2018/12/15

モルモットのモルちゃん

この話、前にもしたかなぁ?

2013年の5月頃に、近所の猫おばさんが家に来て、「線路沿いの人気のない草むらに、猫みたいなネズミみたいな生き物が捨てられている。」と言ったのです。

「なんで自分で助けんと、人に言いに来るん〜」と思ったし、その時は一旦、断ったんです。

でも、夜になると寒くなってくるし、気になるし、息子と2人で見に行ってしまいました。

小動物用のケージに三毛猫みたいな生き物がいました。
ケージの周りには野ネズミがチュウチュウ鳴いていました。

あのネズミたちはモルちゃんを助けたかったのか、中に入っていたフードが欲しかったのかわからないけど。

「あーあ。」と言いながら、ケージを自転車に乗せて、玄関先の空きスペースに持ち帰って、ダンナに聞いたらモルモットと言われて。

三毛猫みたいだし、小豆みたいな目で見るし、「あーあ」と言いながら名前をモルちゃんと名付けました。

世話をするうちに、モルちゃんは少しも欲がなく、水と少しの草とフードがあれば満足そうで、草食動物というものは、なんと心が綺麗なんだろうと思いました。

慣れてくると、私が家に帰って来た時には、「ピューイピューイ」と大きな声で呼びました。

そんな可愛い小動物を、動物実験に使う人間って恐ろしい生き物だな、などと考えて過ごした2年でした。

ある日モルちゃんは腎不全のような症候が出て、天国に行きました。

その少し前に、猫もたくさんいて、動物病院の手伝いもして、母の遺品整理もあって、モルちゃんの世話をしながら、ついうっかり、「モルちゃんの世話までしんどいわ…」と言ってしまったから、それを聞いたモルちゃんは死んでしまったのかな?と、愚痴を言ったことを後悔しました。

モルちゃんの思い出は、私の心に少しトゲになって刺さってたのですが、先日、岩合光昭さんの世界猫歩きをみていたら、ペルーの会だったか、モルモットの先祖の天竺鼠(多分)が、猫と一緒に暮らしていました。

あの天竺鼠は食用?それともペット?

一体、何用かわからないけど、自由に家の中で楽しそうに生きていて、猫に殺されることもなく、平和な光景に少し癒されました。

本当のところはどうかわからないけど。

まぁ、とにかく、草食動物は欲がなくて優しい生き物で、それを実験に使って殺したり、狭い檻に閉じ込めて飼育した挙句に殺して食べたり、そんなことをする人類は、ちっとも神様に近い生き物ではないことは確かだな、と、モルちゃんをみてて思いました。

モルちゃんを捨てた人も鬼だしね。

2018/12/07

犬猫オアシス

動物病院をやっていると、どうしてこんなに犬猫が好きな人が多いんだろうと感心するんです。

私もたいがい猫キチだと思ってたんですけど、私よりもすごい大御所がゴロゴロいます。

そんな人たちは、私みたいに子供の頃に可哀想な犬猫を助けることが出来ずに、それがトラウマになって、大人になったら絶対助けようと思ってたのかな?などと、想像するのですが。

意外と、猫なんか気にしたことがなかったのに、家の裏にかわいい猫がやってきて、ニャーニャー言うからご飯をあげてたら、ある日子供連れでやってきて…という、気がついたら猫沼にハマり込んでいたという人もいて、猫様が人間を落とす手腕たるや、流石だなとか、感心したりする毎日です。

私はというと、どんな野良猫でもかわいいと思うせいなのか、手術の麻酔をするために保定する時に、私が猫の首の後ろを持つと、急にみんな大人しくなるまでになってきました。

