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2023/01/21

ノンちゃんとビーちゃんのことから得た希望

ノンちゃんとビーちゃんは、マンションオーナーの老婦人が亡くなったあとに、10匹の猫が路頭に迷い、引き取ることになった猫です。

2匹とも2022年の11月に亡くなりました。今回は前回の追記になります。

http://nekoota.tea-nifty.com/akubineko/2023/01/post-a07aae.html

ノンちゃんとビーちゃんは、老婦人がベッドで抱いて寝ていたということで、一番家の猫の数が少なくてストレスが少なそうな私が引き取ることにした猫たちです。

ビーちゃんはカルテを調べると、当時7歳だったようで、亡くなった年齢は16歳。

ノンちゃんは14歳で亡くなったことになります。

やはり環境の激変は、猫たちの体を蝕み、ビーちゃんはストレスからの多食により糖尿病に、ノンちゃんはストレスからの口内炎でご飯が食べられなくなっていきました。

老婦人の家にいたら、きっともっと長生きできたと思うと、残念です。


ビーちゃんが亡くなり、相次いでノンちゃんが亡くなった後、私は不思議な経験をしました。

夜、寝ようとしてベッドに入った後、別に泣きたくないのに涙が溢れて止まらなくなりました。泣くと鼻が詰まるし泣きたくないのに。

まるで自分の体ではないみたいにコントロールできないのです。

それで、なんとなく、老婦人が2匹を迎えにきてくれて、感謝で泣いているのだと、私は悟りました。

ノンちゃんとビーちゃんは、老婦人がずっとそばで見守っていたし、それを感謝してくれていたんだと私は感じ、精一杯のことをしてきて良かったと思いました。


高齢者は、亡くなった後、残された猫を心配してしばらくこの世にいるようです。猫が亡くなった時に一緒にあの世に行くために。


こういう経験は今回だけでなく、榊原さんというおじいちゃんのココちゃんの時にも感じました。

榊原さんが亡くなって一年目のお盆の時期に、ココちゃんはてんかん発作のようにひきつけをおこして、その後何事もなく4年生きて16歳で亡くなりました。その発作の時に榊原さんが来ていたような気がしたのです。

それまで我が家に馴染めなかったココちゃんが、急に馴染んだからです。

だから、身寄りのない高齢者の猫たちは、きっと死んだ後には飼い主さんに会えているのだろうな、猫が亡くなるまで、見守って待ってくれているのだろうなと私は思っています。


今後は、高齢者とボランティアと猫がwin-winになるようなシステムが、だんだんと形になって頭の中に現れてきたので、マインドマップを書いてまとめておきたいと思うようになり、足腰が痛かった私の体調も少し良くなってきました。

私自身はメインとなって動くことは難しいので、やる気のあるボランティアさんにアイデアを教えてあげたいと思います。

成功例を作って、このシステムを他のボランティアさんも参考にするようになり、全国で泡のように増えていくように、そんなシステムを残したいという希望ができました。

2023/01/01

ノンちゃんとビーちゃんと中島さんのおばあちゃん

ノンちゃんとビーちゃんは、9年前にマンションオーナーのおばあちゃんが亡くなったことで、行き場を失った11匹の猫たちのうちの2匹です。

おばあちゃんは一人暮らしで、古いマンションを持っていて、一階に自宅があり、そこに3匹、2階の空き室に捨てられていた保護猫8匹がいて、高齢で世話ができないので、おばあちゃんより20歳若い近所の世話好きで優しいおじいちゃんが色んなことのお世話に通っていたという、何の年寄ネットワーク?と思うような環境だったのです。

8匹の保護猫の方は世話に来るおじいちゃんが入れたのかもしれません。

私の動物病院に来るのは、世話好きのおじいちゃんの方で、おばあちゃんの年齢が92歳とか聞いたりして、いつかこの猫たちがどうなるのか心配していたのです。

その時はやはり来ました。

合計11匹の猫の行き場がなくなり、動物病院のポスターをみたボランティアさん二人が5匹引き取ってくれて、残り6匹のうち5匹を私が引き取り、 1匹をおじいちゃんが引き取りました。

