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2017/12/05

植木屋さん受難の時代

神戸のメリケンパークのクリスマスツリーのことで、どうしてプラントハンターさんはあんな事をしでかしたのかと考えたんです。

年齢が38歳。
あー、調子に乗ってやらかす年やなー。

オバちゃんは、今までに周りの男たちが40前後でやらかすのを見てきたから、わかります。

天狗になってしまって周りが見えなくなり、エゴの塊みたいになって突き進む年頃よねぇ。それで、専門家によると樹齢300年くらいあるらしい木を神戸開港150年記念なので樹齢150年と偽ってイベント考えついたのか…

話が変わって、最近、植木屋さんって受難の時代かもしれない。特に都会では、家を新築しても庭に木を植えなくなったような気がする今日この頃。

玄関先にはマイカーを置かなくてはいけないから、植木を植える場所もなくなったし、仮に木を植えたとしても、人々は高枝切りバサミを購入して植木屋さんに払うお金をケチるようになっている(ような気がする)。

だから、生き残った植木屋さんは、公共の公園などの木の手入れをしたり、マンションやビルのシンボルツリーなどの手入れをさせてもらったり植え替えたりするくらいしか収入がなくて、結構厳しい状況なのかもしれない。

そう考えると、近所の公園の木の剪定が、「あれでは木が弱るやろ。」と思えるような強剪定なのは、わざと弱らせて伐採して、材木として売れる木は売って、新しい木を植え替えさせてもらおうと、お金に困っている植木屋さんが画策しているのかもしれないなと勘ぐったりして。

大阪市のシステムがどうなっているのかよくわからないから、あくまでも想像しているだけなんだけど…忙しいからいちいち確かめていられないし。

その中で、自意識の強い、丁度やらかす年齢のプラントハンターさんが、一儲けをしたいばっかりに罪のない樹齢300年のヒバを引っこ抜いてきてしまったのかなぁ。

まぁ、大変ですね、お金お金って。

金がないのは首がないのと同じって言うけど、あんまりお金に執着しすぎたら、不幸の始まりになってしまいそう。

猫が飼える家に住めて、毎日ご飯が食べられたらそれでいいけどな…
その上あれも欲しいこれも欲しいと思ったら、結局は金の亡者みたいになって、何のために生まれたのか、生きているのかわからなくなると、今回のことで思いました。





2017/12/03

監獄の惑星

ネットサーフィンをしていたら、「エイリアンインタビュー」という本の感想を述べているブログを見つけて、宇宙人好きの私は、「えー?何々?宇宙人にインタビュー?」と思って読んでみたら…

どうもロズウェル事件で捕らえられた宇宙人に、女性の軍関係者がテレパシーで質問に答えてもらったとかいう内容でした。

詳しくは、本を買って読まないとダメなのですが、読んだら鬱になりそうで怖くて決心がつきません…

だって、その本には、「地球は監獄惑星」って書いてあるんですって。

この美しい地球を監獄の惑星にしてしまうなんて、ひどい宇宙人がいたもんだと思いますが、罪を犯した宇宙人の魂を地球に送り込んで、人として転生を繰り返させて地球から出られないようになっている云々。

ええ〜っ!そんな殺生な。

もしかして、そのせいで欲にまみれた人たちが、自然を壊して回ってるの?
元々、きれいな心で生きていた原住民たちも、罪人の宇宙人にずるいことをされて心が傷ついて、アダルトチャイルドになってチェーン現象が起きて、罪人を量産してるんじゃないの?

まだ読まないうちから妄想が爆裂中です。

ああ、どうしようかな?
怖いもの見たさもあるんだけど。

アナスタシアの内容と合体させたら、ヴェド文化の中で平和に暮らしていた地球人の中に、罪深い宇宙人を転生させて、地球をめちゃくちゃにしている悪の宇宙帝国があるということになるんだけど。

Kindle版もあるらしい。安いからこっちでもいいかな。






2017/12/01

三つ子の魂百まで

私の子供の頃、子供を育てるに当たって、近所の若いお母さんたちは井戸端会議で、「三つ子の魂百まで」というコトワザを話していたような気がする…

でも、どうやらその意味を穿き違えていて、“子供がワガママを言ったら、絶対に聞いてはならない。その時は厳しく叱りつけて、二度とワガママを言わないように躾ける”という感じのことを言ってたと思います。

