2016/12/05

人工地震の話

東日本大震災は人工地震だという人がチラホラいて、私も時々調べたりしているのです。

確かに「掘削船ちきゅう」という大きな船が行って、海底に深い穴を開けたところに、片っ端から地震が起こっているような気がしないでもないのですよね。

なぜ人工地震を起こすかというと、政府に言うことを聞かせるための脅しという感じらしいのですよね。

そういえば、自民党以外の政権の時になったよね、阪神大震災も東日本大震災も。でも、熊本と鳥取は?日本政府は何か言うことを聞いていないことでもあるのかな?

私も詳しいことはわかりませんが。ただの天災であることを祈るのみです。

地球からしてみると、掘削船ちきゅうが穴を開けるのは、チクチク肌に針を刺されているようで嫌なんじゃないかなぁと、思います。

腎不全の猫に毎日皮下点滴をする私ですが、今までに二度ほど、注射アブセスと呼んでいる状態になったことがあります。
皮膚に穴が開いてしまうのです。

去年、その穴がとても大きくなった三毛猫ミーちゃんは、奇跡の復活を遂げて、今は何事も無かったように元の模様の美しい姿になってますが、もしも、地球に注射アブセスができたら、どうしようかな?と、思う私。

地球もミーちゃんみたいに復活を遂げることができるかな?

掘削船ちきゅうが開けた小さな穴から、海の水が入り込んで、だんだんと岩盤が割れてしまったら、どうなるだろう。

地球が、こんなことばかりする人類を邪魔に思ったとしたら、どんな風に人類を排除しようとするのだろう?地球の免疫反応は、どんなことになるのだろう?でも、地球の免疫反応は、全ての生き物を死滅させてしまうから、人類だけって、無理そう…

地球も頭を悩ませていそうな気がしました。

人類の自浄を、地球は願っているのではないでしょうか。

2016/11/26

引っ越しできたとして持って行くもの

都会からの脱出ができたとして、引っ越しの時に何を持って行こう。

まず、庭先の植木たち。
これだけでトラックが一台いる感じになる。だから、自分のものは必要最小限にしないとなぁ。

母の着物とか、自分の着物は冠婚葬祭用以外は諦めよう。

普段に着る作務衣、薄手と厚手。下着類、調理用具最小限、食器類最小限、寝具最小限…要するに植木たち以外は最小限。

婚礼タンスは諦めよう。

顔や手に塗る椿油は持って行こう。

猫は何匹残っているだろうか。

そんなことを考えていたら、引っ越しがとても具体的に感じられて、少しワクワクしました。

生まれ変わるとしたら

樹々も、動物も、人間のテリトリーにいたら、可哀想だと思える今日この頃。

家を改築するために、庭に大きく育った桜の木が簡単に伐採されたりする。
動物も飼い主がいなくなったらアウト。

大木が伐採されて、根っこまで引き抜かれた日の夜、近所の植木たちは、お通夜のような雰囲気を醸し出している。
そんなことを感じてしまう私だから、人間のたくさんいる都会で暮らすのは、大概ストレスだっりする。

来世があるとしたら、人に生まれてくるのはもうたくさん、大木になりたいなと思うわけなんですが、つらつらと考えていると、人の家の庭木とか、公園の木とか、道路脇の街路樹はイヤだなぁ…アスファルトの隙間から生えている草もイヤだし、駐車場の雑草もイヤ。だって人間に切られたり抜かれたりするから、おちおち生きられないよ。ということになり、
人間の周りは、イヤイヤだらけだということを思い知ります。