おばあちゃんには姪っ子が東京にいましたが、早くマンションを売りたいから猫をなんとかしろの一点張りで、おばあちゃんの供養のために猫を引き取ろうなどという話はありませんでした。

あれから9年。

11月に、私の家にいたノンちゃん(13歳)とビーちゃん(15歳)が、相次いで亡くなりました。

おばあちゃんの家で何不自由なく広々と暮らしていたノンちゃんとビーちゃんには、4畳半くらいの部屋で5匹暮らすのはストレスだったらしく、まだ若いのに病気になってました。

ノンちゃんとビーちゃんが亡くなって、その報告を9年ぶりに世話好きのおじいちゃんにしようと電話をかけました。

おじいちゃんは、その後、奥さんに先立たれ、娘さんにも先立たれ、おばあちゃんから引き取った猫 1匹(17歳)と二人暮らしになっているとのこと。

その電話で、おばあちゃんの名前が中島さんだと初めて知りました。

私は、まだ若い3匹は元気にしているからとお伝えして、元気に長生きしてくださいと言って電話を切りました。

その日の晩、夜寝ようと横になっていると、なぜか涙が出てくるのです。

私は泣きたくもないのに涙が勝手に。

まるで、私の体を使って誰かが泣いているみたいだと思った時に、中島さんのおばあちゃんが、私に感謝の気持ちを伝えに来たとではないかと感じました。

きっとノンちゃんとビーちゃんはおばあちゃんに迎えに来てもらえたなと、思いました。

やっと会えたね、長いこと待ったね。

私も9年頑張ってよかったなと思いました。

それにしても、高齢者の飼っていた猫や犬を、財産の相続を受ける人たちが引き取ってくれず、今回のような騒ぎになったり、得体の知れない動物愛護ビジネスのシェルターにお金で引き取ってもらう事例を何度も耳にします。

私は真心で運営するシェルターができたらいいのになと思うのですが、自分の体もままならなくなってきていて、今のところ絵に描いた餅です。

とりあえず、設計図くらいは今年描いてみようかなと思う年の初めです。

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2022/12/30

私の腰痛

小学3年生の頃に、それまではほとんど走り回ったりしなかった子供の私に活発な友達ができて、休み時間に運動場で走り回ったり、登り棒を10回くらい上がったり降りたりして遊ぶようになったのでした。

チャイムが鳴り、走って教室に戻って椅子に座ると、腰がキーンと痛くて、そのことを祖母に言うと、医者に連れていかれました。

レントゲンを撮ってみたところ、腰椎の下の方の骨が、軟骨のような写り方をしており、正常な骨になっていないと先生から言われました。

それから祖母のカルシウム作戦が開始されて、焼き飯の中にちりめんじゃこが入っていたり、よくわからない梅の味のついたカルシウムの粉末と、これまたよくわからない緑と白の顆粒を水で溶いて飲まさせられました。

そのお陰なのか、私の腰痛は次第に無くなり、腰の骨も硬くなったようでした。

高校生の頃には、重い学生鞄を持って電車通学をしていたせいか、ぎっくり腰にしょっちゅうなりました。

その頃までは、何か物理的な原因があって腰痛になると信じていました。

成人したあと遠方に嫁いでいて、お盆に里帰りした後、自分の家に帰ろうとしたら、ぎっくり腰になり、そのまま1年治らずに帰れませんでした。

治ってきたから帰ろうとすると痛み出すという感じでした。

また、同時に激しい痒みに襲われて、顔以外、ガサガサになりました。

それで、ストレスからくる心身症と診断されて、私は安心して実家でのうのうと1年間を過ごしました。

最後に祖母がひ孫を散歩させていてベビーカーが倒れそうになり、慌てて支えて指の骨を骨折するまでは。

そこでやっと自分のわがままから、祖母に負担をかけていたことに気がついて、やっと遠方の婚家に戻ったのでした。

それ以来、何かストレスがある毎に、どこかが痛くなり、皮膚が痒くなったり足が痛くて歩けなくなったりするのです。

自分の判断で、これは乾癬だと思っているのですが、医者には行ってません。

おそらく免疫抑制剤のような薬をすすめられたりしそうで。

自分の心の動きから出てくるものとわかっているのに、ステロイドや免疫抑制剤を飲むのは間違っていると、思っているからなのです。

今は、座って立ち上がると、骨盤周りが痛くて、体も重いのです。

若い時に帰宅部で、全く体を鍛えておかなかったし、犬もいなくなって歩くことも少なくなって自転車生活になったからかなと思って、真夏に歩いて帰宅していたら、悪化しました。