小学生の私は小耳に挟みながら、「こわいな。」と思っていたような気がします。

この昔のお母さんたちの解釈は、完全なる間違いで、そんなことをすると、「子供の頃の記憶が無い」というようなアダルトチャイルドを作ってしまうようです。

私には甘やかしてくれる祖母がいたから、あまり被害に遭わずに済みました。それでも一度、夜に家を追い出されるようなパフォーマンスを父にされて、母は見て見ぬ振りをするし、祖母はオロオロするばかりで、子供の私の心はいたく傷ついて、「どうしてこんな暗黒の世界で生きていかなくてはならないのだろう。」といった絶望感で一杯になったことがありました。そのあと、川崎病になって死にかけたから、それ以来、私を家で厳しく叱る人はいなくなりましたが…

話が逸れましたが、3歳までに子供を厳しく叱って育てるということは、とても頭の悪い育て方で、子供は大人になっても心の傷が残っていて、自分の要求を他人にすることもできないし、自分らしく生きることもできなくて、一生苦しんで生きるようなのは、周りを見てきたからわかります。

そういう育て方は、創造的な才能を生かして自由に生きる人生を奪い、ただ、毎日あくせく働いて年をとって死ぬだけの人生を作り出し、さらに自分がされたことを正しいと思い込んで子供にするから、そういう奴隷人生を送る人間を生み出し続けることになるのだろうと思います。

そういえば、私が子育てをしている時も、近所の主婦たちは井戸端会議で同じことを言っていたし、歴史は繰り返されていて、これもこわい話だなと思います。

若いお母さんたちは気をつけてほしいと思うので、ググっても見つからないかもしれないと思いつつ、ここに私見を残しておきます。


2017/11/25

あすなろの木

富山県氷見市の山林に生えていた樹齢150年の「あすなろの木」を、プラントハンターなる人が引き抜いて、神戸のイベント会場に移植したというニュースを知りました。

写真では、注連縄が巻いてある「あすなろの木」は、根っこごと引き抜かれて、神戸のクリスマスイベントでクリスマスツリーになるという話。

樹齢150年だろうが何だろうが、集客や集金のために殺される図式は、神をも恐れぬ行為のように思えたし、注連縄なのにクリスマスという、何とも変な組み合わせが、まさに「お金のためなら何でもあり」みたいで、私は嫌な気分になりました。

寒い季節に、根っこから抜かれて山から海辺に移植され、イベント終了後の行き先は決まっていないとのこと。

大手ファッション会社が協賛して、枝で作ったアイテムを売るとか、震災の慰霊とか鎮魂とか、外側ばかりゴテゴテに飾って中身はドロドロの、お金という悪魔に魂を売り渡した人の心を見たようで、腹が立ちました。

先日、近所の樹齢50年の木々が数本伐採されて、そのあとすぐに台風が来て大和川が氾濫しましたが、何かバチが当たりそうで、怖い案件です。

バチが当たるか当たらないか、要観察だなと思ってます。

その話とは真逆の植木屋さんがいて、友人のところに出入りしている人ですが、景気が悪かったり老朽化して維持できなくなった旅館やホテルの庭に生えている立派な木を、根っこごと引き抜いて、中国人の富裕層の庭に移植しに行ったという人がいて、古木を守ろうとする姿勢と、古木を商売に利用して殺す姿勢が、本当に真逆だなと思った次第です。

お金が牛耳っている世の中だけど、欲深くなりすぎて悪魔に魂を売り渡すようなことはしてはいけないと、私は思います。

2017/11/17

西太后は悪者ということになっているけど

「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉がありますが、西太后もそれかなと。

こないだNHKの番組で、西太后のことをやってたんですよ。

「気まぐれな政治を行った」と、悪い烙印を押されている感じ。

言わせてもらいますがね、西洋の文化を受け入れようとしたのに、後から西洋文化を閉め出したのは、理由があるんですよ。

賢い子供達をアメリカなどに送り込んで勉強をさせても、帰ってきたら西洋かぶれになっていて、すっかり洗脳されてるんですよ。

そして開国だ文明開化だと言って国を売り渡す手伝いを始めるんですよ。国を守るどころか。

って、今の私がこんなこと言ってても誰も聞いてくれませんが。

大体、西太后は清国を作ったわけでもなくて、嫁に来てたまたま政治に関わるようになってしまっただけ。

周りは国の実権を握ろうとする輩だらけ。陰謀だらけ。

皇帝は当てにならない上に早死にしてしまうし。

本当によくやったと思いますよ。
私は西太后を褒めてあげたいですね、まぁ、自分の前世ですけど。(夢かもしれないけど)