はじめの頃は首を持とうとしても暴れる猫を抑えきれないこともあったのに。

怖いよりも可愛いと思う気持ちが、最近は強くなってきました。

猫って愛の気を感じるみたいですね。

猫沼は深くて大変なのに、たくさんの方がこの沼にハマりながら楽しんでいたりして、難しく考えてしまう私は逆に羨ましくもあったりして。

ホント、この世界では犬猫が人の心のオアシスですね。そう思います。

2018/12/06

猫だけが生きる意味だった

子供の頃は、この世界が全然面白くなかったです。

退屈だし、空気は汚れているし、人間達もなんだか意地悪だし。

それで、早く死にたかったから、わざと風邪を引くようにしたり、ご飯を食べなかったりしてました。

そんな私が見ていた子供の頃の世界は、言葉で言うとモノクロ。

そんなモノクロの世界に、ポツッと色が見えたんです。
それが、近所にいた茶トラの野良猫でした。

小さな私は、その茶トラを触ろうと近づくけど、野良猫は子供が大嫌いのようで、そそくさと逃げようとします。

その逃げる茶トラの尻尾を握って離すまいとして、その辺にいる大人達から「尻尾持ったらあかんあかん、噛まれるでー!」と言われたものでした。

猫という「色」を見つけて、私は少しだけ、この世界にいてみようと思ったような気がします。

小学校に上がる頃に、近くの団地のおばさんが、歩いていた私に三毛の仔猫をくれて、家に持ち帰り、晴れて猫を飼えるようになりました。

それでも、猫を取り巻く環境は今よりも悪くて、避妊手術など無かったから、生後半年くらいになると、家からいなくなりました。

それは、オス猫を求めていなくなったのではなくて、妊娠したから家族の誰かが遠いところに捨てにいってたんだろうということが、大人になってから思い当たりました。

私にとってかけがえのない猫ですが、猫のことから本当に色んなことを考えさせられました。

子供の頃は放し飼いで、猫にほとんどお金がかからなかったのが、今は完全室内飼いが推奨で、そのために家は買う、砂は買う、フードは買うの三拍子で、これでもかというくらいお金がかかるし。

家のローンで事実上がんじがらめだし。

それでも、私は猫マスターとして人々に猫との暮らし方を教えたり、丁寧な避妊手術をしてあげたりすることで生活しているから、正に、猫は私の生活の全てかもしれないなと思ったりします。

まるで、豊かな大地が農家の糧のように、私は猫が糧のようです。

猫がこの世界に色をもたらしてくれた上、生活の糧とまでなってくれて、感謝感激雨霰なのです。

お返しらしいお返しもできないのに、してもらってばかりですみません、猫の神様…

2018/12/04

ボダの猫

チョコタンは、思えばボーダーラインの猫だった。(以後ボダと表記する)

獣医学のカテゴリーでは問題行動をする患畜という範疇に入るのだろうか?

仔猫の頃、真っ黒なセミロングの、ふっくらとした甘えん坊で、あまりにも可愛かったから、当時、15歳くらいだった息子が溺愛していた時期がありました。

ところが、チョコタンは少し我が強く、甘え方に癖があって、寝転んでお腹の上に乗せ、ずっと撫でていないと機嫌が悪くなるらしく、何もできないからと、そのうち息子から見放されて部屋に入れてもらえなくなったんです。

家の猫の数が増えて、引っ越しをしないといけなくなって、今の家に引っ越した頃から、チョコタンは下痢気味になりました。

それも、トイレの外にわざとらしくするようになりました。

叱りはしないものの、世話の焼ける猫やな〜😩という、ちょっとウザイという気持ちはあったし、甘えてくるのも義務感で撫でてあげるような感じだったかもしれません。

先日から、人間のボダを調べていたら、「見捨てられ不安」から様々な心理的な葛藤が生じてしまうのを知ったから、チョコタンの問題行動も、ひょっとしたら、仔猫時代のトラウマが起因しているんじゃないかと、ちょっと思うのです。

見捨てられ不安にさせないために、親や飼い主はどうしたら良いのかな?と思うに、昔カウンセラーから習った交流分析のストロークのうちの、「否定的なストローク」「無視」はしない方が良さそうだなと思います。

「条件付きのストローク」も、ほどほどにしないとダメな感じですよね。

生き物にとって最も必要なものは、全て受け入れて許す「無条件の愛」であるのに、世の中には躾と称する条件付きの愛や、子供に話しかけられても返事をしない親もいたりして、人も猫も病むわな…と思う今日この頃なのでした。

チョコタン、ごめんなぁ…
チョコタンの思うように可愛がってあげられへんかって…

世話のかかったチョコタンがいなくなったら、私の用事の手間がかなり減って、「チョコタンは手間をかけさせることで愛情を感じてたのかなぁ。」と思ったし、かなりの存在感があったのだと認識しました。



昨日の朝にみた夢の話

夢の中では、私の視点でカメラが回っているみたいな感じだった。

動物病院の近所のマンションに、絵描きの奥さんが住んでいる設定。

実際にはそんなマンションは無いはずなのに、やけにリアルにあると思っていた。

絵描きの奥さんは、才能があるのに、何だか覇気のないダンナさんがいて、子供も3人いるから、描きたい絵も描けず、生活のために弁当屋を兼ねた食堂を開いている。

その奥さんは、私みたいに小鳥にお米を分けてあげたり、猫に話しかけたりするので親近感を感じて、その奥さんの店で、今後は昼ごはんの弁当を買ってあげようと、私は思っていた。