きっと熱中症的な感じで筋肉や腱が傷んだのかもしれません。

ひしひしと感じる老いの足音。

こわいな〜と内心思う今日この頃です。

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2022/12/09

自分の方法で守ってくれたと感謝するようになったら…

父は私たち家族を置いて他で家族を作ったし、母はそれに耐えきれず家を出て1人で暮らした。

そんな状況になって以降、私は15歳くらいから「ないものねだりの子守唄」になっていました。

祖母が一人家に残り、60歳を超えてから、私たち姉妹を守ろうとしていました。

祖母に対しては無条件に感謝の気持ちを持っていましたが、この歳になって父や母も、家庭がそんなことになって以降は自分のできる範囲で守ろうとしていたのだということが、しみじみ感じられるようになりました。

父は別の家庭ができてしまい、そちらにがんじがらめなので、できることは、私たち姉妹にお金の苦労だけはさせないことでした。バブルも弾けて大変だったのに、なんとか頑張っていました。

自分がしでかしたことを正当化しつつも、晩年は深く反省しているのが見て取れました。

口に出して謝ることはとうとうできませんでしたが、心で謝っているのが私にはわかりました。

「大丈夫、私がこんなにのほほんとした性格のまま育ったのは、父よ、あなたのお陰なのですよ。」と、あの世に声が届くなら伝えたいと思っています。

母も、辛さゆえに家を飛び出してしまいながらも、私の出産や大変な時にはいつでも助けに来てくれました。

家の掃除をして晩ご飯を作って待っていてくれたりしました。

母も、自分のしでかしたことを深く反省しつつも謝ることはできませんでしたが、行動に表れていたと思います。

謝りたいけど謝れない、だけど態度で示しているのを、口で謝らないからと許さないのは、自分に問題があると、大人になってから思うようになりました。

そうしたら、毎日感謝の気持ちでいっぱいになり、心なしか道端に咲いている花も輝いて見えるのです。

感謝の気持ちを持てるようになると、どうやら、脳からセロトニンのような脳内ホルモンでも出るのでしょうか?

これは60年近く生きてきて、大発見!と思ってたら、そういえば、そういうことを言っている人が昔いました。

元夫のおばあちゃんです。

いつも、「感謝の心で生きなさいよ。」と言ってました。

若い私は、押し付けがましく感じてたのですが、今ならその心がわかります。

感謝の心で生きるとセロトニンが出る。

感謝の気持ちを無理に持とうとするのではなくて、深く相手の事情も自分の心も内省して、その上に感謝できるようになれば良いのだと思います。

やれやれ58年かかりましたわ。

2022/11/21

犬猫教の話

最近思うのですが、犬猫教ってあるよねって。

昔からある宗教が、人々の行いを良い方向になるようにしていましたが、その上に「お金教」が上書きされてしまいました。

お金のためなら魂を売り渡すようなことを平気でするようになり、嘘をついたり騙したりしても、とりあえず金持ちであれば許されるという感じになっています。

ところが最近、犬や猫を可愛がる人の中に、お金教を上書きして、犬様猫様のためには、お金を惜しまないし、自分が先に死なないように体に気をつけたり、犬様猫様が人から嫌われないように掃除をしたり、避妊去勢手術を施したりするような人たちが現れ出しました。

いたいけな瞳でじっとみられたら、自分の中の汚れた部分を見透かされて恥ずかしくなるのは、私も経験済みです。

まるで神様仏様のお使いのような存在なのです。

お金教が蔓延る世の中で、私の職場は気持ちの優しい人たちが集まっていて、心穏やかに過ごせて幸せです。

それを私は犬猫教と名付けました。

犬猫教には年齢制限があり、後継ぎがいなければ、最後は諦めないといけません。これは飼いたいという欲を手放すことになり、仏教の修行にも通じるものがあると思います。

本当に犬たち猫たちは、神様仏様のお使いだなと思う今日この頃です。


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2022/10/10

居場所の話

子供の頃に、自分の居場所は家庭に確かにありました。

思春期の頃にその家庭が壊れてしまい、祖母が私たち姉妹の居場所を必死で守ってくれていましたが、私の足元はグラグラする地震の大地の上に立っている奇妙な感覚がつきまとい、ついには根っこがプカプカ浮いている浮き草のようでもありました。

