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2017/01/22

庭井人の見分け方

私が住んでいるところは、代々古くからこの地で育った人たちと、外から引越しなどで入ってきた人たちが混在しています。

ここにかれこれ腰を据えて20年くらい経つと、地の人たちとも仲良くなって、挨拶をして普通に雑談などもするようになりました。

それで、地の人かそうでないかを見極めようとする時、目安になる言葉があるのに気がつきました。

それは、とても寒い日に、普通だったら「寒いですねー。」と、いう場面で、庭井人は、「冷たいですねー。」と言うことです。

仕事でいろんな人と会いますが、冷たいですねーと言う人は、この辺りでは庭井人しかいないような気がします。

「冷たいですね」というのは、外の地域ではどちらかというと、人間性に対して言うのが普通ですが、庭井人は気候に対して言ってます。敢えて外の地域の人が言うとしたら、「風が」という言葉を前に付けるでしょう。

大和川の付け替え工事で村が分断されて、お上に見捨てられたおかげで、現代の大阪市に残された貴重なガラパゴスである庭井という地が、永遠に続きますようにと願う私です。

耳カット事始めの話

今から10年ちょっとくらい前は、耳カットはまだメジャーな感じではなく、誰も知らなくて、私たちも「そんなん耳カットなんか可哀想やんか。」と言っていたのです。

けれど、野良猫の避妊手術をする人が増えて、避妊済みのメス猫が捕獲されたら、避妊済みの印がないので、お腹を開けて調べないといけないことが何度もあり、「耳カットしてなかったら、可哀想やでぇー。」と言うようになりました。

それで、耳カットをしていこうということになりましたが、やり方がわかりません。ボランティアさんに聞くと、白鷺犬猫病院の院長先生ができるということを聞きました。

それで、白鷺犬猫病院の院長先生とは一面識も無かったのですが、電話をかけて、教えて頂けないかとお願いしました。

院長先生は快諾されて、やり方を電話で教えて下さいました。そのやり方をずっと今まで続けています。

白鷺犬猫病院の院長先生には、頭が上がりません。足を向けて寝られないと書こうとしたら、私は北枕で寝ていて、しっかり足が白鷺方面に向いていました。

私たちも、後から付いてくる若い人たちに、自分たちのやり方を伝えていかないといけないなぁと、思います。

白鷺犬猫病院の院長先生から教わった方法を、ここに記録しておきたいと思います。

耳はリンゲル液で湿らせたガーゼにイソジンスクラブをつけて、泡を立てて汚れを落とし、綺麗になったら泡を取り除く。

耳の下にガーゼを二つ折りにして敷き、さらにイソジンの消毒液を裏表かけて消毒する。

滅菌済みの眼科剪刀で耳先を90°の角度でカットする。(深くし過ぎないこと)

※眼科剪刀は、不要になったドレープをハンカチ大に切り、それに包んでオートクレーブに器具と一緒に入れて滅菌しておくと便利です。

クイックストップという血止めの粉をかけて、二つ折りにしたガーゼを挟み込み、洗濯バサミで留めておく。

避妊去勢後に、洗濯バサミを外し、イソプロピルアルコールを浸ませたガーゼでクイックストップとイソジン消毒液を、そっと落とす。(強くすると出血することがある)

以上。

血を止めるのに、焼きごてを使う先生もいるらしいと最近知りましたが、ちょっと怖くて使ったことはありません。今のやり方が気に入っています。

耳カットがわからなくて、野良猫の避妊去勢を断っている若い先生がもしもいたら、参考にして下さい。

2017/01/20

結婚式に着ていく服の話

私が若い頃はバブルの真っ盛りでした。みんな服装が派手で、色も派手でした。

結婚式に着ていく服は、場を盛り上げるために、友人女子は、華やかな彩りを与えるパーツのような扱いで、振袖か華やかなドレスを求められ、地味は御法度だったのです。

少し前に結婚式に呼ばれることがあって、当然のごとく、派手な色の着物をリフォームしたドレスで挑みましたら、他の招待客がほとんど黒かグレーの洋装で、私だけ目立ってしまって、恥ずかしかったのでした。

