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2017/05/19

「グレたろか!」と思ったら

前にも書いたかもしれないけど、トシのせいで忘れてまた書きます。

子供でも冷静に判断できたら非行に走らない

親が不甲斐なくて、頼りない、もしくは自分勝手で、ちっとも子供の心を察してくれない。

そう感じた時、「グレたろかー!」と、中学生くらいだったら思うかもしれません。

私も一瞬思ったことがありました。

「自分をわかってもらいたくてグレる。」というのは、成功率が低いので、やめておいた方が良い、というのが私の結論です。

身勝手な大人に、何をやったところでわかってもらえないし、反省もしてくれないし、自分が傷だらけになる確率大です。

私は異様に冷めた中学生だったようで、感情に任せてグレても損だから、とりあえず勉強したり本を読んで、「自分を磨いとこ。」と思ったのでした。

一度イジメられかけたことがあり、グレるとなると、自分をいじめようとしたグループに入らないといけなくなるというのも、グレるのをやめた理由だなと思います。

イジメられそうになって良かった。

当時は恐くて悲しい経験も、40年経ったら、良かったと思うなんて、人生って面白いものだなと思います。

グレるより、猫と遊ぶ方が楽しかったし、やはり猫は私の守護神かもしれないな、とかなんとか。(そこまで言うか!)

まぁ、とにかく、グレるよりも、本を読んで、猫と遊んどいて良かったなと、私は思います。

逆に親の立場で、子供がグレだして心配な時は、自分の在り方を少し反省することもあるのです。

もしも心当たりがあるのなら、直す努力をして背中を見せるのも大切かと思います。毒親という言葉もあるようですし、子供が変だ変だと思っていたら、原因は自分だった…みたいなことも多々あるようです。

これからグレようか迷ってる人がいたら、このブログを先に読んでからにしてほしい、私です。

2017/05/17

前世が西太后だと思って得すること

気に入らない政治家などがいた場合に、「西太后が前世」だと思えば許せる気持ちになるのが不思議です。

西太后は、負ければ賊軍で、後世では悪い悪い女支配者ということになってますが、本当は動物好きの私みたいな人だったと思っています。

西太后だって、やりたくて部下のお仕置きなんかしていたわけではなくて、そうしないと統制が取れなかったからだと思うのです。

今、人を騙すようなアコギな商売をやっている人も、美しい国とか言いながら戦勝国の言いなりになっている政治家も、何となく波に乗っていたらそうなってしまって、自分ではどうすることもできないと考えたら、「まぁ、可哀想に。前世の私みたいやわ。」と許せてしまうから不思議です。

「猫の世話が大変やわ、しんどいしんどい。」と嘆いてみますが、もしかして前世では、「動物の世話を人任せにしないで全部自分でやりますから、今度生まれ変わる時はフツーの一般ピープルに生まれ変わらせてください。」と祈っていたかもしれません。というか、祈っていたような気がします。

まぁ、こんな空想をすることで、許せない人も許せてしまうのであれば、それもアリかなと思います。

2017/05/15

お金って悪魔の発明だと思います

何度か、ブログで嘆いたこともあると思いますが…

この世の中で、どんな美しい心根から発した行いも、継続するためにお金が必要で、それを得るために、「美しい心根」から「輝き」は消えていき、だんだんと白からグレーになって、しまいには真っ黒になってしまう…

お金だけが原因ではなくて、そこに、「もっと〜したい。」という欲が入り込むと、そうなる確率が高いのです。

「もっと〜したい」と思ったら、それがどんなに良いことであってもお金が必要で、お金がないと回らない世の中なので、お金を得るために、嘘をついたりするようになってしまう。

まわりを見渡して当てはめてみると、全部と言っていいほど、そういう仕組みにガッチリはまっているのです。

人道的な活動も、手を広げるとお金がたくさん必要になっていく。お金を得るために、募金を集めるようになって、助けたいという気持ちが強いほど、集めるための嘘が大きくなっていく。

心根が美しい人たちが始めたことに、善意のお金が集まるのをみて、貧困ビジネスやら動物愛護ビジネスやら、何でもかんでもビジネスになってしまう仕組みなんです。

つい最近では、宗教法人を隠れ蓑にして、建築で出てくる残土を、河内長野市の山の中に捨てていたというのをニュース番組でみました。

法人格における「寄付」とか「お布施」は徴税の対象にならないから、濡れ手で粟のウハウハだとかなんとか。

動物愛護の世界にもそんな悪い人が出てきたみたいで、困っている人を助けているふりをして寄付を募り、濡れ手で粟のウハウハをやっているらしいとかいう噂も聞きました。

まとめると、欲を出すとお金が必要になるシステムが発動して、心根が美しいものだとしても、汚れていく。

自分にできることは、欲を出さないで、できる範囲でコツコツとやっていくことであり、私に関して言えば、動物病院を大きくしない、猫の数を増やさない、家の前の植木鉢も増やさない、そして、限りなく白に近いシルバーグレーを目指すといったところじゃないかと思います。