「浮き草」という演歌が当時流行りましたが、自分が地面に立っている感覚のない人が世の中にはたくさんいるのだなと思いました。


私は自分の居場所を再構築したかったと思います。

当時、母は、「今の家を出てそのようにするのが女の子の定めである。」と、電話で遠隔操作してました。

そうじゃなくて、私が再構築したいのは、元の家族みんなが揃って笑っていた「あの家」でした。

結局はそんなことは無理な話で、私は遠いところに嫁に出て、妹も学校の近くに下宿したりして、家は祖母一人だけになりました。


息子が赤ちゃんの頃、お盆に帰省した折に、ゴルフの練習場でギックリ腰になり、婚家へ帰ることができないというアクシデントがあり、その時ばかりは初孫可愛さに皆が元通り仲良く過ごしたことは、私の夢が叶ったような思い出の一つです。


婚家では、私は、言われたことをするお手伝いさん的な立ち位置で、言いたいことも言えず、居場所はなかったという方が正確だったように思います。

冷蔵庫の食べ物を自由に食べることも遠慮があってできませんでした。


何とか居場所を作りたくて、バンドのボーカルをしてみたり、太極拳を習ったり、近所のママ友と話をしたりしましたが、居場所はありませんでした。

今は猫マスターとしての居場所ができて、私は幸せになりました。

これは、試しに「好きで生きていく。」と決めたことが良かったと思っています。


そんな人生を過ごしてきて、ふと周りを見渡すと、人の幸不幸を決めるのは、「居場所があるかないか」ということではないかと思います。

「お金があるかないか」よりも「居場所があるかないか」なのです。

居場所が欲しいために、人の居場所を奪う人もいました。

奪われた人の気持ちを考えず、人のものを奪うのは、私的には悪いカルマが付きそうで怖くてできませんが、けっこうあちこちで行われている気もします。


そう言う私もダンナのお母さんから見れば、居場所を奪った女になるのかもしれないし。


あれこれ振り返ってみましたが、不幸になるのは居場所がなくなることだと理解して、居場所さえあれば、たくさんお金がなくても心を落ち着けて地道に生きていけるのかもしれないと思う今日この頃です。

みんなが幸せで、自分の居場所がある世界になればいいなと思います。


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2022/10/05

女がどっしりと家を守る話

母が家を出た時は、私が高校2年で妹が中学3年くらいの時だったと思います。

私の中の母性的なものは祖母から吸収したような気がしますが、妹の場合は、当時仲が良かった友達のお母さんなのではないかと、最近思うことがありました。

そういえば、妹はその頃、その子の家に入り浸りのように遊びに行っていたんです。


その子のお母さんは、ビジネスウーマンで、仕事をバリバリする人でした。

割となんでも得か損かという計算も早かったような気がします。

ひとりっ子の友達も甘やかされることなく、特に経済的には学費を貸与して後で返してもらうということまでやっていました。

一度妹と一緒に遊びに行った時、そこの家には飼っていた小型犬がいて、仕事の時間が長いからか高齢だったからか散歩にも行かず、家の絨毯の上で糞尿をしてて、家に入るとウンコを踏まないように気をつけて歩かないといけないのでした。

家の中は犬のウンコの匂いがしました。

ベッドの上だけは犬が上がらないということで、私はベッドから動けませんでした。

この中で寝ているなんて、信じられないと思いました。

「ビジネスウーマンは自分には無理」と思ったことでした。


あれから数十年、私と妹はとても違うタイプの人になりました。

妹がとても仕事や勉強に意欲を持つのが、私には不思議で理解不能でした。

私は家をきれいにして快適に生活したいので、仕事に情熱をかけるなんていうことは考えられない人間なのですが、妹は違います。

まだまだ未来の輝ける自分を信じて切磋琢磨しています。

「真似でけへんなぁ。」というのが私の感想です。


妹が、母にも祖母にも似ていないし、一体誰をモデルに自分というものを構築していったのだろうかと、この前考えていて、ふと友達のお母さんを思い出したのです。

仕事一筋で家事は二の次なところといい、まるでそっくりです。

妹は中学3年の大切な時期に母親が家出をしてしまうという災難に遭って、母性的な部分を埋めるために、友達のお母さんをモデルにしたのではないだろうかと私は思ったのです。