結婚式なのにお葬式みたいに、みんな黒いんです。

いつからこんなに目出度い席でも黒い服で行くのが常識になっていたんだろうか…私は浦島太郎になった気分でした。

結婚式は派手に行きましょうよ。
その方が景気も良くなりますよ。(知らんけど)

猫が母親みたいな存在だったと思う話

高校生の時に両親が別居してしまって、父は仕事と遊び(付き合いでということになってる)に忙しかったから、私にとって、身近にいる大人のモデルは祖母くらいしかいませんでした。

他にモデルになる人をみつけたくても、付き合いが希薄で、コレだ!という人物がいなかったのです。
それで、ドラマの登場人物だとか、小説の主人公とか、「誰かおらんのかい!」と、探し回ってましたが、みつかりませんでした。
なぜって、現実に生きていないし、本物ではないからです。

その頃、フラウボウという名の猫を飼っていて、その猫がとても賢くて、その猫を観察することによって、私は生き方の手本とした部分が多々ありました。

フラウボウは現実に生きていて、日々獲物をとったり、泣いている私を慰めたり、仔猫を産んで育てて見せたりしたからでした。

フラウボウは、いつも動じることがありませんでした。
「よく観察する」をモットーにしているみたいでした。
それから、「君子危うきに近寄らず」もモットーにしているようでした。

落ち着いて観察するために、そーっと人目につかない場所に隠れたり、高いところに素早く逃げたりするのが上手でした。無駄な喧嘩はしませんでした。けれど、いざとなれば、ハッキリ「否」と意思表示ができるのでした。

毎日獲物を獲るので、人間を頼らずとも生きていける猫でした。

ハエが家に入ったら、もう命はありませんでした。壁にとまったところを、バシッと両前脚で捕まえてしまうのでした。ゴキブリもそうでした。

フラウボウの自由を尊重するために、私は嫁に行く時にフラウボウを連れて行きませんでした。
婚家にはシェルティーを室内飼いしていたし、猫を連れて行く嫁も変かなと思ったからでした。
婚家は北陸の地方都市にありましたが、街中にあり、大阪の私の実家の方が当時は自然が残っており、フラウボウにとっては住みやすそうでした。

でも、新婚旅行から新居に着いた途端に、「もうフラウボウと暮らせないのだ」ということがヒシヒシと感じられて、新婚早々、落ち込みました。その日は曇り空の日で、車で家の前に着いた時のドヨーンとした気持ちは今でも忘れられません。(笑い話ですけどね)

もちろん、周りに生き方のモデルにしたいと思う人もいませんでした。

「自分は、新郎よりも猫の方を愛していたのだろうか?それなのに特急で3時間もかかるところに嫁に来てしまったのだろうか?」そんな疑問が心に渦巻いたりした、20代でした。

思えばアホな20代だったなぁと思います。

でも、私はフラウボウが生き方の先生で良かったなと思っています。今となっては化粧もしない少し変わったおばさんですが、それは、半分猫が入ってるからなんです。

2017/01/13

寒さを痛みに感じる

歳のせいなのかと思っていたけど、どうやら免疫も介在している可能性があるのでメモっとこうと思います。

先日、腹を立てて乾癬になったっぽいという話を書きました。
それと同時に私の体に起こっている異変があるのです。

それは、冷たいと感じるべき時に、痛いと感じてしまうことなのです。

痒みと痛みはよく似ていて、紙一重のような感覚だったと思うのですが、wikipediaでもそのように説明されていました。

乾癬で、痒い痒いと思っている時に、同時に左手首の外側の出っ張り(尺骨茎状突起といいます)に水道の水が当たると、普通は「冷た!」と思うところが、「痛!」と思うようになっていたんですよね。調べたら異痛症と言うそうです。

どうも、異常に痒みを感じたり、冷たいを痛いと感じるのは、神経繊維が何かに侵食されたりしているのではなかろうか、と、勝手に思っているわけなんです。

西洋医学でも、現段階ではまだ研究途上のようですが、ググってみると、マスタードやニンニクに反応する受容体と関係有りだとか。
わずかな寒さを「痛み」として感じる理由

私のように、体全体が何かのセンサーみたいに敏感な人は、この受容体の閾値が低いのかもしれません。

でも、なんで乾癬と異痛症なんだ?
痛みを感じる神経繊維が自己免疫によって変になってしまうと、こんな風になるのだろうか?
私が言えるとしたら、やっぱり心の状態とストレスが病気の原因なんだろうなということです。

それとも、家の中を巡っているWi-Fiの電波でなっているのだろうか?
その二つともが原因となって発症したのだろうか?

