替え歌 脱原発
ゲド戦記「テルーの唄」の替え歌 その1
ゲド戦記「テルーの唄」の替え歌 その2 最後のところが少しちがう
天空の城ラピュタ「君を乗せて」の替え歌
テルーの唄は、その1とその2、どちらがいいですか?
「何も知らずに」の、「に」有り「に」抜きバージョンです。
音符の取り方をまだまだ変えられそうです。
ゲド戦記「テルーの唄」の替え歌 その1
ゲド戦記「テルーの唄」の替え歌 その2 最後のところが少しちがう
天空の城ラピュタ「君を乗せて」の替え歌
テルーの唄は、その1とその2、どちらがいいですか?
「何も知らずに」の、「に」有り「に」抜きバージョンです。
音符の取り方をまだまだ変えられそうです。
私は息子から「不思議ちゃん」と命名されており、ちょっと馬鹿にされていますので、放射能に関することでも、放射能を危険だと思っている私と、大したことないと思っている息子とで、言い合いになることがあるのです。
それで、売り言葉に買い言葉、息子が、「お母さんは宇宙人信じてるんやろう?それやったら、放射能も宇宙人に頼んできれいにしてもらったらええやン。」などと、言ってくるのです。
「何を言うてるねん、サバンナで動物を観察しているカメラマンが、可哀想やからって、その動物助けてるか?観察してるだけやろう?それと同じことを宇宙人にされてるんやン。」と言い返しました。
息子は黙っていましたが、きっとどうしようもない電波母だと思っていたのかもしれません。
でも、本当に宇宙人がいたとしてですよ、地球まで何万光年も超えて観察に来るくらいの、そんなに文明の発達した人たちが、戦争ばっかりしている地球人と接触をしようするとも思えないし、地球人を見ても、宇宙人たちの目には、人間がサルを見ているごとくのように映っているのではないかと思います。
そして、宇宙から観察していると、人類はついに核をもてあそぶようになり、戦争で使うだけではなく、平和利用とか言って使い出した。処理の方法もわからないままに。子供が火遊びをするみたいに。
「アブアブアブアブ!」って宇宙人は慌てても、きっとサバンナでライオンに襲われる草食獣をカメラで追うクルーたちのように、じっと観察しているんではないかと思います。
このまま、世界中に原発ができて、気象の異変や大地震などで冷却装置の電源が失われることになれば、この、宇宙文明に一歩足をかけかかった人類は絶滅するし、下手をすると、地球は生物が住めない惑星になってしまうかもしれない。
ほんものの宇宙文明の一員になるためには、きっと、全人類が原発や核ミサイルなどを使うことをやめ、戦争をやめ、思いやりのあふれるようになったときに、宇宙人は、「やあ、やっと話ができるレベルになったね!」と、喜んで地球を訪れるのではないかと、私には思えるのです。
それなのに、放射能は大したことない、安全。そんなことを言ってのんびりしているなんて、「頭おかしいんちゃう?」と、私は思うわけです。
それが息子から見たら、私のことを「頭おかしいんちゃう?」と思うので、話は堂々巡りです。
(宇宙人さん、お願いします。ちょっと、息子にUFOを見せてやってください。
夜中に連れ出してくれてもいいですよ。
その方が、手っ取り早いです。)
まあ、ひそかにこんなことまで考えてしまう、今日この頃です。
夜に2時間くらい夕寝をするようになっていた私は、目が醒めて急に神がかったように何かひらめきました。
それを忘れないように、ツイッターでつぶやいていたのですが、ツイッターもいつかは消えてしまうから、とりあえずブログにメモしておこうと思います。
「宇宙は最初、陽だけの存在で、退屈で仕方ないので陰を作り出した。その陰が見えている形のあるこの世界。陽が退屈しのぎに作った世界。と、考えたら、面白い。」
「体の中心に陽があり、その周りを陰が取り囲む。ここまでが目に見える陰と陽。体の周りに発せられる温もりは、やはり陽だろう。ということは、人の体とは、陽に挟まれた陰というものなのかもしれない。 」
「目に見えない陽が0で、目に見える陰が1とすると、人の体を二進法で表したら010になるのかな。」