人の手の入らないところの野生の木がいいな。秋には実がなるクルミとかになれたら嬉しいな。森の中の動物たちの冬の準備を手伝えるし。

この頃は、そんなことを考えています。

たぶん乾癬持ち

春、軽い花粉症になった後、鼻の穴の周りの皮膚がカサカサになっていたんです。

気がつくと鼻の穴の中にカサブタが出来ていて、治ったりカサブタになってました。

鼻の穴のカサブタが治ったなと思ったら、今度は耳たぶがカサカサしてきました。

夏になって蚊に刺されて、かいたところが湿疹みたいになりました。痒くて、かくと広がりました。

てっきり、皮膚真菌症かと思って抗真菌剤を塗りたくりましたが、一向に治りませんでした。
そのうちに、真ん中から乾燥して白くなってきて、触るとポロポロ崩れました。

「何コレ?」

いろいろと調べたら、乾癬が浮上してきました。

「まてよ、これ、若い時にもなったことがあったよね。」

…あの時は顔以外の全身に広がって、医者に行っても原因不明で、なぜか腹が立つと酷くなるので、「腹を立てないこと」と、自分で決めて、絶対にかかないようにしたら、いつの間にか治ってたアレ?

腹が立つようなストレスで酷くなる皮膚病…

25年の時を経て、あの時の原因不明の皮膚病が何かわかった気がしている今日この頃。

今年に入ってから、そういえばストレスが多かったのです。
花粉症の季節が終わった途端に、ダンナの鼻茸の手術が決まりました。
手術が終わるまで、ダンナは鼻が詰まって寝られないのに激務が続いて、手術の前に過労死しそうでした。
手術は2時間くらいだと聞いていたのに6時間くらいかかり、麻酔が覚めた途端に鼻血が止まらなくて、どうなることかと肝を冷やしたりして。

ダンナにけっこう気を使っていたと思います。

その上、休診して売り上げが減ったので、もしも足りない時は私の貯金で凌ごうと話はしていたのですが、貯金をおろす時に声をかけてくれなかったので、気がついたら貯金が無くなっていて、「腹立つな〜」と思ったのです。

その頃から、湿疹ができて、腹が立つと痒くなり、かきむしると酷くなるの循環が始まりました。

自分がダンナの都合のいい女みたいになっている状況。
本当は都会から離れて暮らしたかったのに、うまいこと騙されて動物病院の前に捨てられた猫の世話を何十匹もして、気がついたら白髪だらけの私。

そういうことが芋づる式に思い浮かび、腹立つ腹立つ。

もう治るためには黙って辛抱なんかしてはいけないと思い、ダンナに腹立つ原因を訴えました。

ダンナは許しを請いましたが、しばらくは腹わたが煮えくり返って許す自信がなかったけど、この怒りを手放して、許せるようにならないと痒いのが治らないと思ったので、一番ダンナが苦手そうなことをしてくれたら、許すと言いました。

ダンナは、「するする、なんでもするから許してチョンマゲ!」というから、私は言いました。

「アナスタシア読んでくれたら許す。」

「お父さんに騙されて引き摺られて、私がどんなに心ふさぐ思いか、アナスタシアを読んだらわかるから。」

それで、ダンナはアナスタシアを読みました。読んでいる途中で、自分の不自然な生き方に気がついて落ち込むので、今、ヴィンランドサーガとかいう漫画に逃げてますが。

まぁ、とりあえず、許す気になったので、乾癬は治るかもしれません。

話は長くなるけれど、幼稚園の時、先生に木琴泥棒にされそうになった時、おしっこ漏らして抗議した後に、そういえば私は川崎病になってました。
1ヶ月も幼稚園を休みました。