今まで、妹の性格が男みたいなので、色々迷惑もかけられたし喧嘩もしたことがありましたが、育った環境を考えると可哀想だなと思えてくるから不思議です。

これは姉妹の情ということになるでしょうか。


母が亡くなった直後は、私の夢によく出てきていましたが、最近めっきり出てこないのは、母が妹のことを心配して付きっきりなのではないかと思ったりします。

実は妹は仕事に情熱を傾け過ぎて、家のことが疎かになっていた間に、家で問題が発生していました。

詳しい話はここではしませんが…


祖母は生前よく、「女は家から離れたらあかん。どっしりと家を守らなあかんのや。」と言ってました。

あの話は本当だったと思います。

妹の中に祖母のような心が芽生えて、家を守れるようになってほしいなと思う今日この頃です。








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2022/09/22

私を猫好きに導いた母と叔母たち

4歳くらいの時、お正月に、当時の母の実家に行った時、その家で飼っていた白猫がいたんです。

茶トラの野良猫に一目惚れして、尻尾を引っ張って我がものにしようとした事件の後、飼われている大人しい猫を見るのは生まれて初めてでした。

私が猫に興味を持っているのを見た母の弟妹たちが、代わる代わるやってきて、猫はそーっと触る方が喜ぶとか、喉を撫でるとゴロゴロいうとか、猫の可愛がり方を指南してくれたんです。

その一日ですっかり私は猫教にハマり、今ではこんな立派な猫の下僕になっているという有り様です。

でも、それで良かったなとしみじみ思うんです。

こんな世知辛い世の中で、猫がいなかったらどんなにつまらない人生を送っていたか。

富山に嫁に行っていた数年間は猫無し生活でした。里帰り出産などで実家に帰ると愛しのフラウボウがいて、正直言って婚家に帰るのが嫌でした。

私は猫がいないと生きられない。

富山で元夫の心が離れて一人ぼっちでいた時も、小さな息子がいるとはいえ、寂しくてたまりませんでした。そんな時に息子と二人で訪れた浜辺で袋詰めにされて捨てられていた仔猫を見つけた時は、生き返った心地がしました。

私は人生のピンチの時に、猫に助けてもらって生き延びてきたのではなかろうか?そんなことさえ思ってしまいます。

子供だった私に、まだ独身だった叔父や叔母たちが、優しくしてくれたことも、今となっては心温かくなる思い出です。

みんな、ありがとう。

本当にありがとう。

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2022/08/29

私の病気のなり方

私は数年に一度、体のあちこちが痛くなったり痒くなったりするのです。

痒くなった時に調べたら、乾癬が一番当てはまっていて、乾癬には乾癬性関節炎などもあり、痛みも出るようです。

けれども症状が、急に消えてなくなるので、そこら辺が「本物の乾癬なのだろうか?」と思う所以です。

だいたい、痒くなる前にはイライラしていることが多く、心の怒りを溜め込んでいる場合が多いです。

また、痛くなる前には、生きているのがつまらないなと思う日々が一定期間以上続いていたなと思うのです。

今、骨盤の、足の筋肉が付いている腱の辺りが痛くて仕方ないのです。

座った姿勢から立ち上がる時が一番辛いのです。

けれども土曜日の夜には軽減して、急に掃除や料理を頑張れたりするのです。

ところが日曜日の夜になると、痛みが増強して明日の仕事に不安を抱くのです。

土曜日は元気で日曜日は元気がなくなるなんて、「仕事行きたくない病」ではないかなと思って、「仮面鬱病」で調べてみたら、鬱病の人も痛みがあるらしいのです。

最近、毎日同じことの繰り返しで、泳げたい焼き君みたいになっていたし、「家に蚊がいる!」と騒いでいても、自分が刺されない家族たちは「お母さんの妄想や。」などとあしらわれ、愚痴を聞いてあげたから自分も聞いてもらおうとしたら、「そんな話どうでもええ。」とか言われたりして、自分の人生がつまらない感が大きくなってたんですよね。