そのことを、夢の中のダンナに相談すると、「やめときやめとき!」と賛成してくれない。

私は絵描きの奥さんを助けたいのに。

もう一人登場してきた近所の絵を嗜む奥様(お年寄り)に相談するも、反対される。

あの人に騙されているんだと、二人は言うのであった。

ダンナは、絵描きの奥さんが嘘をついている証拠写真があるというのに、iphoneの写真の中から探し出せない。

目が覚めて、「ナンジャコリャ」と、推理小説のような夢の話を息子にしたら、「その絵描きの奥さん、自分のことやろー」と言ってきたんですよね。

「だって小鳥や猫と話するとか、お母さんしかおらんやん。」ですと。

そしたら、カメラ目線の私というのは、自分を助けたい私の本心みたいな感じ?

自分を助けたいのに助けさせてくれないダンナは一体…

ダンナは自分のことを私に助けさせるために、私に嘘をついているみたいな話になってくるんですけど。

(覇気のないダンナさんって、あなたでしたかーみたいな)

まぁ、勝手に夢診断をして、そのあと出勤してダンナをみたら、なんか腹が立ってくる私。

それもこれも、12月17日からフルタイムで手伝わないといけなくなっていることへの、不安と苛立ちの表れなんでしょう。

あー、宝くじ当たらへんかなー🙄

その夢に救いがあるとしたら、夢の中に出てきた絵描きの奥さんの子供達が、とてもしっかりしていて賢かったということ。

「これが息子のことだったらいいなー」と、吉夢であることを祈るのでありました。

2018/12/02

バーチャルストリート

壊れた心で見る景色は

歪んだ光の屈折が

現実を捻じ曲げていることに気がつかない

ひび割れたガラス玉を覗くよう

いつのまに壊れていたのか

子供の頃なのか

ふとガラス玉を除くのをやめてみたら

本当の現実を見られるのだろうか?

まるで割れたビー玉でできた目玉みたいだ

僕の心は

過去や未来に囚われて

今この時に存在しない僕の心



壊れた心で聞く音は

褒め言葉が悪口に

良いことが全部悪いことに変わってしまう

だからヘッドホンで耳をふさぐ

いつのまに壊れていたのか

子供の頃なのか

音楽はモノクロの世界に色を差し込む

暗い現実と関わらなくて済むんだ

僕の歩く道の周りだけ色が付いていく感じ

僕の心は

過去や未来に囚われて

今この時に存在しない僕の心



いつかトンネルを抜け出して

本物の光と音を感じられるのだろうか

宙を漂って生きる僕は

大地に着地できるだろうか

ガラス玉の目も耳をふさぐヘッドホンも

本当はいらないんだ











2018/11/30

彼方からのエール

オレンジ色の海
ほほをなでる夏の風を受けながら

あなたとは友達でいたい
最初に告白された時
私はそう言ったけど
最後まで綺麗なままで
置いておきたかった

深く付き合えば
かならず嫌な部分も
見せてしまうし
見えてくるものだから

あなたが撮ってくれた写真
アルバムに大切にしまってあるよ
愛の光に満ち溢れて
美しく輝く私がそこに居る


あなたの心がはなれたと
わかった時には 私は
あなたよりも深くあなたに
依存していたことを
気づいていただろうか

目に映る景色は
曇り空のように暗くて
どうしたらあなたを
取り戻せるかそれだけを

なんとか私を避けようとして
スケジュールを詰め込むあなたと
すがりつく悲しい私
輝きを失って涙にくれていた


あなたが撮ってくれた写真
アルバムに大切にしまってあるよ
愛の光に満ち溢れて
美しく輝く私がそこに居る

あの頃を美しいと思えるほどに
時は過ぎ去って行ってしまった
あの頃の私に今は
時の彼方からエールを送る

今も昔も変わらずに
夕空に輝く海が
そこにある

水晶の涙

A 生き方を習わずに育ったから
荒海の小舟の心地だった

船の漕ぎ方も知らず
舵の取り方も知らず

B 人と比べては羨み
ないものねだりをしては苦しんでいた

C それでも瑞々しく輝いていた あの頃
こぼれ落ちる涙も 水晶のよう



A悲しみにくれた日々も
生きていた証と言えるけど

いつも大地は揺れていて
いつも私の心は宙を漂ってた

B 根っこがない切り花だった
傷つきやすい心を持て余してた

C それでも瑞々しく輝いていた あの頃
こぼれ落ちる涙も 水晶のよう


B 触れると崩れ去りそうな
ガラス細工の心を持て余してた

C それでも瑞々しく輝いていた あの頃
こぼれ落ちる涙も 水晶のよう

(ABCは、メロディをつける時の参考)







