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2016/08/30

多頭飼育崩壊を防ごうとしている子がいる

去年、小学6年生だという女の子から問い合わせがありました。

自分が拾った猫が家で子供を産み、家の中で増えてきているというのです。

それを見かねた友達のお母さんが、うちの動物病院を知っていて、早く避妊した方がいいと教えてくれたらしいのです。

それで、去年は母猫と、盛りのついたオス猫2匹だけ手術したところで、来なくなってしまったのですよね。多分、親御さんがお金を出してくれないからかなぁ…などと考えたりして気を揉みました。

なぜか、その子の親御さんは全く姿を見せなくて、猫を連れてくるのも迎えにくるのも小学6年生の女の子でした。

今年になって、また予約が入りました。

少し背が高くなって、去年よりしっかりした女の子。

連れてきたメス猫は妊娠していました。
あと2匹、予約が入っているのだけど、10月の予約でキャンセル待ち。それも、親御さんが資金を工面しなかったら、来ないのではないかとハラハラしています。

募金を使って何とかしてあげたいけれど、そんなに高額の募金が集まっているわけでもなく、他の人の助成も無くすわけにはいかなくて、ただ気を揉んでいる私です。

親御さんは、仕事が忙しいらしく、子供や猫に構っていられないような感じです。

家の中でノミもわいているみたいだし、早く何とかしてあげたいのに金縛りにあったみたいに何もできなくて。

子供なのに猫で苦労している姿が可哀想で、大人たちが連携して助けてあげられないものかと思案しています。

募金をもっと多く集められるようになれれば、全額負担の手術もできるかもしれないし、猫ちゃんの送迎を手伝える人がいたら、危ない道を自転車のカゴに猫を乗せて行き来しなくてもいいのに…

あの子の悩みや苦しみを、わかって肩代わりしてくれる大人が一人もいないような気がして、青春やモラトリアム無しに、一気に大人にならされてしまう、あの子が気の毒でならないのです。

猫の避妊去勢さえ、初めにしておけば、彼女の青春は楽しいものだったはずなのに。

あの子の親御さんの教育方針にも私は疑問です。
「自分のケツは自分でふかす」とよく言いますが、ふかしすぎでしょう…

2016/08/29

南阿蘇村の思い出

小学6年生の時に、祖母と妹と三人で、熊本に住んでいる祖母の友人の家に遊びに行きました。

祖母の友人は、当時は裕福になっていたけれど、子供の頃は、家業を手伝って無理な姿勢で働いたせいで、頚椎の骨が変形して神経を圧迫するので、体が不自由で、歩くのも大変でした。

地獄温泉という温泉がとても良いと知って、祖母に湯治に行くのを手伝ってほしいと頼んできたようでした。

ちょうど夏休みで、それなら孫も連れて行こうとなったのか、私たち姉妹も熊本に行ったのです。

その、地獄温泉が九州のどこにあったのか、土地勘のない私は気にしたことがなかったのです。一度、どなたかが、このブログかTwitterで、「阿蘇の麓にありますよ。」と、教えてくれていたと思います。