この前、水道の蛇口から出てくる水が、すぐに排水口に流れていく様をみては、「きれいになった途端に汚されて申し訳ない。」などと思ったし、家のまわりで次々に古い文化住宅が解体されて植木たちが処分されたり、大きな桜の木のある家の庭がコンクリートで固められてしまい、植木たちはブルドーザーで引っこ抜かれるという惨事を目の当たりにして、人間として生きるのが辛すぎると思ったりしてたんですよね。

水道の水のことを息子に言うと、「狭い配管から広い大海原に逃したってんねや。」と言うので、しばらくはその説を間に受けることにしましたが、結局その頃から、「あれ、なんか立つときに痛いな。」と思い始めて、気がついたら痛くてたまらなくなっていました。

猫たちのために、あと20年は健康で動けないといけないのに、色んなことで意気消沈してしまい、鬱病になりかかってるんじゃないかと思った次第です。

「病は気から」という言葉は、まさに私に当てはまります。

きっと、気持ちの持ちようで、脳内伝達物質が出たり出なかったりするのではないかと思います。

「セロトニンやエンドルフィンを上手く出せたら、癌でも治ったりして。」と思う今日この頃です。

(写真は今年の春に切られてしまった近所の桜の一枝)

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2022/08/06

嘘が当たり前の世界

モモ犬が亡くなって1ヶ月と少し経った2月22日、動物病院に臍の緒がついている仔猫が2匹捨てられました。

仔猫たちは、一緒に入っていたミルクが合わなかったらしく、便秘と下痢を繰り返して、合計3回死にかけました。

その都度ダンナを叩き起こして低血糖にならないようにカテーテルでミルクを飲ませて生き延びました。

その後、別のメーカーのミルクに変更したら無事に育ち、先日避妊去勢も終えました。

年齢的に新しい猫を迎えるのは、去年自分で拾ったシャルルが最後だと決めていたのに、強制的にまた2匹増えたことが私には負担で、里親を探す手間もかけられないし、育てるのに苦労したので情が湧いて手放すこともできなくなって、動物病院の防犯カメラを増設しようという話になりました。

妹の家が設置した防犯カメラが、低価格で画像も綺麗で長くデータを保存できると知り、同じものを同じ家電量販店に買いに行きました。

設置してみると、新しい防犯カメラを稼働させると元からあった防犯カメラの画像が映らなくなる不具合がわかりました。

予備的に付けるカメラのために主たるカメラが映らないなど本末転倒なので、申し訳ないけど返品対応させてもらうことにしました。

家電量販店の担当者も設置に来た業者の人も、返品対応はできると言いながら、なぜか増設したコンセントを外さずに置いて帰りました。

サービスかなと思っていたら、コンセントは取り付け料金を取るための方便というか、証拠というか、そういうものだったらしく、カメラ代57000円は返金するが、コンセント増設6600円と取付料5500円は返金できないと言われました。

「何やこれ、詐欺みたいな話やな。」と思ったので、「そのことは店の担当者からも取付に来た人からも一言も聞いてない。」と伝え、半額にしてほしいと泣いてみました。

そしたら、5500円は払わなくて良くなりました。

あちらにしてみたら、動いたのに何の儲けもないのが嫌で、こんなことをしているのだと思いますが、私からしたら、元のカメラが映らなくなる機器を買わされて迷惑千万なのです。

「コンセントは置いていきます。」と言われたその時に、全部外してと言っておけば、全額返金になったのかもしれないのに。私は丸め込まれて得した気分になって、実は損をしました。

前から思っていたけど、文明に生きる人間の世界って、嘘つきばかりやなと。

癌が治るからとキツイ薬を次々に変えて弱らせて死なせる医者とか当たり前にいますし。

ここ2年くらいは病気に罹らないという注射が流行りましたけど。

「一瞬、何か得した気分にさせるのは詐欺かもしれん」と、6600円を損して学んだ私です。


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