どうやら、怒ると自己免疫疾患になるみたいです。

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2016/11/13

ノイズ

日々の生活が忙しくて、子供の頃にみていたビジョンが、全然思い出せない。

子供だから意味がわからなくても、忘れても、いつか日本に住んでいたら、本で再び知ることができると言われていたのに。

青い地球をみおろしながら、恐ろしい光景を見せられたような気はしているのだけど。

覚えているのは、それがただのビジョンで、けれども未来には起こるビジョン。それを阻止しないといけないこと。

私が大人になる頃には、電話ではない新しい通信方法ができて、世界中と瞬時につながることだけは覚えていたのに、肝心のことが思い出せない。

エリックパールという名前は、思い出して、それはアメリカにいるヒーラーの名前だから、彼を助けているエネルギー的な存在が関係しているのかもしれない。

それと、アナスタシアを読んで、「これだ!」と思ったのに、その後が続かない。

それで、3日くらい前、寝る前に感謝の言葉を天に捧げた後で、アナスタシアに尋ねてみたのです。

「ねぇねぇ、アナスタシアさん。もしも本当に実在しているなら、どうして私が、あの記憶にたどり着けないのか、教えてくださいな。」

あまり期待はしていなかったのですが。

そのあと、何気なくフォローさせてもらったサイキックな方から、「あなたにノイズを感じるから、一旦フォロー外しました。」という内容の連絡が来たのです。

普通だったら、「ノイズて何よ。」と憤慨するかもしれませんが、この、ノイズこそ、アナスタシアの答えであり、サイキックな方を通じて私に返ってきた答えだと思ったのです。

そう、私にはノイズが多すぎる。

まるで、チューニングの合っていないラジオのように、ノイズや雑音が大きくて、ホンモノの情報が入って来ないのだ…

反省と感動。

もっと心を静かに生きるようにしようと、決意を新たにしたところです。

それにしても、サイキックの方スゴイですね。
私もそんな風になりたいな、ノイズが無くなれば、なれるかな。でも地下鉄とかに乗れなくなるかな。

そんなことを考えています。

ダブルスタンダードなんですよね

アリさんの歌…(あんまり急いでこっつんこ、アリさんとアリさんがこっつんこ、あっち行ってチョンチョンこっち行ってチョン)

まぁ、なんてアリさんって可愛いんでしょうと思いきや、家の中でアリが出たら、アリの巣コロリ。

歌では小さな虫や生き物たちを愛おしむのに、実際には殺虫剤を撒いたりしている私たちの世界。

どうして子供の時からこんなにダブルスタンダードなのかと思ったら、大人になったらもっとダブルスタンダードなので、その練習をしてたんだと、つい最近気がつきました。

大人になったら偽善者となって生きる道しか、ほとんどの子供には許されていない、この世界。

お金が全てだから、自分は欲しくないものでも他人には売りつけないといけなかったりする世界。

綺麗な心のままでは生きていけないのだから、心を鬼にする練習もさせておかないといけない。

だけど、大人たちは、童謡を聞かせて一緒に歌う。

なぜなら、我が子の心の中が全部鬼になったら、将来年老いた時に自分が困るから。

「あー、だからかぁ。」そう思い至って、はたと膝をたたいた私です。

2016/11/11

愚痴るとレベルが下がってしまう

前回、嘆くと愚痴るの違いについて、少し考え始めました。

嘆くというのは、嘆いた後にまた努力をしようとする感じがしますが、愚痴るというのは、努力をしようとする感じがしないです。

魂の観点からみたら、愚痴は、レベルアップから遠のいてしまう感じがします。

ダンナは愚痴を聞いてくれるのですが、息子は愚痴を聞いてくれません。ダンナは、妻の愚痴を聞くのが夫の勤めと思っているみたいです。

何も変えようとしないくせに愚痴を聞かせるということは、聞いてくれる相手のエネルギーを奪うことだと、息子は本能的に感じているフシがあります。だから、自分のエネルギーを奪われたくなくて、私の愚痴を聞いてくれません。(自分の愚痴は聞かすんですけどね^^;)

愚痴っている人の体からオーラが出ていると想像してみると、きっと口から邪気が出ていて、オーラの中に黒い煙がモクモクと立ち込めているんじゃないかなぁ…という感じ?

愚痴を聞いて、一緒に腹が立ったら、邪気を取り入れたことになるし、嫌々聞いたら自分の良い気を吸われたことになるし、まぁ、愚痴ってロクなことがありません。

これからは、なるべく愚痴を聞かせないように、歳を重ねていけたらいいなと思います。

亡くなる数年前くらいから、祖母は無口になって、愚痴を一切言いませんでした。今思うと、祖母も心の中を綺麗にしていたかったんじゃないかと思えます。

若かった私は、祖母に愚痴をいっぱい聞かせてました。可哀想なことをしました。

今はダンナに聞いてもらってますが、ダンナにも毒気や邪気を浴びせないようにしてあげないとな…と、反省しています。

それで鼻が詰まっていたのかしら…( ̄∇ ̄)