白から黒に至るグラデーションのどの辺りに自分がいるか自問しながら、大人しく生きていきたいです。


2017/05/03

始まりは風邪

猫の慢性的な病気の多くが、風邪か細菌の感染症の後で起こっている気がします。

特に慢性腎不全、糖尿病、甲状腺機能障害(亢進症、低下症)。

この三つは、三大細菌感染後発症病と名付けても良いくらいだと私は思っています。

「風邪は万病の元」と昔の人は言ったらしいですが、これ、本当だなと、猫を見ていて思います。

猫はストレスに滅法弱くて、環境の変化が一番大変そうです。「猫は家につく」と祖母が言ってましたが、それは、環境の変化を嫌うからだと思います。

ストレスと、風邪またはケガによる細菌感染をダブルで受けると、猫は上記の自己免疫が関わっていそうな三大疾病や、自己免疫の不調からくる口内炎を発症しやすいと、私の猫歴史が語っています。

メス猫は喧嘩をしないので風邪が多く、オス猫は喧嘩をするのでケガから免疫の異常が起こってくる確率が高いようです。

人間も、風邪引いた後にリウマチになったとか、エリテマトーデスになったとか聞きますが、私の、「乾癬じゃないか」と思っている案件は、やはり高熱を出した後に起こったような気がします。

2011年の5月に高熱が出て、背中に赤い皮疹が出てました。近所の町医者は「りんご病かなー。」というくらいで、抗生剤も効かない上に下痢をしてしまうので、使えなくて、諦めて寝ていた、あの高熱。

今思えば、子供の頃に罹った川崎病と似ていたかもしれません。
熱と共に、皮疹、後頭部の顔面神経の出てくる辺りの激痛、それが終わると全身の関節が痛んで歩けない、などなど。

こんな時にも猫たちの世話と犬の散歩をしていた私は、偉かったなぁ…自分にご褒美をあげないと。

今、たまに乾癬かもしれないと思う症状はあっても、怒りを鎮めると引っ込んでくれているので、このままそっと死ぬまで寛解状態でありますように。

とにかく、細菌感染からくる高熱には気をつけないといけないということ。

けれど、やみくもに熱冷ましの薬を使うと、ウイルスが跋扈して、ウイルス性の髄膜炎になったりするので、そこが難しいところです。

人間も猫も、「風邪=万病の元」という気持ちで、普段から不摂生をしないように気をつければ良いという話でした。

(ちなみに今の私は不摂生の権化みたいな生活…)

2017/04/25

東京都のディーゼル規制とカラスの話

花粉症について、実はディーゼル車から出る排気ガスがかなり悪さをしていて、手入れをされていない杉山の大量のスギ花粉に、ディーゼルの排気ガスの粉末が付着して、アレルギーを増幅させているらしいという新聞記事が昔、ありました。

確かに、私の場合、花粉の時期に、空気のきれいなところに旅行すると、周りに杉が生えていても、花粉症になるどころか、治っているのです。

ところが大阪に近付くにつれて花粉症が再発し、家に着く頃には元に戻って鼻で息が出来なくなっているのです。

石原都知事時代に、そのことを石原さんが知ったからかどうなのか、東京都からディーゼルエンジン車が締め出しになったと、これも新聞で読みました。

それはまぁ、良いことをしたなと思ったのですが、締め出されたトラックが足止めを食らった周りの県は大変だったようだと後で知りました。

石原さんはまた、カラスが増えて困ったからと、カラスの駆除を積極的に行ったと記憶しています。

「何だか後でバチが当たりそうだな。」と、思っていたのを覚えています。

自分は命令するだけだから、あまり心痛まないかもしれないですが、させられてた職員さんは、大変だったろうと思います。今でもやっているのだろうか?

