCOさんが言っていた不要なものをもらってしまって困るときは、一回だけ、せっかく準備してくれたことだし、もらってしまいます。でも、その時に、「次回からはこのようなお心遣いは結構です。」と言うようにしています。お菓子とかが多いので言いやすいです。高価な骨董品とかだったら、気持ち悪いなあ~。(笑)

猫の里親さんを探してあげたりして、感謝の気持ちなのですが、私にはプレッシャーとなるので、「喜んでいる顔を見るだけで十分」と言います。

借金取りに追いかけられている友人の居場所を借金取りに教えてやるようなことは、さすがに私もやりません。(笑)

妹は、いつも何気に嘘をついているような感じがして、見ていて可哀想です。私みたいに正直に生きられたら、楽なのになあと思います。

あくび猫さん、こんばんは♪
嘘・・・難しいですね。嘘でもいいから肯定してほしかった・・・とか、否定して欲しかった・・とか、言うケースもあるようですし。
やっぱり、思いやりなんですね。根本は・・・。
本当に今の世の中から嘘がなくなってしまったら・・・根本からなにかが変わりそうな気がしますよね。
真実を知ったら絶対買わない!・・というようなものをうっかり買ってしまうこともなくなると思いますし。(ファーとか・・・絶対そうだと思います)
私は嘘をついたことがないとは言いませんが、「黙る」・・・方です。
やっぱり自分は今嘘をついてる・・・と思うと落ち着かないので、沈黙してしまいます。
付き合いの長い人にはばればれになっちゃいますが・・・(笑)

ひすいさん、

そうですね、普段おしゃべりなのに沈黙すると、バレてしまいますね~。(笑)

でも、嘘をつくと、普段よりおしゃべりになってしまうから、またバレてしまうんですよ、私の場合。(^_^;

ダンナの場合は、嘘をつくと、やたらと咳き込むんですよね。(笑)

今日、読んでいた本の中で、死期が近い人は、「もうすぐ治るよ」と嘘を言われるよりも、「もう楽になってもいいよ」と言ってほしいというようなことが書かれていました。自分で、死が近いことはわかるらしいです。

まだ死期が近いのを経験したことがないから、私も、どうすればよいか分かりませんが、色んな意見を聞いて、刺激になっている今日この頃です。

そういえば、「部屋とワイシャツと私」っていう歌の中に、「あなたの眉毛を確認する」というのがありましたね。あれ、歌っていると笑ってしまいます。

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