2017/09/18

算命占星学に凝ってました

高校の頃、算命占星学の本がベストセラーになりました。

それで、私も買ってきて、自分の占いをしたわけなんです。

私の若年運は天堂星で、悟りを得たような子供時代とのことでした。
確かに、普通の子とはちょっと変わった子でしたが、「悟り」というよりももっとネガティヴな感じの、「何で生まれてしまったんだろう」的なことを考える子ではありました。

中年運が天極星で、これがもう、中年に頑張らないといけないのに、運がダダ下がりみたいな。
今思うと当たってたなと思います。
30歳くらいからの私の運命の激動ったらなかったですから。
猫の世話に縛られて、身動き取れない上に、貧血だし母の面倒を見る役目みたいになってたし。

そして、老年運は天貴星。
これは、老いてますます盛んな運らしく、貧血が治ってきた私が、今までの不運を盛り返すのか、当たるのか当たらないのか楽しみな運なのです。

「さては鍼灸師として有名になっちゃうのだろうか?」とか、「息子が成功して左団扇になるのだろうか?」とか、悪くない運勢を楽しみにしています。

算命占星学の他にも四柱推命とかタロットカードとか、占いが好きだったので、大人になったら占い師になるのかなと思ったりしました。

四柱推命は、マスターしていたおかげで、東洋医学の五行の考え方がすんなり理解できたことが、「あー若い時にやっといてよかった。」と思えることでした。

それにしても、「若い頃は暇だったんだなぁ〜。」と改めて思います。

今のスキルで、あの頃の暇と体力があったなら、こんなに苦労しなくて済んだのに…もう終活しないといけなくなりそうなんて、人生って儚いですわ。

2017/09/17

神社の木の枝が切られて思うこと

大依羅(おおよさみ)神社の鳥居の横の木が、ある日スッパリと切られてしまったのです。

すぐ隣には阪南高校のプールがあって、そこに落ち葉が落ちるからだとは思うのですが。

何年か前には、裏側にある桜並木の枝が、阪南高校のテニスコートに入った部分をバッサリ切られて、切られることを嫌うらしい桜並木は、元々弱っていたのが更に弱り、衰弱の一途をたどっています。

大依羅神社の木を切ろうとしたら、バチが当たって関わった人が次から次へと災厄に見舞われる言い伝えを知っていた古老が、去年亡くなった途端の出来事でした。あのおじいちゃんは、木を守っている存在だったのだなと思います。

そして、私は、この場所を離れて、もっと自然の残っているところに移住したい気持ちがドーンと出てきてしまいました。「きっと神様たちも思っているはず…」そう思い始めました。

「大昔の龍神伝説は、もはや泡となって消えたかもしれない。この地はもう守られない。」そんなことが心をよぎるのです。

そんなある日、室外機の温風が余計に気温を上げる都会の夏の暑さにも疲れて、「これ以上暑さが続くのだったら本気で移住を考えて準備しよう。」と思った夜に、通り雨が降って、急に涼しくなりました。

その降り方が、まるで何かの合図のように、急に降ったと思ったら、急に止むの繰り返しでした。

それで、「きっと私に行ってほしくないんやわ。」と勝手に思って、少し思い止まっています。「私が居なくなったら、途端にこの地に災難が降りかかったりするのかな?」などという妄想とともに。

龍神さんや木霊さんたちに残された自然は、ほんとうにごく僅かです。この残された自然を大切にしないことが続いたら、龍神さんや木霊さんとともに引っ越したいと思います。

ちなみに、先日、犬の散歩の時に立ち寄った時、50〜60代の女の人が、切られた木の幹に手を当てて、何かを念じていました。「木に謝っている人がもう1人いるのかな?」と思うと同時に、「どうか、切られて弱っている木の気を吸い取ってませんように。」と心の中で祈りました。





猫の「しつけ」の紆余曲折

子供の頃、初めて猫を飼った時は、トイレのしつけの仕方など、まわりの大人に教わりました。

その内容は結構スパルタで、褒めて育てるなんてことはなく、粗相をしたら厳しく叱って、頭も叩くと習いました。

けれど、そういう風にしていると、猫は凶暴になるし、ちっとも私のことを好きになってくれないので、そこから私の紆余曲折が始まったのです。

猫とどうやったら仲良くなれるかが、第一の命題で、子供時代はこのことが最大の関心事でした。(思えば変わった子でした)