私が住む大阪は、カラスはいるにはいるけれど、ゴミを荒らして困ることは少ないのです。何でかな?と思って考えてみたら、業務で出るゴミや、マンションのゴミは、民間のゴミ収集車が夜中に回っているので、カラスの飛んでいる昼には、レストランなどから出る食べられそうなゴミは無いのです。

あるのは家庭用のゴミで、こちらもネットをかけたり、袋の中に新聞紙を当ててゴミを見えにくくしたり、生ゴミの匂いがしないように工夫した出し方をすれば、あまり害は無いのです。

東京都は業務用のゴミの収集が、もしかして朝なのだろうか?

もしそうだったら、そこら辺を改善したらいいと思うけど、東京に住んだことがないのでわからないですが…

それと、ディーゼル規制の話に戻すと、杉山の手入れがされるように手を打った方が、効果は倍増しそうですね。

山が実のなる木で一杯になれば、熊もカラスも荒らしに来ないかもしれない…あと、ゴルフ場だらけなのも、何とかなればイイですね。

ま、私には関係ないんですけどね。

大阪もディーゼル規制、してくれたらなと、ちょっと思いました。

追記

大阪はどうなっているのだろうかと、ちょっとググってみたら、今年(2017年)の3月29日から、ディーゼル規制となったようです。
遅ればせながら、大阪の空気も綺麗になる日が来るのかと、ちょっと期待します。

2017/04/14

おばあちゃんの幼稚園通い

私はとても人見知りの強い子で、幼稚園に行くのが嫌で、毎日泣いて、おばあちゃんを困らせました。

母は家計を助けるために働きに出ていたから、幼稚園の送り迎えは、おばあちゃんの仕事でした。

あまりにも私が行きたがらないものだから、半年くらい、おばあちゃんは私と一緒に登園して、幼稚園のクラスの隣の空き部屋に座っていたのです。

私が不安になって、木で出来た可動式の壁を叩くと、おばあちゃんがトントンと叩き返してくれて、その音を聞いて安心するという按配。

そんな毎日を繰り返して、やっと慣れてきた頃に木琴事件が起こって、私はその後川崎病に罹り、1ヶ月くらい幼稚園を休みましたが…

やっとこさで一年保育の幼稚園を卒業して、小学校に入学した時も、私としては大変なストレスでした。

一人でランドセルを背負って登校するなんて、青天の霹靂みたいな。

それでも、家から学校まで田んぼしかなかったから、家を出たところの道の角で、おばあちゃんが、私が学校の門に入るまで、立って見ててくれていました。

泣きたい気持ちだったけど、おばあちゃんを心配させてはダメだという気持ちから、勇気を奮い立たせて学校に向かった私です。

おばあちゃんは子供の頃に、ろくに学校に行けなかったから、平仮名と数字くらいしか書けないことをいつも悔しがっていたので、それを見ていたせいもあってか、私は大学では国文科に進み、ついには国語の先生になってしまいました。(すぐ辞めたけど(°▽°))

何が言いたいかというと、無学で、大した肩書きも何もなくても、精一杯の愛情で知恵を絞り、私のような育てにくい子でも無事に育ったということが言いたかったのです。

育児書など、全く読めなかったおばあちゃん。ただ、仏壇の前で祈ることくらいしかできなかったけれど、「愛を込めて生きる」ということには特化していたなと、今となっては思います。

2017/04/11

野良猫のカテゴリーはイエネコ

都会で、狩をせずに生きる野良猫のカテゴリーは、「イエネコ」だと、書かれたコラムをみつけました。狩をして生きる猫は「ノネコ」というカテゴリーになるというのです。

野良猫に餌をあげるのは違法? 法律や飼い方、地域猫活動を解説」

全く関係ない話かもしれないけど、人間も、「イエヒト」と「ノヒト」があるとすると、自然の中で生きることができない人たちは、完全に「イエヒト」カテゴリーで、アナスタシアみたいな自然の中で生きることができる人は、「ノヒト」だよねっていうことになります。

もしも、イエヒトが住む家もなくなり露天に放り出されたら、ホームレスということになり、それは即ち、野良猫と同じ立場っていうことですよね。

そうなったら、人の情けだけが頼りになるのでしょうか…

周りに自然がたくさん残っていたら、まだノヒトスキルを身につけておくことができそうだけど、大都会ではとても無理かも。

ノヒトになりたい…

野良猫もノネコとして生きることができたなら、野良猫問題も解決だったりして。

結局は、「人間が自然を壊したからこうなったよね」という結論に、また辿り着いてしまうのでした。

2017/04/09

呼吸できる幸せ

鼻詰まりでも呼吸できないし、貧血になるといくら呼吸しても酸素が足りない。肺がしぼまない病気になると、息が吐き出せなくて苦しむ。

人は、その苦しみを体験しないとわからないから、体験している人の痛みや苦しみを理解できない。

そういえば、ダンナはずいぶん前から嗅覚がやられていたようで、多頭飼育で、「家の中が動物園みたい。」と言って嫌がる私の気持ちを、ついぞ理解することはなかったなぁ…

話を元に戻そう。タバコを吸うとCOPDといって、肺がしぼまない病気になる人がいる。タバコを吸わなくても、吸う人がいる職場に長くいたりすると罹ってしまうらしい。そんな人を知っている。