「生まれることは0に1が追加されて、1の周りに0が放たれるようなことなのかも。死んだら010が0になる。」
「病気とは、陰と陽のバランスが崩れている時のことだと考えると、鍼灸で扱う陰と陽は、身体である陰とその周りの陽なのかもしれない。魂とも言える中心の陽が発動すればどうなるだろう。それを奇跡と呼ぶのかもしれない。 」
「日月神示で言う、「ゝ」は、010の最初の0のことなのかもしれない。今の人は、1と、後の0のことは何となく分かるけど、最初の0を忘れている。最初の0は退屈した陽の小さな分け御魂だと考えると良いのだと思う。」
まあ、こんなことをつぶやきました。
東洋医学を習って、陰陽五行を学びました。
そのなかでも、陰陽の話はとても面白く、大宇宙の秘密を解き明かしてくれているような気がしました。
退屈だった陽さんが、まあ映画でも作るような感覚で、陰の世界を作った。
細かく細かく細分化して作るうちに、人間のようなものもできていった。
人間の経験を味わううちに、元は宇宙を統べる存在だったことをすっかり忘れてしまった個体が現れた。
その個体は、体の奥にしまわれている、小さな光に気がつかず、迷い道をクネクネしている。
すっかり迷いの森にはまりこんで、自分のことを、10だと思っている。(本当は010)
日月神示の神様は、10じゃないよ、010だよ、思い出しなさいよ!と言っている・・・と、私はそう思ったのでした。
若い頃、すごく悲しくて死にたいかも知れない・・・と思ったときに、心の奥に光が見えた気がしました。
あれが、010の最初の0である、真ん中にいる「陽」なのではないかと思えるのでした。
参考
みんな心の奥に、宇宙の源である光を持っている。
私は、その時に直感しました。
直感って・・・と、どん引きされる方もいるかもしれないけど、直感的に生きるって面白くて楽しいです。
決められた当たり前のことだけして生きるのは、もったいない。
何故って、退屈しのぎに作った世界で退屈するために生きるのなんて、アホらしいと思うのです。
と言いながら、毎日、決められた猫様のお世話をしているんですけどね。(^0^;)
でも、010だと思ってお世話するのと、10だと思ってお世話するのとでは、気持ちに雲泥の差が出てくるのです。
010やら10やら0やら、ややこしいことを書きました。
宇宙は、ひょっとしたら二進法で出来上がっているのかもしれませんね。
「6/13以降のBコース システム変更のお知らせ」を、あびこ動物病院ホームページに掲載しましたので、お知らせします。
よろしくお願いします。あびこ動物病院ホームページ
取り急ぎ、ご報告します。
分院の形を保つために、しばらくは院長が執刀することになりました。
数も今までのようには行きませんし、手術方法なども、変更の場合がありますので、今後は、「あびこ動物病院」のホームページにて、ご確認をお願いします。
今は時間がないので、情報不足ですが、よろしくお願いします。
急な話なのですが、今年の6月13日をもって、手術を専門にしてくださっていた先生が退職されることになりました。
それで、景気も悪いし、スタッフの数も減らさないといけないかも知れないし、分院のフォローも続けられるかどうかわからないので、猫ダンナは分院を閉鎖したがっています。
私も、ついこの前まで、閉鎖しようと思っていました。
もう、しんどいことはやめて、市民農園が当たったことだし、農作業でもして暮らそうかなと思っていました。
どうしてそんなことを思ったかというと、春になると今にも生まれそうなお腹がパンパンのメス猫を手術しないといけないからです。
何度お願いしても、そういうメス猫を連れてくる人があとを絶ちません。
分院は最初、経費節減のために自宅でやっていたのですが、自分の家で毎日繰り広げられる堕胎について、私はいたたまれなくなり、猫ダンナのフォローもしやすいことや送り迎えの手間も省けるということで、経費はかかりますが、本院の隣があいたので引っ越しをしたという経緯があります。
私は自分の双子を、生まれても生きられない心臓奇形が発覚したために、中期中絶したことがあるのです。