それで、今となっては当たり前になっている「褒めて育てる」ということを、苦労して会得したのです。

今、猫ブームで、70歳くらいの人でも猫を飼い始めることが増えてきているように思えます。1つ良いことは、テレビや役所が、避妊去勢をすることを教えてくれるので、割とみんなキチンと手術して、むやみに増えないようにはなってきている気がします。今から10年くらい前だと、70歳くらいの人は、避妊去勢なんてあまりしに来なかったから。

ただ、しつけの面において、昔式の人が散見されて、猫を凶暴化させてしまう人がいるようなのです。

動物病院で、お話しする機会があれば、いつも「猫を叱りつけたり叩くのは、失敗の元」とお知らせしています。
「叱らなくて済むように人間が立ち回るようにしてください。」と、説明しています。

直接会った人だけではなくて、このブログをみた人が、上手く猫を育てられるように、ここにメモしておきたいと思いました。


2017/09/07

A島のN子さん(バレバレかも?)

私が前から大好きな瀬戸内海の島に、N子さんが住んでいます。

家族の世話をしたりして、大阪とA島を行ったり来たりですが、N子さんは、A島に住むようになってから、ほっぺがバラ色に変わりました。

大阪にいた頃は、ほっぺが青い色をしていて、今にもどうにかなりそうだったから、猫友達に田舎暮らしを勧められて、思い切って移住したのです。

私も、大阪にいる頃に猫つながりで知り合っていて、N子さんが移住したすぐ後に、2度ほどA島に行ったことがありました。その時にA島が大好きになりました。(写真の私は若いです)

そのN子さん、お年は私の母より2歳下の辰年生まれで、私とは24歳離れていますが、友達感覚でお付き合いしてしまってます。

そんなN子さんの人柄だから、彼女には男女問わず友達がたくさんいるのです。

ご主人はもとより、大工仕事の得意なナイトや、車で送迎してくれるナイト、お昼ご飯を一緒に食べに行ってくれるガールフレンドなど、何かとN子さんを助けてくれる友達が何人もいます。

77歳だけど、ボーイフレンドのことを「あの子ォ」とか言っている、それを聞くと、昔懐かしい大阪の味が感じられて、私も嬉しくなるのです。

iphoneの留守電メッセージにN子さんの声が残っていて、その声を聞いて癒されたいので消さずに残してあるという…

ある時、大阪に来たついでに、私の動物病院に来てくれて、私が「A島に行きたいなー、住みたいなー。」と言っていたら、「なーんにも考えんと待っとったらええで。ある日リンゴの実が木から落ちるみたいにポトーッと落ちてくるから。」と言ってくれたのが忘れられません。

早くポトーッと落ちて来てくれないかなー!

N子さんは、守ってくれるナイトが何人もいるから、きっと前世は、どこかの姫だったりして。なんの姫だろう?戦国武将かな?ヨーロッパの姫とかだったりして…

そんな妄想を、ついついしてしまいます。

私もN子さんみたいに年をとりたいなと思います。

2017/08/28

75%の女

私は、中学生の頃から、自分のことを75%の女だなぁと思っていました。

テストでも何でも、大体、75点くらいだけど、100点にはなれない子でした。

でも、授業でのバスケットボールのシュートや、水泳の競争で、心が無になった時に、何だか素晴らしい結果を出せたことがあるんです。

小学生の時は、心が無になった時に、ピアノがたいそう上手く弾けたこともありました。

でも、「あれっ?今、どうしてこんなに上手くできるんだ?」と、意識した途端に、下手になる…

中学生の時は、特に目立つ子でもなかったから、運動神経ゼロだとみんなから思われていたのに、トントントーンとシュートできたことがあって、一瞬、目立ちそうになり、「ヤバイヤバイ、目立ったら虐められるのに。」と用心したことでした。