それが、はっきりと場所を特定できたのが、「熊本の地震で南阿蘇村の温泉の人たちが孤立している」というニュースでした。

それで、南阿蘇村にあったんだというのが、私の脳内に初めてきちんとインプットされた次第です。

南阿蘇村の地獄温泉は、垂玉温泉(たるたまおんせん)のすぐ上にあり、歩いて行き来出来ました。

道路の側にある垂玉温泉の露天風呂も好きでしたが、山の中にある地獄温泉の露天風呂は、とても気持ちのいい場所でした。

露天風呂の上に上がると、岩から変な味の温泉のエキスが染み出していたりして、ワイルド感がいっぱいでした。

そこに1ヶ月くらい、私たちは小さな部屋を借りて自炊しながら、温泉三昧をやっていたのです。

洗濯物は、山から湧き出す水を竹の筒(プラスチックかな?)に引いてきて、簡単な洗面所兼洗い場のような流し場で、固形石鹸を使ってゴシゴシ洗うのです。

石鹸も、あまりたくさん使ったら水が汚れるから、襟元とか、汚れの多いところだけにして、あとは水でザブザブ洗ってました。

洗濯は、私の係になっていて、毎朝、朝ごはんを食べ終わったら、洗濯をしに、露天風呂の近くにある沢の水場に行ってました。

お年寄りたちがやっているゲートボールを一緒にやったり、熊本の小学生たちの遠足に混じって山に登ったりしました。

赤とんぼが、とてもたくさん飛んでいて、大阪育ちの私は、ビックリしたものです。

山登りについてきた祖母が、漆に触れたらしく、帰ってきてから皮膚がかぶれました。
それも、地獄温泉の下の方にある白い泥の溜まっている、皮膚に良いとされる温泉の泥を、全身に塗りたくって、早く治すことができました。

お茶目な祖母は、通りがかる人たちに、インディアンの真似をして、「アワワワワワー!」なんてことをやって、笑わせていました。

全然知らない人たちを笑わせるなんて、おばあちゃんってスゴイなと、私は思ってました。

そんな、楽しい思い出の詰まった地獄温泉と垂玉温泉が、地震で道路が寸断されて孤立していると知り、あの思い出の風景は、どうなってしまったのだろうか?と、悲しかったです。

余震も毎日のように起こっていて、4ヶ月経っても落ち着かない熊本地方。

早く平穏な日々が訪れますように。

2016/08/28

うなぎの呪い

子供の頃、私は目玉のついているものが食べられませんでした。

だから、うなぎの蒲焼なんかは、とても気持ちの悪い食べ物でした。

それでも食べないと大きくなれないということで、身をタレにタップリとつけてベタベタにして濃い味にして、少しずつ、ご飯と一緒に食べていました。ほとんどタレで食べる感じです。

もちろんうなぎの皮は、蛇の皮みたいで食べられるわけもなく、残していたのです。(箸をつけずに最初に取り除いて分けていた)

それをもったいないと思った祖母が、食いしん坊の妹に、その残った皮を食べるかと聞いたら、食べると言うので、私のうなぎの皮は妹が食べることが恒例になっていたのです。

うなぎは、頭と胴体が妹で、尻尾が私の食べるところでした。

量的に私の分が少なすぎると思ったのか、一度、祖母が妹の胴体部分の身を、一つ私に分けてあげるようにと、妹に言ったことがあり、妹は渋々私に身をくれたことがありましたが、妹の記憶では、ずっと自分は皮しか食べさせてもらえず、身は私が全部取って行ってたということになっているのです。

当時の映像が残っていれば良いのですが、残っているわけもなく、私がいくら否定しても、妹は自分の言い分を通すのです。

私の友人たちに、言いふらしたりして、私は無実の罪で捉えられた人みたいな気分です。

でも、つい最近、妹の記憶は捏造だと思う事件がありました。

2年前に亡くなった母の命日を、記憶があやふやな妹から私に確認のメッセージが来たのです。(だいたい親の命日を忘れるか?ということは置いといて)

私は正しい日にちを返信したのですが、妹は間違えたまま、お寺で塔婆を立てて帰ったという恥ずかしいことがあって、その原因が私のせいになっているような不思議なメッセージが後日届きました。

私が間違った日を教えたせいで、塔婆の命日を間違えたという内容でした。

「おかしいなぁ、確か、訂正してあげたはずなのに…」と思って、メッセージの内容を過去に遡ると、私の無実が証明されました。

今回は、証拠が残っていて助かりました。

今後は妹とやりとりするときは、電話とかではなくて、証拠が残るものにしとかないと、いつまた罪人に仕立て上げられるかわからないな、そんなことを思う今日この頃です。

子供の時から、私はすぐ泣く子だった

私の基本性格として、何か事があった時に、「怒る」よりも「泣く」子だったなぁと思います。

大人の不条理や、友達の不条理なんかに、怒るよりも泣いてしまう。

小学3年生の時に、後ろの席で騒いでいた子に、「静かにして。」と言ったら、頭を叩かれた事があって、一瞬、怒りが込み上げたのですが、「この子にもこの子を産んだお母さんがいて、私がこの子に仕返しをしたら悲しむかもしれない。」などと考えたら、復讐する事ができなくなって、悲しくなったんですよね。