そんなことを考えています。

2016/12/25

暗闇で光を探してるモヤシのようなもの

ふと、「なんか私、モヤシと一緒やなぁ〜。」と、猫のトイレ掃除をしていて思いました。

モヤシは、暗闇の中で発芽して、わずかな光を探して伸びていった結果、あのような姿になっているのだけど、実はこの世界は暗闇で、人間も、わずかな光を探してる存在なのではないだろうか?

アナスタシアの本を読んでると、元々は、この世界は暗闇ではなかったんだけど、人間がこんな風にしていってしまったと。

お金を持っているもの勝ちみたいな世の中。

不憫な野良猫につぎ込んで、猫貧乏な人をみると、「お金に縛られて、真っ暗闇じゃあござんせんか。」と思うし、経営をしていると、借入金の返済に追われていて、「まるでお金という鎖に繋がれているみたいだ。」という光景が繰り広げられているのですよね。

そういう意味で、太陽は空で明るく輝いているにも関わらず、心象世界は暗闇の人が多くて、救いを求めて宗教にハマったり、お金集めに忙しかったりして、その先に光があると思って必死になっている、みたいな。

お金が関わると、どんな善行も悪行に変わっていくのを目の当たりにするし、自分が得をするように他人をコントロールするようになって、嘘ばかりつくようになっている人もいるし、それって、お金が光では無いことの証左のように思えます。

だから、本当の光って何だろう?と日々、自問することは大切だなぁと思います。

植木屋と同じだったんだ

前々回、「自然から離れた人間がいる限り」という題で、自然と人間のことを考えていました。

私は毎日、「神様が作った猫の種」を断種する行為を繰り返しています。

それは、人間間のイザコザを回避するために、必要悪のような行為です。

自然が無くなった世界で猫が生き延びるためには、心の優しい人間からの施しが無いと生きていけない。
けれど、施しがあるために、自然界ではコントロールできていた出生数をコントロールできない。
だから、人間が、避妊去勢してコントロールする。

これが、今、私がやっていることで、少しでもレベルの高い手術を低価格でしてあげたい気持ちで、毎日ヒイヒイ言いながら、やっているのです。

これを、植物に当てはめてみたら、植木屋さんなんですよね。

人の住む家に庭木を植えると、枝が伸びたりして、家を覆い尽くしてしまったり、道路に突き出てしまう、それを剪定して整える仕事。

要は、人間が自然から離れているために、人間の住む世界を住みやすく維持するために出来てきた職業なのです。

自然を壊しておいて、猫が邪魔だから、捕まえて殺すということは、しまいにバチが当たりそうだから、なんとか折り合いをつけるためにやっている行為。

「あ、そうか、植木屋さんと同類だったのね。」

そう思ったら、少し気持ちが楽になりますが、本当は、もっと自然を取り戻したい。
猫が自分の食べるものを自分で調達して、人間は、雨風の当たらない縁側を提供していた、50年くらい前の状態まで、戻らないかなと思っています。

友人から聞いた話から

私は鍼灸師なので、鍼灸師の友達と話をする機会があります。

私自身は息子の専属みたいになってしまって、今は能力を最小限しか使っていないけど。

友人によると、幸せそうな大人しい奥様に、とてつもない怨念のようなものが体に詰まっていることを感じることが多いそうです。

友人の友人がサイキック能力がある人で、その人も、「百会に鍼をすると、そういう奥様から、白い何かが頭から噴き出して、それを上手によけないと、その後一日中、体調を壊して何も手につかなくなる。」ということでした。