水泳で、シュポッと飛び込んで、クロールで一位になった時も、無意識で泳いで気がついたらゴールしてたみたいな。

私の場合、意識してできるのは、75%まで。無意識でできた時は100%上手くできる。

わかっていても、ほとんど無意識になれない私は、器用貧乏の75%の女なのでした。

ところで、これってもしかして、アナスタシアが言うところの「共同の創造」につながる感覚なのではないかと、こんなオバさんになってから気がつく始末。いや、そろそろおばあさんだ。

この話を読んで心当たりのある若い方、ぜひとも心を無にして、神様と共同の創造をしてくださいね。よろしくお願いします。

2017/08/22

丸坊主欲求に匹敵する断捨離の快感

夏になると丸坊主に憧れる私。
先日、ふとNHKのEテレの番組表を見ていたら、なんだか奈良の尼寺の話をやるらしいということで、早速録画をして観たのです。

そこには、大自然の山の中で、犬も猫もいて、作務衣を着ている丸坊主の尼さんたちが、楽しく「梅仕事」をやってるのが映っていたのです。

「あー!なんと羨ましいことか…」丸坊主だからと後ろ指差されることもなく、ニコニコと梅仕事。

梅酒や梅味噌や梅シロップの部屋は、「それは溜め込みすぎやでー。」「アニマルホーダーでなくて、梅ホーダーやなぁ。」とか言いつつも、羨ましくて羨ましくて。

私も猫ではなくて梅を溜め込みたかった…とか思いつつ観てました。

でも、ここ最近、ダンナが掃除や断捨離に凝りだして、釣られて私もガラクタ整理をするのですが、これがまた、心の爽快感を伴うのです。

まるで丸坊主にしたかのような、ガラクタを捨てた後の、重い肩の荷を下ろしたようなスッキリ感。

とりあえず、断捨離で誤魔化しておいて、最後は身1つで出家しようか?でも、お経を毎朝唱えるなんて無理だしなぁ。だいたい、宗派何にする?お寺あるのかしら?

そんなことを考えている、今年の夏です。


2017/08/20

私の子育て

息子は、新生児の時から「社長!」と呼びたくなるような雰囲気を醸し出す赤ちゃんでした。

私はといえば、若くて子育ては初めて、自信も何もあったものじゃなくて、はじめは年配の人に聞いたり、子育て中の友達に聞いたりしてました。

すごい年配の人の意見(大正生まれくらい)では、赤ちゃんが泣いたらすぐに飛んでいって、オムツが濡れていないか、ミルクを欲しがっていないか確かめたあと、それでも泣きやまない時は、おんぶをして用事をしなさい。赤ちゃんが何を訴えているのか、泣き声でわかるようになりなさい。と教わりました。

中くらいの年配の人(戦前生まれ)の意見の中に、チラホラと、「泣き癖がつくから、すぐに行ってはならない」という意見が混じり始めました。

後でわかったのは、多分、「スポック博士の育児書」を読んだ人と読んでいない人がいて、読んだ派が「泣き癖派」、読んでいない派が「従来のおんぶ派」なのでした。

私は自分がしてもらったように、大正生まれくらいの人の意見を取り入れて子育てしてました。(祖母が母親がわりだったから)

トイレトレーニングの頃、団地で核家族の暮らしをしていて年配の人に助言を求めにくかった時がありました。それで、同年代のママ友に意見を求めるようになったのです。

ある日公園で、他の子のお母さんに、トイレを失敗した時は、叩いたり叱りつけないとダメだと言われたのです。

今までとは真逆な感じがしたものの、公園ママ友たちの多数意見だったので、私はそれを試したのです。

そしたら、その日から、チックは出るわ、オネショをするわになってしまって、大失敗でした。

「わー、えらいことしてしもたわー、みんなのとこって、こんなことしてて大丈夫なんかなー。」と思ったし、そこからは、若い人の言うことは信用しないようになりました。

息子には、得手不得手が極端なところがあり、記憶力はトップクラスなのに字が書けないとか、口は達者なのに運動が苦手とか、バランスに欠けるところがあって、そのことを理解してもらえなくて、学校で先生に強く叱られたり、家庭のゴタゴタがあったりして、小1で不登校になってしまいました。