叩く子が、そんな子に育ってしまった背景とか、色んなことを子供心に想像してしまって、それに対してなにもできない自分に憤りを感じたりして。

すぐに頭を叩く子っていうのをいなくさせるのには、そういう風に育てる親をいなくさせないといけなくて、そんなこと、子供にはどうすることもできないから、ただ泣くだけだったのだと思います。

子供を叩いたりする親っていうのは、そのまた親から叩かれていたりして、代々チェーンのように繋がっているということがわかったのは35歳くらいの時でした。
それを断ち切るのには、気づいた本人が止めていくしかないということも、その時に知りました。

感情を抑えられない親が叩く=感情を押さえられない子が育つ=貧困や不幸の連続…みたいな図式が出来上がっていくようです。

小学3年生の時には、どうすることもできなかったけれど、今はこうして自分が得た情報をブログで発信できるのだから、大人になって良かったことの1つです。

2016/08/24

犬とテレパシー

犬に向かって、必死で言葉で何か言っても、言うことを聞いてもらえないなと、思ってました。

キーッとなればなるほど、そんな人間を横目で見ながら逃げていくわんこさん…

そんな私でしたが、犬と意思を疎通させるコツを、チェリーという妹の家のビーグル犬を世話するうちに会得しました。

チェリーはオシッコがたくさん出る子なので、道の真ん中とか人の家の前でオシッコをされると困るので、なるべくガレージの端の排水溝にするように仕向けたかったので、毎日、試行錯誤しました。

口でいくら言ってもダメだし、怒ってもダメだし、人間のコミュニケーション方法ではダメだったので、「もうこれは、テレパシーしかないかな。」と、思いました。

でも、テレパシーって、どうやったらいいのか、わかりませんでした。

最初は、声に出さずにチェリーを見て、頭の中で、「ここでオシッコしぃ。」と、言ってみました。

でもよく考えたら、頭の中の言葉で言っているだけで、チェリーにはこれっぽっちも伝わりませんでした。
チェリーも、「何が言いたいんだろう?」という顔をして、困っていました。

ある時、「そういえばスピ系の本とか読んでたら、“イメージがどどっと入ってきた”みたいな表現が出てくるよな。」と思い、チェリーが排水溝の上で気持ちよさそうに排尿している図を頭の中に思い描きながらチェリーをじっと見てみたのです。

そうしたら、あら不思議。
チェリーは私の思い描いた通りの格好で、思い描いた場所でオシッコをしたのです。

それ以来、「犬にはテレパシー」と、私は思っているのです。

きっと、人間以外の生き物は全てテレパシーなのかもしれません。

犬や猫と意思疎通したい方はお試しあれ。

2016/08/21

子供の頃に編み出した健康法

子供の頃は体が弱かったおかげで、自分の体を詳しく観察する機会に恵まれていました。

それで、健康でいるために一番重要だと思っていたのは、「甘いものを食べないこと」でした。

甘いものを食べ過ぎると風邪をひきました。ものもらい(麦粒腫)が出来て、ひどい顔になったこともありました。

夏にジュース(プラッシーなど)を飲ませてもらったあと、すぐに喉が乾いてしまい、水をガブ飲みしないといけませんでした。
だから、夏に一番合っているのは麦茶でした。

この辺りから考えると、インシュリンの出方が悪かったのかもしれませんが、とにかく血液を甘くすると、病気になるということが、わかっていました。

逆に学校をさぼりたい時は、わざとこれをやりました。
でも、息もできないくらいに苦しくなって後悔しましたし、「このままでは喘息になるかも」という医師の話を聞いて、「もう、やーめた」となりました。

そんな感じで、子供の頃から自分の体を、学校をサボりたいとか、親に甘えたいとかで、コントロールしていたのに、大人になってから、このコントロールが出来なくなって、鼻アレルギーで随分苦しみました。