その苦しみから逃れようとして、王宮を犬だらけにしてしまって、今度は「どうしてこうなるの?」という疑問がつきまとって、その答えを今の人生で得たところ。

「人間が自然から離れてしまったから」

どうしたら戻せるんだろうという疑問がまた湧いてきたけど、「次はもう無い、今回が最後のチャンスだ。」と、生まれる前に知らされているから…(こういうこというと、怪しい人だと思われるだろうな)

どうして自然から離れてしまったのかというと、「欲」が深いから。

動物たちをみていると、ただ空腹を満たせて、安心して寝られる寝床があったら万々歳みたいな感じだけど、人間はもっともっと欲しがって、欲しがるほどに自然からかけ離れていく、それの繰り返し。

お金が発明されて、借金が発明されて、お金が神様みたいになって、お金のためなら嘘をつくことも平気になり…

全てのことにお金がかかるから、誰かを助けたいと思って始めたボランティア活動も、「もっと助けたい」=「もっとお金が必要」になってしまう。

西太后の頃にやってきた西洋からの災難の結果が、今の「お金が全て」の世界に収束してきた感じがする今日この頃。

西太后は直感的にそういうことを感じて西洋列強を排除したかったけど、女一人ではとても無理ですよ。

今の私には、そういう気概も何もなくて、まぁ、思考で現実を創造してみるくらいしかできないなと思います。それが大当たりだったら面白いなと思います。



来世で思い出すとしたら

もう地球には生まれたくないと言いつつも…

前世の記憶かどうかわからないけど、広い王宮のような場所の石畳の庭で、増え過ぎた犬たちのことを憂い、権勢の欲にまみれた世界を憂い、「次に生まれるときは平凡な人生がいい、生き物の世話も全部自分でするからそうなりたい。」と思ったと、思っている私。

今は平凡に生きながら、「来世では、自然に囲まれてきれいな空気を吸って生きたい。」などと思っているけど、これって来世で思い出すだろうか?

今生で願った通りになるのなら、次は人の入ってこない山奥の木がいいんだけど。星も綺麗だろうし。木に生まれ変わったら人間の前世とか思い出せるだろうか。思い出せたら面白いなぁ。

でも木に生まれたら、足がないから逃げたい時に逃げられない。きれいな空気の中で何十年か何百年か生きられるのだったら、その不便は仕方ないのかもしれない。

木に生まれるのなら、栗鼠を愛でたいし、胡桃がいいかもしれないな…

2017/11/10

ミニマム(最小限の暮らし)を目指す

11年前、母が認知症かもしれないと感じた時に、新築した家に母の部屋を作り、連れてこようとしました。

母は、気兼ねもあるのか嫌がったので、しばらく離れて暮らしていたものの、認知症が進み、近所の人から嫌がらせを受けると言いだしたので、私の家の近所の賃貸マンションを借りて引っ越すことになりました。

賃貸マンションも、あちこち見て回りましたが、「狭い」とか「汚い」「古い」というので、月8万円の3DKになり、そんな広い部屋にポツンと一人、「そら、ボケますわ。」という感じ。

その時は、母が自分のものを捨てられなかったんです。
高価なお茶の道具とか着物、絵描きさんを応援したくて個展で買ってきた絵とか。

最終的に癌がわかって認知症もかなり進んでから、家賃の安い文化住宅をわざわざ借りて、家財道具をそこに置き、母を納得させた上で私の家に連れてくるという、大事になりました。

結局、荷物を捨てられない母のために、数年間住んだマンションの家賃や、荷物を置くために借りた文化住宅の家賃は、私たち夫婦の負担になりました。数百万円。

母の遺産を妹と半分こしましたが、マイナスでした。(長女は貧乏くじ)

母を助けたくても、助けられませんでした。

私の家で一緒に暮らしていたら、あんなにボケなくて済んだかもしれないし、癌も早期発見できたかもしれない。

母がミニマムな暮らしをして、物に執着が無かったら、もっと幸せな老後を過ごせたのではないだろうかと、最近思うのです。

ということで、私はこれから、ミニマムに生きることを目指します。

子育ての環境

私は韓流ドラマが好きでよく観ます。

ドラマの設定で、貧乏人の家は必ず散らかっていて、つまらない物が詰まっているんです。掃除も行き届いていません。

逆に金持ちの家は、スッキリと片付いていて、生活感がないくらい、物が置いてありません。メイドがいて、いつも掃除が行き届いています。

そういうのを見るにつけ、子供を育てるに当たって、家の中がゴチャゴチャと散らかっていて、掃除が行き届かない家というのは、「貧乏人の予備軍」を育てているのと同じだと思えます。