小2で転校して、担任の先生に説明して理解を求めて、何とかかんとか小6まで続いたものの、中1でまた不登校になってしまったのです。

その時に、外野が、「甘やかすからそうなる。」と言ったり、スパルタ式の育て方(兵糧攻めなど)を私の耳に入れてきたのですが、トイレトレーニングの時の教訓があったので、外野の意見は無視して、人が勧めてくることの逆をやってきました。

スパルタ式は却下、不登校が恥ずかしいと思わなくて済むように、堂々と近所の人には笑顔で挨拶するように勧めました。

勉強は、自分の興味の赴くままに任せました。今はパソコンがあるので、何でも一人で調べて賢くなりました。数学は興味がなくて、全く勉強しませんでした。英語は、英語のネットゲームにハマった時に、何となくわかるようになったらしいです。

今は、「モモちゃんのパパ」(犬です)と、近所の子供たちに慕われて、散歩の時に出会うおばあちゃんたちからも、人気です。

「不登校だけど、引きこもりではない」というコンセプトであり、「明るい不登校」と名付けてもいいかなと思います。

自分の子が不登校になると、ついつい他人の目を気にしがちです。普通じゃないのは恥ずかしい。みんなと同じようにしていないと不安。

けれど、嫌がる子を無理にどうにかさせようとするのは、自分の虚栄心を満たすためなんだと思います。

子供のことで、自分の心を振り返るチャンスが訪れたと私は思いました。人生で起こる全てのことは、そのことにパニックになって振り回されるのではなくて、「自分の心を探る旅」なのだなぁと、この頃思います。

2017/08/08

夏は裸がいい

「下着は、汗を吸い取って蒸発させてくれるから、着た方がいい。」と、昔、子供の頃にテレビで見ました。

そのことを忠実に守って生きてきたのですが、最近、猫に合わせてエアコン無しの方が多い私は、「裸の方がええんちゃうん?」と思ってしまって。

家の中では下着の上にさらに何か着るなどは、考えられない下僕生活。家中を掃除だ猫様のご飯だと言って走り回るから、汗ダクダク。下着はボトボトで汗臭い汗臭い。それが今度は冷えてきたりして…思い切って裸になってしまうと快調なんだけど。
誰が下着は着ないとダメって言い出したのだろうか?

正直、アマゾンの原住民が羨ましい。
家用にビキニみたいな服があったら、飛びつくのにな〜とか、“エアコン無しの人の夏用部屋着”を夢想したりする今日この頃。

だいたい、エアコンをすぐに使うようになってからの日本人は、老若男女、熱中症になりやすくなったと、私は思いますけど。

男だったら家の中でパンツ一丁でいても平気なのにな。
だから女に生まれたくないと、あの時言ったのに。(生まれる前だけどね)

あーあ、男の人が羨ましいなと、夏になると思うんです。

夏になると、「丸坊主にしたい病気」になる私ですが、男だったら頭を丸坊主にしても誰も気にしないけど、私がやったら抗がん治療中だと思われるのがオチのような気がして、できないし。

そうは言っても、できるだけ短く刈り上げていたら、息子に、「なんか愛されてない認知症のおばあさんみたいやわ。」と言われるし。(毛染めもしていないから)

丸坊主で真っ裸だと、暑くなったらすぐにぬる目のシャワーを浴びて、そのまま自然乾燥していたら、プールにいるみたいに涼しそうだなぁ。

そんな妄想をしてしまうほど、今年の夏は、梅雨が明けた途端に暑くなりました。
早く秋にならないかなぁ。処暑が待ち遠しいです。

2017/07/31

猫が異常に鳴くとき、どうすればいいか

甘えん坊な猫様は、分離不安という状態になる子がいるのです。

飼い主を呼んで鳴き続けたりするような状態です。

それが高じると、わざとトイレに入らずに、少しずらして粗相をしていたりするんですよね。

それができる子は、まだ体の病気にはならないですが、それができないお行儀の良い子は、病気になっていきます。

猫が、何かを訴えて鳴いている時、何をすれば良いのか?私の経験を書き残しておこうと思います。

プラちゃんは、脊椎を怪我したあと、半身不随から生還した猫です。

オシッコが座ってできなかったり、ウンコが出にくくて便秘になったり、排泄に一苦労しているのですが、このプラちゃんが、いつもドラ声で鳴きわめきながら家の中を歩き回ってたんです。