そのトラウマがあるのに、毎日自分の家で、蘇生したら生き返りそうな仔猫を殺し続けるのを、見て見ぬふりしているなんて、当時貧血で半病人でもあった自分には、負担が大きすぎました。
そういうことなどもあり、Bコースの分院は、他にも志ある先生もいるみたいだし、大阪市の公園猫や地域猫の避妊手術もできたことだし、もういいかなと思っていました。
それが、ついこないだの金曜日に、嫌な話を聞いてしまいました。
遠方に実家がある若いクラスメイトがいるのですが、実家で仔猫が生まれ、その仔猫が三匹とも雌で、それぞれお腹がふくらんで、二匹は出産し、もう一匹は臨月で、仔猫の里親は見つからないし、避妊手術代が当地では1匹二万円で、10匹以上になると思われる費用が出せないので、「お母さんが山に捨てに行くって言ってるんです。」と言われてしまいました。
2年前から相談を受けるたびに避妊手術を勧めてきましたが、どうもお母さんが避妊手術に抵抗があるらしく、ついにこんなことになってしまったのです。
今時、捨てるのは罰金50万円なのに!と思いつつ、山陰地方ではまだそんなことを言っているのかとがっかりもし、もしもBコース分院が無くなってしまえば、また、大阪も以前のように元の木阿弥になってしまうのではないだろうかと思い始めています。
分院としての存在は無くなっても、ボランティア主体の避妊去勢病院として残せないかと思うのです。
市長がかわって、公園猫や地域猫の活動も、どうなっていくのか先が見えなくなってます。
せめて、落ち着きを見せるまで、存続できないか。
でも、仕事の内容は、手術だけではなく、電話の受付、説明、手術の受付、同意書の説明、キャリーが汚れていた場合には洗浄することもあるし、お迎えの説明、精算、経理事務と、今、本院のスタッフがフォローしている部分を、ボランティアがフォローしていかないといけません。
良い獣医師を見つけることも課題となります。
そんなことが果たして可能なのか。
もちろん、私は協力していきますが、呆けかけの母のこともあるし、全力とはいきません。
あと2ヶ月しかありませんが、良い知恵がでればいいのですが・・・
何でも意見を出し合えればと思って、ブログに書きました。コメント、よろしくお願いします。
三年間東洋医学を習って、だんだんと自分の体の状態というのがわかってきました。
時期を追って、私の体がどうなっていったのかを、少しずつ見ていこうと思います。
癒しを業とする方にも何らかの参考になるかもしれません・・・
10年前から、だんだんと体調が崩れだしたので、10年前の38才のところから振り返りたいと思います。
38才頃、動物病院に捨てられた仔猫を家に連れて帰ったはいいものの、里親探しが下手で、大変な数を世話することになって、私はフル回転して働かないといけませんでした。
動物病院でも、看護師としても経理担当としても働いていました。銀行へ行ったりお弁当を買ってくる雑用まで、ほとんど私の仕事になっていて、おまけに息子が不登校になり、動物病院の休憩時間には家に様子を見にいくついでに家の猫の世話をする毎日。
動物病院の前に安易に猫を捨てる人がいなくなるように、他の人の里親探しの手伝いもその頃に始めました。
今思うと、あんなことがよくできたなと思う日々でしたが、だんだんと調子が悪くなってきていました。
その1
足が、午後になると浮腫むようになってきた。靴が窮屈で履いていられない感じ。
指輪も夜中に抜けなくなるとこわいので、つけられなくなりました。
原因
ストレスから帰宅後にビールを2本くらい飲むのが常態となっていき、冷飲食によって体が冷え、東洋医学で言うところの陽虚証になっていた。詳しくは脾陽虚です。
その2
急に大便がしたくなり、したくなると、どうにも我慢ができなくなることがあった。
原因
自律神経の調節ができなくなっていた。
東洋医学的には陰陽のバランスが悪く、陽が不足するために、余った陰を排出しようとしていたのかと思う。特に脾虚証は水分のアンバランスを来しやすい。
40才頃、あいかわらず全力疾走中。
その3
突然左側の上の奥歯が痛み出し、いてもたってもいられないくらいに痛みました。