自分も経済奴隷でへいこらしてますが、子供にはそんな事を継がせたくないと思います。

だから、せめて、家の中だけは片付けて、掃除をするように努めています。

脱いだ服をその辺に置きっぱなしにすると、猫様たちが、オシッコをしたり爪を研いで穴だらけにしたり、上で寝て毛だらけにしますので、まず置きっぱなしはしなくなりましたし、大切なものを机の上に置いたままにすると、必ず猫様が「何これ?新しいオモチャかな?」と転がしてどこかにやってしまいますので、そういうことも禁止です。

革製の鞄なども格好の爪研ぎになりますし、高価なものを持つことができませんので、ブランド物を集めたりもしません。

何というか、家の中はスッキリとしていて、掃除にも無理矢理ですが勤しむという構図です。あー、それで招き猫なのかしら?

猫様のお陰で、何となく、キチッとするように、私たちは躾けられてきました。
息子が大成してくれたら、猫様効果を証明できるのですが。

しまいには猫様の賞賛大会になりましたが、猫様をたくさん飼うことは、それなりに費用がたくさんかかるし、ゴミもたくさん出ます。一長一短です。

散らかっていない、掃除の行き届いた環境で子供を育てるということは、少なくとも親の世代よりは出世する子供が育ちそうだという、お話でした。



2017/11/06

シャボン玉のカプセルにいる私たち

11年前に書いた日記が出てきて、「なかなかいいこと言うてまんがな。」と思ったので載せておこうと思う。

あの頃は、副鼻腔の手術の後、オーラが景色に溶け込んでいる気がしていた。ある意味、自分の境界が無くなってたのかな。

2006/8/24

想像してみる。
私たちは丸いシャボン玉のようなカプセルの中にいると。

カプセルには「ミラーモード」と「クリアモード」というスイッチがついている。

自分がミラーモードのスイッチを入れると、カプセルの外は見えなくなり、かわりに自分が作り出す物語が始まるのだ…まるで、映画館かプラネタリウムのように。

ずっと見続けていると、その物語があたかも本当のことのように思えるけれど、実はミラーモードで映し出された世界。

ミラーモードは、私たちの心を映す映写機だ。

クリアモードは、心を静かにしていると表れてくる真実。

クリアモードから見えるのは、同じようなたくさんのカプセルがあることと、やさしい愛の光が差し込み、さわやかな風が吹いていること。

ミラーモードで恐ろしい映像を真実のように体験したとしても、大丈夫。本当はカプセルの中で見ているだけだから。

もう、こんな映像見たくない。
もっといいのが見たい。

そう思ったら、自分でチャンネルを切り替えれば良い。

人生ってそういうものだ。
自分の心がすべての鍵を握っている。

それも見るのに飽きてしまったら、時々クリアモードに切り替えて、エネルギーを補給できる。
そして、新しいことに挑んだっていいのだ。

「死」とは、この安全なカプセルのシャボン玉が割れること。
光と風に混じっていくことだ。

そんな感じかもしれない。

2017/11/05

洗たく洗剤についての一考察

大阪の場合、浄水されているとはいえ、琵琶湖から京都を通って淀川を流れてくる間に、洗濯の排水もたくさん流れてきているはずで、その、排水の中の洗剤の成分って、「浄水場で濾過できるのだろうか?」と、ずっと疑問なんですよね。

家では長い間、合成洗剤は使わずに、石鹸からできた洗濯用の液体石鹸を使ってきたのですが、ある時、息子が、「家が何の匂いもなくて住みやすいけど、もし嫁さんが来た時に、合成洗剤大好き嫁だったら生きていけなくなるから、合成洗剤使って慣れさせてほしい。」などと言い出したのです。

仕方なく、それ以降、合成洗剤を使用しているのですが、今度は私が死にそうになるではないですか。

それで、洗剤の量をいつも少なめに計ってたのですが、「考えたら、大阪市の水には最初から合成洗剤が溶け込んでるよな。」と思いついて、全自動洗濯機を回して表示される量の半分でやってみたんです。

洗濯には何の不具合もなく綺麗に仕上がっているし、まだ香りがキツイなと思い、今では4分の1くらいでやっています。

ワイシャツの襟や袖口は、洗濯に出す時に液体石鹸を伸ばしつけておいてもらうようにしています。

やはり、大阪の水は合成洗剤入りだったかも…と、それを飲んだりしている身にはちょっと怖いですが、洗剤は少なくて済むという、良いのか悪いのかわからないお話です。

でも、これを知って、みんなが環境に流す合成洗剤の量を少なくしたら、海に流れていく分は減るから、地球環境に優しそうだと思った次第です。

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