2016/11/08

老獪という意味

50歳を過ぎる頃から、自分を含めて、周りの同年代の人たちが、ずる賢くなったなぁと思うようになりました。漢字で言えば老獪。

若い頃は、目の前の出来事に振り回されて笑ったり泣いたりしていた人たちが、少し思慮深くなって、いい意味で思慮深くなった人と、ただずる賢くなっていく人に分かれていく節目が、50歳代なのかなと、今となっては思います。

その判別法は、愚痴るか愚痴らないか?その話は次に詳しく考えてみようと思いますが、思慮深い人が愚痴っているのはあまりなくて、嘆くというのはあるかもしれない。

愚痴るというのは、底に感謝の気持ちがない時で、相手から何がしかの利を得ているにも関わらず、それに感謝することなく、他人に悪口を言うことなどが該当するかなと思います。

嘆くというのは、自分自身の努力が報われないことに、悲しみの感情を抱くような感じかなと思います。

とても頭の良い人が思慮深くなっていく場合は、良い羊飼いか悪い羊飼いに分かれていくのかもしれません。ぜひとも「良い羊飼い」となってもらいたいなと思います。
頭の良い老獪な人というのは、自分の得になることばかりを追い求める、悪い羊飼いに他ならないと思います。

2016/11/03

猫の避妊去勢の意味

いつも手伝いながら、疑問を感じていることがありました。

猫に避妊去勢手術をするのは、人間のエゴとか奢りではないかと…

でも、うちに猫を連れて来る人たちは、みんな優しくて慈悲の心を持っているし…と。

可哀想な猫を放って置けないと思うのは、人間だけが贅沢をして申し訳ないと思っている優しい気持ちからのことだし、そんな人が、慈悲の心のない人たちにいじめられないように守るのが、私の仕事ではないだろうかと思いつつも、罪のない猫の子宮や卵巣や精巣を摘む仕事は、私には猫に申し訳なくて申し訳なくて。

何とかそんなことをやめられないのかと思うけど、文明が崩壊して人類が地球からいなくならないと無理そうだし。

猫を放って置けない人たちというのは、地球を守る可能性のある人たちだと思うし、都会で、猫と接するということは、自然の循環が断たれているので、とてつもない苦労があるわけで、そういう人たちを守るという意味で、私のやっていることに少しは正当性があるのかなと、最近思うようになりました。

2016/10/23

ため息はついたほうがいいよ

ダンナと結婚して、動物病院を手伝いだした頃、忙しいし慣れてないし、私的には大変でした。

血をみる手術を手伝うのも緊張するし、極限に達すると、知らぬ間にため息が出ていたのです。

するとダンナが、「やっ、ため息ついたらアカンのにっ。」と言うのです。

それで私は、ため息をつかないように頑張りました。

そうしたら、2年くらいは大丈夫だったのですが、3年目くらいから、頻尿、急な腹痛などに見舞われるようになり、忙しくて食べられる時に早食いの大食いをするから太り、冷房の効いた動物病院で立ちっぱなしなので足が浮腫み、そのうち手の指まで浮腫み、指輪もつけられなくなってしまいました。

あとで、鍼灸学校に入って東洋医学を学んだら、当時の私の状態が手に取るようにわかり、とても勉強になりました。

東洋医学では、ストレスがかかると、体を流れる気の流れが悪くなると考えられています。
それを流そうと、自然に起こるのが「ため息」だったのです。

ため息を我慢して、ストレスから流れが悪くなった気を流さないでいると、「肝鬱気滞」という状態になるのです。

肝の気が鬱滞すると、相克関係にある脾や肺の気も調子が悪くなって、お腹の調子が悪くなったり、浮腫んだり、食欲の抑制が効かなくなって太ったりといった脾胃の症状や、鼻・皮膚症状などの、肺大腸の症状が出るのです。

学校で授業を聞きながら、「ため息辛抱したらアカンやんー!」と心の中で叫んでおりました、私です。

私のような失敗をしないよう、「ため息はつきましょう。」と、ここに書き記しておきます。

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