歯医者に行っても虫歯はないということで、上顎洞の方だろうということで手術をしました。
ちょうどその頃、腰痛も尋常ではないくらいになっており、受付で立っているのが辛くなってきていました。
時々のどに何か詰まったような感じがしていました。
原因
気の巡りが悪くなり、肝気が欝結して滞り、若い頃に一度手術をしたことのある左の上顎洞の弱いところに噴出していたのだと思います。肝の気は筋肉に影響が出ることが多く、腰痛も筋肉がカチカチに凝り固まったことにより、椎間板が狭められて、起こっていたものと推測しています。
その4
股関節の辺りが急に痛み出し、立ち上がるとしばらく歩けない状態が続きました。ある日、突然治りました。
原因
股関節に異常があるのかもしれませんが、腸腰筋が硬くなってしまった結果、ソケイ靱帯の筋裂孔を腸腰筋が通るときに窮屈になっていて、その部分で摩擦があるために痛みが発生したと推察しています。
こちらも、東洋医学的には肝の気と関係が深かったのではないかと思います。
柔軟体操をすることで楽になりました。
その5
生理の時に、必ず下痢をするようになりました。この頃、生理痛はまだひどくなく、下痢がメインの症状でした。
原因
陽虚証であるための下痢と、気が少なくなっていくことで、生理の時には下痢を留めておこうとする腎気が減ってしまったため、とめどなく下痢が続いたのだと思います。
42才頃
仕事量を減らし、なるべく家の用事をメインに切り替えました。肉食をやめようとしていましたが、正しいベジタリアンにはなれず、ただの偏食をしていました。これは、数年後に血液検査で極度の貧血が発見されるまで続きました。
その6
生理痛がだんだんとひどくなっていき、しまいには発熱するようになりました。生理の後半にはお腹に石が詰まったような痛みにかわり、食事を取るとひどくなりました。
原因
元々、妊娠5ヶ月後半で流産をしていてお乳を赤ちゃんに飲ませていないために、血流が悪くなる血瘀証になっており、貧血になったことで、血虚証になり、血が足りないために更に血流が悪くなるのとが重なって、かなり重症の血瘀証になっていたと思われます。
朝起きたときにお水を飲むようにするとマシにはなりました。
とりあえず、42才まで考えました。続きはまたいつか。
以前より、西太后の記憶が何故かあるとブログに書いてきましたが、彼女の人生を思うと、今の私の人生は、「最高」の部類に値するのではないかと思える今日この頃です。
ダンナに先だたれて、いきなり国政に首を突っ込まされ、暗殺される恐怖や諸外国との軋轢、官僚をどう使うかなどに頭を悩ませる一方で、犬をこよなく愛して、犬の生きる権利のないことに嘆いていたと思われる、西太后。
跡取りはシオニスト(世界をお金の力で牛耳ろうとしている勢力)に利用されて洗脳されており、放っておけば江戸の徳川家のようにシステムを解体させられてしまう。
政治と家族愛、動物愛のせめぎ合いの日々。
ああ、それにくらべたら、今の私はなんて幸せなんだ。
猫様の掃除が辛い辛いといいながらも、勉強してみたかった東洋医学も学べたし、猫や犬を助けるための活動だって、ぼつぼつではあるけれどやっている。
窮屈な服を着ないで良くて、楽な作務衣姿で街を闊歩している。
植木や雀と話をしていても、家族は変に思わないし、私のあるがままの姿を受け入れてくれている・・・
子供の頃から覚えている夢のようなビジョンは、豪華な調度品があるお城のような部屋に薬草や道具が載っているワゴンがあって、それを見ながらつくづく、「ああ、今度生まれ変われることがあったら、医者のような人を癒せる職業に就きたいなあ。贅沢な暮らしなんかしなくていいから。」と思うものだったし、もう一つのビジョンは、石が敷き詰められている、広いバルコニーのような場所で、「犬が増えないようにするにはどうしたらいいものだか。去勢は命に危険が及ぶし、かわいそうすぎてできないわ。」と悩んでいるものだし。
猫様のお世話は肉体的には辛いけど、もしかして自分が西太后の人生の一部を過去で共有している魂であるとすれば、ほぼ、夢を実現しているのだなと思えるのでありました。