それも、肉を食べるのをやめて、月経過多が治ったら、またコントロールできるようになりつつあると思います。

大人になってからコントロールできなかったのは、今思うと、欲望のコントロールができなかったからだと思います。

子供の頃は、そんなに食べたいと思うものがなくて、特に肉や魚のような腐った臭いのするものが大嫌いでしたし、欲するものといえばチョコレートくらいだったから、健康を保つのには、甘いものを控えるだけで良かったのでした。

大人になって、そんなことをすっかり忘れて不摂生しまくっていたし、感情のコントロールもできなかったことが、アレルギーに繋がったのではないかな?と推察しています。

ということで、こんな話も誰かの参考になるかと思い、書き残しておこうと思います。

2016/08/14

採用前研修の時の思い出

中学の新任教師として採用されて赴任する前に、採用前研修というのがありました。

その時に配属された学校が、同和推進校でした。
被差別部落が地域内に存在する学校は、当時は「同推校」というカテゴリーに入っていました。今はどうなっているかわかりません。

地域を学ぶ意味で、見学したりしました。

確かに他の場所とは違い、建物は古く、狭く、割れたガラスがそのままになっている文化住宅の一室があったりして、バブル真っ盛りの日本の中で、異質な感じがしました。

その中で育った子たちは、初めから人生を諦めていて、勉強はしないし、非行グループに入ったりしていたのです。

採用前の純粋だった私は、なぜか猫に好かれるみたいに、その子たちに好かれました。

それで一生懸命、「諦めたらアカン」とか、「部落でも貧乏でも、とにかく勉強だけ頑張っといたら、何とかなる」とか言ってました。

日本では、国家資格を取るのに貧富の差は無いと思っていたし、弁護士だって医者にだって、頑張ったらなれると思っていたのです。

確かに恵まれた家庭の子に比べたら、それは茨の道かもしれないけど、何もしないで諦めるには若すぎると思っていたのです。

何十年も経ってから、そんな人が実際に現れました。
大阪維新の会の橋下さんです。

あの時に励ました子たちでは無いと思うけど、頑張ったら弁護士にもなれるし、政治家にもなれることは、証明されたとは思います。

そこからもまた茨の道が続くなんて、あの頃の私にはわからなかったけど…

原発を止めると言っといて選挙で勝ったら「やっぱ無理」と言ったので、あの時はガッカリしましたし、それ以来、信用できないと思っていますが、色々なしがらみでああなるしかないのは今となっては理解できます。(全てはお金の世界だしね)

採用前研修が終わって本採用になった中学校は、研修で行った中学校のすぐ近くでした。

ある日、励ましていた子の一人が、卒業後に私の赴任先に遊びに来ました。他の在校生のところに来たので偶然だったのですが、私を見て声をかけてくれて、オマケに「この先生いじめたら殺すど。」と脅してました。
お陰で、私は授業をサボってタバコを吸っている3年生に、おちょくられずに済みました。

「平日の昼間によその中学に遊びに来るって、何やってるの?」と突っ込みたいところでしたが…

あの時のあの子たちは元気にしているのかなぁ。
自分の子には諦めずに済むようにしてくれていたらいいのだけど。
彼も、45歳くらいになっているんだと思うと、感慨深いものがあります。

2016/08/12

「木がいる」派と「木がある」派

よく、街中に、木にLEDの電球をたくさんくくりつけてあるのを見かけます。

私はあれがキライです。

木を見たときに、「木がいる」と思う文化と「木がある」と思う文化があると、誰かがTwitterで教えてくれていましたが、私は「木がいる」派だなと思います。

木を、人間と同じ感覚で考えるから、もしも自分が、電球のついた電線を体にくくりつけられて、夜な夜な点灯されたら、どう思うだろうか?と考えてしまうのですよね。

木は動けないから、黙ってそのまま耐えていますけど、もしも動ける足や、取り払える手があったら、逃げ出したり、取っ払ったりしてるんじゃないだろうか?そう思ってしまうのです。