友人の考察では、家庭を維持するために、自分が諦めたもの、夢、そういう「後悔の念」が、邪気となって残っていて、それが身体に不調をきたす病気という症状になると。

「ははぁ、わかるわー、この前、私も体に痒いのができて、そんなことを考えてたところだわ。」そう思いながら、興味深く話を聞きました。

私の体験談を話して来るのを忘れたなぁ…今度、教えてあげようかな。

幸せそうな大人しい奥様。

私は大人しくないし、お金持ちでもないし、腹が立ったらダンナにぶちまけているので、逆に私に口答えできないダンナの百会に鍼をすると、何が出て来るのかコワイです。

ダンナの百会から邪気を抜いたら、どうなるのか試してみたいなぁ〜。

2016/12/20

自然から離れた人間がいる限り

福岡正信さんは、一度枝に人がハサミを入れたミカンの木は、ずっと人が世話をし続けないといけない事を、観察から知ったと本に書いてありました。

猫も、人の生きる場所で生きて、人から食べ物をもらうようになった時点で、すでにそれは自然から離れてしまっているので、人が管理し続けないといけないことになっていると、世話をしていて気がつきました。

人間の住む都会で、野良猫のTNRをなぜするかというと、ハサミを入れたミカンの木と同じ原理なのだなぁと思います。

もちろん家で飼う場合はなおさらで、避妊去勢を必ずしておかないと、まぁ早晩メチャクチャになります。

餌やりやTNRに反対で、殺処分派の人もいるのだけど、根本的に解決しようと思ったら、人類が消えないとダメだろうなと、最近思います。

全員いなくなれば、問題は無くなりそうな予感。

私はどちらかというと、猫から自然を奪った人間が悪いと思っていて、今生きている猫を殺処分だなんて反対の立場です。

ミカンの木と同じなのだから、最初から最後まで人間が世話をするという十字架を背負わないといけないのじゃないかと思っています。野良猫にしろ家猫にしろ。

でもでも、本当にこの十字架は重い。
大自然に任せていたら、何もしなくても綺麗に片付くウンコ掃除も大変だし、時間もお金も奪われていく。

でも、人間が存在していて、今のような生き方を続ける限り、そばにいる動物たちの世話と管理をしないとダメで、それをしないで手っ取り早く邪魔なものを消したらいいというのは、身勝手すぎるだろうなと。お天道様に顔向けできないなと思うわけです。

こんな生き方を、人間たちがやめていく方向に向かえばいいな。

今の人間たちが、もう少し自然に寄り添う生き方はできないものだろうか?

しまいには、増えすぎた人口をなんとかするために、ガンダムみたいに人類が宇宙にコロニーでも作って移住して、地球は大自然のゆりかごのまま残すしかないのだろうか?(ああ、そうなると動物たちも植物たちも万々歳だ)

それよりも頭の賢い人たちが、勝手に人類削減計画をするのだろうか?(一般ピープルは知らぬが仏で早死にをする)

あれれ?だんだん妄想になってしまった…

とにかく、電線に四角く区切られた空を見上げて、一等星くらいしか見えない夜空をみて、私は時々泣きたくなるのです。



2016/12/16

ムカイ君の話

中学校の時の同期で、生徒会長だったムカイ君。

お隣の奥さんが、ムカイ君と中学校は違ったけれど、同じ塾にかよっていたということで、消息を尋ねられたことがあったんです。

初恋の人?

でも、同期の知り合いの子も、先生も、みんなあまり知らないのです。

「死んだんちゃうかったっけ?」とか言われたりして。

何で死んだのかわからないし、ただ、死んだんちゃう?みたいな。

そんな話、お隣の奥さんに言えなくて、10年も答えを放ったらかしにしている私です。

まるで、違うタイムラインに移動して帰ってこない人のように、ムカイ君は、消息不明です。

死んだの?
何で?

別に気に留めていなかったムカイ君でしたが、お隣の奥さんに尋ねられて以来、「ムカイ君はどこ行ってしもたんやー!」と、時々、トイレの中とかで叫ぶほどではないにしても、思います。

«ワンランク上の慈悲の心

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