2018/11/27

支配とコントロール

先日から韓国のアイドルに害を及ぼすサセン問題が頭から離れないのですが…

携帯の番号を変えてもすぐに見つけ出して、朝からその日の洋服のコーディネートを指定してきたりするとか、そんな話を耳にすると、「そら、そんなんやられたら、アイドルも病むでぇ〜」と思うことしきりです。

ハッキリ言って、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなくなるのではないかな?と思います。

そんなサセンは、何故、好きなアイドルに洋服のコーディネートを指定したり、自分の思うように動かそうとしてくるのかな?と思うに、これはおそらく、親からされてきたことを、アイドルにしているのではないかと思うのです。

サセンの親は、子供を支配してコントロールすることが愛情だと勘違いして、子供を育ててしまった。

育った子供が好きな相手を見つけた時に、親からされてきたことを愛情だと思ってしてしまうんじゃないかと。

これは大きな勘違いで、相手から嫌われるだけだから、そんな親からのコントロールの連鎖は断ち切って、愛される人間になってもらいたいとは思いますが、小学生でもこういう子供がいるらしいので、かなりハードルが高いかもしれません。

よほど、運良く、良いカウンセラーなどと巡り合わないと、一生、人から嫌われて寂しい人生を送りそうです。

それから、こういうサセンは、NOと言えない人についてきそうな感じなので、キッパリNOと言うべき時は言うのも大切かもしれないです。

商売をしていて、たまに何か脅迫をして金銭をせしめようとする輩がいますが、そんな時は絶対にお金を払ったらダメと父や目上の人から習いました。

一度でもそういうことを許すと、仲間をゾロゾロ連れてやってくるそうです。口伝えに伝わったりして。

脅してくる時には脅迫罪が成り立つので、警察に相談するのが妥当らしいです。

人間関係の、「支配とコントロール」は、初めは些細なことでも、見過ごしていると犯罪に巻き込まれることがあるので、嫌なことは嫌とハッキリ言える人になることは大切なことだなぁと思います。

2018/11/16

猫みたいに生きた方が幸せになれるよね

元JBJのヨングクが、ファンの親玉みたいなマスターさんに秘密爆弾を投下されて、可哀想だなと思っている私ですが、若い頃の私は恐らくマスターさんに似ていたんだと思います。

結婚して育った所から離れて、友達が一人もいない地方で暮らさなければならなかった私は、元夫にしがみついていた気がします。

あまりにも離れないから、息抜きに用事を作って出かけたりするので、ますます寂しかったと思います。

だって、独身の、高校の同級生女子に誘わてテニスに行ったりするから、身重で何もできない私はとても寂しかったし、焦燥感が募りました。

どんどんお腹は膨らんでくるし、太ってくるし、私のことをウザイと思っているように用事を作って出かけるから。

今もそんなことを考えると、奥さんがいる人を遊びに誘ったりする女友達が信じられないとは思いますが、年齢が25歳になるかならないかだったから、今思うと全員子供だったんだと思うようになりました。

誘われたら断れない25歳男、息抜きもしたいし。

ちょっとドキドキしてみたい25歳女子。

一人で楽しみを見つけられない25歳女子。

そんなことが発端で、私の新婚生活はどんどん暗い迷い道に迷い込んで、結局、色々あった挙句、破局してしまった若い頃の自分。

考えたら、私は猫と暮らす方が幸せなのに、なんで結婚なんかしてしまったんだろう?おまけに相手にしがみつくなんて。

今の私からは考えられないような精神状態だったなと思います。

今、ダンナが用事があるからと言って一人でどこかに行ったとしたら、「待ってました!ダンナの見ていないうちにショッピングショッピング!」とか言っている私。

猫化して幸せになりました。

若い頃は猫よりも犬みたいな私だったなと思います。

今は、私と知り合ったおかげで肉も食べなくなって、そしたら道を歩いている毛虫を踏まれないように助けたりするようになって、死ぬ前にそういう心境になれて良かったわ。などと、ダンナから感謝されて生きている今日この頃です。

ヨングクのマスターさんも、猫を大事にする人みたいだし、若くて怒りが爆発してあんなことになったかもしれないけど、いつか、私みたいに相手から感謝される日がくるかもしれません。

それはヨングクではないにしても。





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