「副流煙で肺ガンになったのかな?」という人もいた。本人はタバコを吸わないのに肺ガンになってしまうなんて、残念で仕方がなかったろう。

息をたっぷり吸い込んで、体が酸素をたっぷり取り込めていたら、人は幸せだと思うけど、私はタバコの臭いが立ち込めていたら、深く息を吸いたくないし、嫌な気分になってしまう。タバコを吸う人は、私の幸せを踏みにじっていることを覚えておいてほしいな…(知るか!そんなこと!と突っ込まれそう…でもバチが当たるかもよ?)

都会ではタバコ以外でもディーゼル車の排気ガスのにおいを吸いたくなくて、息を止めたり、少しだけ吸ったり呼いたりして排気ガスを吸い込まないように凌ぎながら通り過ぎたりしているから、入ってくる酸素の量が多分少ない。

空気のきれいな、星がよく見えるところに、次に生まれ変わったら生まれたい。ただし、木として生まれたい、そんな事ばかり考えてしまう私です。

とにかく、息ができるだけで有難いことで、色々悩むことは、何の足しにもならないと思うけれど、人は空気を汚して息もできない世界を作っている。それでも、汚い空気でも、鼻も詰まらず、たくさんはきだせて、吸ったら酸素が行き渡る体であるということは、とりあえず福音に違いないなと思います。

まぁ、「良かった探し」ですわ。



2017/04/08

サッカー少年のお父さん

「どうせでけへんくせに。」と、サッカー少年のお父さんは、言いました。

私は犬の散歩をしながら通りがかって、「あれ?このお父さん、何しにサッカークラブに子供を通わせてるのかな?」と思いました。

サッカー少年は、友達と二人で自宅の前でサッカーボールを足でリフティングする練習をしていて、その友達に、「今から100回連続に挑戦や!」と言っていたところだったのです。

そこへ、威丈高なお父さんが家から出てきたものだから、少年は急に縮こまり、「なんか緊張してきた…」と言い出しました。

「あーあ、たぶん失敗するやろうなぁ。」と思いながら通り過ぎて、少年が可哀想になりました。

でも、その少年は、自分がお父さんにされていることを、弟にやっています。弟に対して同じような威丈高な態度で意地悪をします。

これも少し前に犬の散歩をしながら、みていたのでした。

「どうして弟をいじめるんだろう?」と思っていたら、お父さんにいじめられてたのか。

お兄ちゃんにいじめられた弟は、幼稚園や学校で、自分より弱い友達に同じことをするかもしれない。できなかったら心を病みそう。

そんなことを、私はついつい思ってしまいます。

イチローのお父さんは、イチローにそんな風に接していたのだろうか?イチローは何くそと思って頑張ったから、あんな風になれたんだろうか?

ちょっと調べたくなりました。

2017/04/01

鳥頭という考え方

三歩歩いたら忘れてしまう「鳥頭」というのを最近観たドラマで知りました。

嫌なことがあっても、三歩歩いたら忘れるって、楽なのかもしれない。

母は、昔、自分が受けた仕打ちをずっと覚えていて、長い間、腹を立てては血圧が上がったり首肩が凝ったりしていましたが、認知症になってからは、徐々にキレイさっぱり忘れていき、最後には何も覚えていませんでした。そして、「肩凝れへんわー。」と言ってました。

認知症なんていう、そんな大変な思いをして忘れるよりも、日頃から三歩歩いたら忘れてしまう鳥頭でいた方が得なのではないかと思う今日この頃。

自分が三歩歩いたら忘れるおバカさんのお人好しだから、そういうことを言って正当化しているだけとも言えますが。

生きものたちは、今その時を生きていて、昔のことを思い出して苦しむのは人間だけ。

だから、その辺を楽しそうに飛んでいる雀や、日向ぼっこをしている野良猫や、おやつに目を輝かせている犬の爪の垢でも煎じて飲むくらいの気持ちで、「鳥頭」になって、今を生きればいいのではないかと、私は思います。

«今の女性社員は大変なんだなぁ

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