でも、地球環境が悪化して人類が滅亡に向かっているのだとしたら、せっかく夢を叶えられたのに、残念なことではあります。
今後は、地球環境を少しでも良くしていく活動を頑張りつつも、すごいヒーラーになることを目指そうかなと思います。
最後まで読んでくださりありがとうございました。「またあくび猫の妄想が始まった。」と、笑って聞き流してください。
今、この本を読んでいます。
今の地球に起こっていることを、宇宙からの視点で説明してくれている本です。
作者のイヒョンナンさんは、仕事のストレスを乗り越えようと瞑想を始めるうちに、ヘロドトス星の宇宙人サロマさんからテレパシーで話しかけられた・・・というようなことが前書きに書かれています。
最初、作者名が日本人ではないし、本の存在を知っていましたが触手が伸びず、ずっと買わずにいました。
でも、他の本をアマゾンで買おうと思ったら、自分の買い物カゴに入れたままになっていたこの本を思い出したという次第です。
それで、やはり表題がどうしても気になるし日本のことも書いてあるようだし、卒業試験も終わったし、ちょっくら買ってみるかと買った本がこれです。
それがこの本、すごく面白いんです。
まあ、自分を「宇宙人の生まれ変わり」とか言っている私にとって、宇宙人サロマさんに親しみが湧いたということもありますし、サロマさんに話しかけられたイヒョンナンさんを羨ましいとも思います。
でも、この内容は、今の私が付け焼き刃の瞑想をしたところで得られるものでもなく、これはイヒョンナンさんが宇宙人サロマさんに聞いて書いたこの本を読んだ方が早いと思うのでした。
2010年以降に地球に訪れる天候異変やその原因や解決法などが縷々述べられています。
「眠れる予言者エドガーケイシー」の病気の直し方のような、地球を助ける処方箋なのです。
ぜひ、時間に余裕のある方は読んでみてくださいね。
しかし国家試験の勉強をほったらかしにして、本を読むときだけ目がランランとしてしまう自分がちょっと情けないです。もう性格だから仕方がないですが・・・(^^ゞ
教員に合格して、採用前研修というのがありました。
配属になったところは、同推校と言われていた、被差別部落のある校区の中学でした。
ほとんどは部落外の真面目な生徒が多かったのですが、その中で不良になっていたのは、やはり部落の中の子が多かったです。
その子達と仲良くなって、休憩時間に悩み事を聞きました。
彼らは、中学生なのに、ものすごく「あきらめ」ているのでした。
「どうせ部落やねんから、就職もでけへんし、好きな人と結婚もできるかどうかわかれへんもん。」といって、勉強しないでグレていたのです。
彼らの育った環境が、子供のうちからあきらめることを教え込んでいたのです。
おそらくは、アダルトチャイルドだったでしょう。当時の私には知るよしもなかったですが。
私は、若かったから、「何を言うてるねん、貧乏でも部落でも、弁護士や医者になろうと思ったらなれるねんで。方法はなんぼでもあるねん、あきらめたらアカン。」と言ってました。
まあ、現実は厳しくて、中学三年生になってから頑張っても無理な確率がかなり高かったですが。
ところが、昨日だかの新聞に、橋下徹市長が同推校の小学校と中学校を合併し、スーパー校として私学並みの学力をつけさせたいと発表したようなのです。
橋下さん自身も同推校出身ということで、身近に「あきらめ」ている友達をたくさん見てきたのかもしれません。
彼と、私が諭して励ました生徒たちは、年頃が同じくらいだと思います。
このニュースを聞いて、彼らも喜んでいるかも知れないと思いました。今はどうしているのかなあ。
このスーパー校問題、逆差別とかなんとか、批判も出ることと思います。
でも、私としては、子供のうちからあきらめなくても良い環境、親が勉強を教えられなくても子供が伸びる環境を作ってあげてもらえたら、いいなと思ってます。
橋下さんに関しては、私は今は様子見なので、誰の肩を持つこともしませんが、子供の希望を作りたいと思っているんだなあと感じます。
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