どうしたものかと思いながら観察していたら、オシッコを床に飛ばして汚れた時や、ウンコが床に転がってしまった時、または、モモ犬に取られないように猫のフード皿をテーブルの上に置いていて、テーブルに登れないプラちゃんが、お腹が空いたと訴えていたというのがわかってきました。

それと、そのようにして、私がじっと見て観察することに、プラちゃんは幸せを感じているようで、要求が通って心が通じたと思うことが増えていくにつれ、ドラ声で鳴きわめく回数がグンと減ったのでした。

もう1匹、いつも鳴いている、夏子という猫がいます。

夏子は、モモ犬が来てから、怖くてリビングの床に降りてこなくなった猫で、モモ犬のケージの上に置いた猫用のケージから、いつも私を呼ぶんです。

私がボケーっと韓流ドラマを観ている至福の時間を邪魔するので、正直ウザいと思ってたんですが、プラちゃんと心が通じた経験から、きっと夏子も何かを訴えているんじゃないかと思い、鳴いて呼ばれる度に、夏子のところに行って、「何が言いたいのん?夏子は?」と聞くようにしていったのです。

思いつくままに、毛を梳いてあげたり、体を触ってあげたりしているうちに、やはり何を要求しているのかわかってきました。

夏子は、「他の猫がウンコをしてあって臭いから掃除をしてくれ。」とか、「チョコタンがケージに上がり込んでアタチのご飯を横取りした上に食べ散らかしてて、こんなの食べられません。」とか、「モッサモサの毛の手入れをしてほしいんですけど。」などと言っていたのです。

そのことを私がわかるようになってくると、夏子のイライラした様子は、とても減っていき、穏やかでいることが多くなりました。

ポイントを押さえておくと、

1、猫が鳴いたら、「何かを訴えている。」とまず思うこと。

2、周りの環境や、猫の様子をよく観察して、何が言いたいのか試行錯誤すること。

3、心で思っていないのに、ただ撫でるだけとか、声をかけるだけというのは、猫にはバレているので心を込めること。

以上3点を、猫のことで悩んでいる人は、試してみれば良いと思います。



2017/07/27

仮の愛の空間

大都会の大阪で、アナスタシアの言う「愛の空間」なんか作れないと思って、「無い物ねだりの子守唄〜」などと歌っていた私ですが、ふと、家にいる猫たちが、私に「自然のバリアー」を作ってくれて、外からの災いを受けて守ってくれていたのだと、思い至りました。

木を植える土も無くて、仕方なく植木鉢に植えて、仮の自然を具現化しようとしている私なのですが。

あくせくと忙しい人間を尻目に、大アクビをしながら、「ようそんな毎日働くなぁ〜。」と言わんばかりに昼寝をしている猫さんたち。

猫たちがいたお陰で、自分たちの生活が、どんなに自然から離れているのか痛感できました。

地球さんだったら、難なくやってのける猫のトイレの世話も、完全室内飼いの我が家では、砂代や掃除の手間にお金と時間を吸い取られていく。トイレ掃除だけではなくて、家中の壁で爪を研がれて、新築の家が10年でボロボロ。床拭き掃除をしょっ中しないと、ベタベタになってしまう。これが、自然の中だったら、気にすることも何もないのに。

アナスタシアが言うところの、地球人類を支配している神官の陰謀の話だって、本を読んだ途端に合点がいくのだから。

本当に、猫は、私にとって数少ない自然の教師であり、守護神であるよなぁ…と、しみじみ思い至った次第でございます。

でもこれは、あくまでも「仮」。維持するのに時間とお金がかかるものは、仮。

それでも、私たち家族に自然の息吹を吹き込んで、悪いものから守ってくれる猫たちが、有り難いなと思います。



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