原発の電気が夜に余るから、街灯はどんどん増えて、夜は明るくなる一方です。

昼に光合成をしている木は、夜は休息しているそうですが、街灯は明るいわ、枝に電飾が巻きついているわで、ちっとも休めなさそうな気がします。

「木がある」派は、木をただの巻きつける物体だと思っているのだろうな。

私は完全に「木がいる」派だなと思います。

2016/08/07

公園や公営住宅の植栽について

大阪市に住んでいるのですが、前からだんだんひどくなっていることがあるんです。

それは、植栽のカットの仕方です。

6月頃に花を咲かせていた低木の植栽(たぶんアベリア)が、真夏に、根っこから25㎝くらいの高さに切り揃えられてですね、植栽の意味を成していないのです。

職場の前に新しく建て直しになった公営住宅。

前は住人たちが様々植えた木や花が、咲き競っていたのですが、建て直しが決まると全部伐採されて無くなりました。

後で、新しく木を植えたのですが、設計図にない木が勝手に生えているのが見つかると、年に一度、容赦なく伐採です。

都会では、木も自由に芽吹くことが許されないのです。

設計図にあって残すはずの木も、あんなに真夏に短く切ったら、枯れるかもしれません。

そういう事をツラツラ考えていたのですが、もしやもしや、伐採の業者と植樹の業者は、同じだったりして。

だったら、植木屋なのにあのようなひどい切り方をする意味が何となくわかります。

早く枯れさせて、新しい木を大阪市に植えさせようとしているのだったりして?

まぁ、これは下衆の勘繰りなんですが、雨も降らない真夏に葉っぱ1枚残さないように切られているアベリアちゃん(勝手に命名)が可哀想で、散歩のたびに見て辛くなってしまう、私なのでした。

2016/08/06

猫は益獣なのですよ

前回の「TNRの行き着く先を思う」から、もっと深く考えていたら、猫は「益獣」なので、犬のように保健所が捕獲して処分できないということを思い出しました。

ダンナがボソッと言っていたと思います。

猫がいなくなると、ネズミが大発生して、ペストが大流行するというのは、歴史が証明しているようです。

それで、野良猫を、犬のように明らさまには処分できないのですが、都会で暮らす野良猫はとても苦労していて、それを見ていられない善意の人たちが、TNRという技を編み出しました。

これ以上、数を増えないようにする代わりに、その場所に一代限り置いてもらうというわけです。

野良猫を助けるために生み出された苦渋の策なのです。

けれど、これ、善意の人の財産を削りながら、野良猫削減計画を推し進めているような気もします。

野良猫が都会から消えたあとは、猫を飼おうと思ったら、お金を出して買わないといけない。そう、今、犬がそうなっていて、日本に昔からいた雑種がどんどん少なくなり、みんなブリーディングされた純血種になって、ペットショップが大繁盛しているようなことが起こってくるかもしれないなと、ふと思いました。

私は野良猫が狩をしながら、ある程度生きていけるような余裕が、都会にあった方が良いと思います。
全ていなくなったら、困るのは都会に住む人間です。

問題は、家の中で飼っているのに避妊去勢せずに沢山生ませてしまい、家が猫地獄になったり、それを避けようと、避妊去勢していない猫を公園に捨てたりして、野良猫を増やすことになっていることだと思います。

そうならないためには、「猫を飼うなら避妊去勢をする」という、法的なことも必要だし、「避妊去勢手術代は低価格でできるような料金にしないといけない」という獣医に対する法的なことも必要だし、さらに言うなら行政の助成が利用できるようにして、その周知徹底も必要です。

野良猫を低価格で手術してくれる病院は増えているのに、飼い猫の避妊去勢手術の値段は上がる一方のようで、そのことを私は心配しています。


いつか技術が進んで、車はタイヤが無くなって、50㎝くらい浮いて走るような近未来に、都会の街並みにはたくさんの緑地帯が設けられていて、家々の軒下には野良猫用の箱に毛布が入っていて、自由に人とともに共存する猫たち。もう野良猫とは呼ばれず、自由猫と呼ばれて暮らす猫たち。

そんな近未来が、日本の都会にやってきますように。

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