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2018/01/04

何度も繰り返している気がする件

生まれてくる前に、ガイドみたいな声が、「今回が最後」と言っていた。
夢なのか本当なのかわからないけど、子供の頃からずっと覚えている記憶。

人生を送る間に、「これ、前にもやったことある、見たことある。」という事が何度もあった。

本の内容さえ、「読んだことある。」と思えることがあった。新刊なのに。

例えば、アナスタシアの六巻で、パートナーを探す時のやり方。

女性が籠のような船を作って、果物をたくさん載せて川に送り出し、それを見つけてインスピレーションを得た男性が、川を遡り、流した女性を見つける話。

読みながら、「知ってる、これ。」と思っていたり。

若い頃、初めて水上スキーをした時に、1回目ですぐに出来るようになったけど、それは、何故だか前にした事があると思えたから。やり方のコツを知っていた。

10年くらい前に、仔猫のお届けに行った帰りに寄った神社。
賽銭箱や祭られている神様の像のようなものが、網の中に入っていて、「夢で見たことがあるわ。」と思ったし。
これは、夫も同じことを言っていたっけ。

瀬戸内海の粟島の知り合いの家は、中学生の頃に夢の中で遊んだ家で、私は間取りを覚えていたし、中庭の端っこに生えている葉っぱの大きな木も覚えていたので、確認すると、桐の木があったりして。

それで、たまにこんな妄想をしてしまう。

「もしかして、地球という惑星を救うゲームの中にいるのだろうか?今まで何度も失敗して、リセットして再スタートをしてるから、覚えているのだろうか?」

今回が最後の再スタートだとして、失敗したら、ゲームセンターのようなところで目が覚めたらいいな。

目覚めなかったらどうしよう。

失敗したら、この宇宙が消えて無くなるとしたら。

「あ、これ前に見たことある。」と思うたび、不安になるし、地球を今のところ救えそうにないので、焦燥にかられます。

みんな、これでいいのかなぁ。知らぬが仏で幸せなのかなぁ。

そんなことを、考えたりします。


2018/01/01

もう一つの前世

私は、西太后の後、自分の祖父だったんじゃないかと思うことがある。

生き物に優しいところなどが私と似ているのと、鼻の形がそっくりだと、よく祖母から言われたのもあるのだけれど、祖母の死後、祖母が夢に現れて、なにやらおもむろに写真を指差して、見せてくれたその中に、日本酒の一升瓶を横に置いて、立膝をついて笑っている祖父がいて、「ああ、そういやそんな写真、あったな。」と夢から覚めて思い出し、思い出したものの、現実には手元には無いのだが、なぜかハッキリと覚えている写真の顔。

あれが、自分に思えて仕方がないのだった。

祖父は自分の要求は言えなくて、相手の要求は推し量って助ける性格で、そんなだからストレスが溜まって酒に溺れるようになったらしいと聞いている。

酔うと嫉妬妄想が出て、祖父を支えている貞淑な祖母を疑って、追いかけ回して暴力も振るったと聞いている。祖父の酔いが回り出したら、祖母と父は見つからないように馬小屋みたいなところに隠れたりしたと。

最後には喉頭癌になって、44歳の若さでこの世を去った。

そんな依存症の家庭を祖父は作ってしまったから、息子である父もその影響をまともに受けて、まじめに勉強してクラスで良い成績を取ってなんとか頑張ったけど、やはり最後は家庭を壊してしまった。

他人には良い人だけど、家族には悪い人。そんな祖父だったらしい。
そのせいで、子孫の人生まで狂ってしまう原因を作ってしまった。

私は自分が祖父だったんじゃないかと思っているから、子孫である自分が、父のせいで家庭が壊れたり苦しんだりしたことも、逆に父や祖母に申し訳なく感じて、「全て許します。逆に許してください。」などと思え、「みんな私のことを娘とか孫だと思っていて申し訳ないな。」などと思えてくるから笑える。

祖母はそれこそ、息子が家庭を壊したせいで孫がグレたりしないように、身を呈して守ってくれたのだが、「いやいや、前世で散々苦労をかけた上に、今度また守ってくれて、本当にこの恩をどうやったら返せるだろうか。」などと考えてしまう私。

死ぬ間際に祖父は祖母に泣いて謝ったらしく、祖父のことを早く死んでほしいと思ったことを後悔して、祖母は毎日供養を欠かさなかった。

「いやいやいやいや、生まれ変わってますけど。」みたいな感じ。

今、思えば、夫の性格が祖父に似ていて、人からはイエス様みたいに言われているけど、捨てられた猫の世話をみんな私に押し付けてくる、「外ではいい人、家では悪い人」みたいなパターンは、これってカルマの解消をやってるんですか?と思える今日この頃。

なんと、名前の一字も同じだったという偶然。

これ、偶然と違うよね。







2017/12/31

景色が急に灰色になった日

40歳になるかならない頃、景色が急に灰色に変わったことがありました。

夫の仕事を手伝って、早く事業の借金を返したいから朝から晩まで働いて。

動物病院に捨てる人がいて、家の猫がどんどん増えて、それを一人で世話をして、晩ご飯も家で作って、猫の砂はお金がかかるから古新聞を替えて替えて替えまくってキリキリ舞いをしていたある日、りんごを丸ごと食べようとして喉に詰まりそうになったその時に、急に周りの景色が灰色になったんですよね。

「燃え尽きた」

言葉にするとそうなるのだろうか?燃え尽き症候群とかいう言葉があったけど、それだろうか?

それから仕事でキリキリ舞いして生きるのが怖くなってきて、仕事の量を減らしました。

考えたら家で猫を50匹一人で世話をしているのに、その上フルタイムで仕事を手伝うなんて正気の沙汰ではないと思える。

一日中放ったらかしにすると、臭いが大変なことになるから、途中で自転車を走らせて帰って、猫トイレの掃除をしたり洗濯物をたたんでから、また夕方手伝いに走り、夜はスーパーに寄って食材を買って帰って料理して、また猫のトイレ掃除をしてと、今考えたら、自分を褒めてあげたいですわ。

若かったなぁ。

今、猫の数は半分くらいになったけど、それでも何でだか寢る時間が前よりも遅い。どんくさくなったからかしら。

仕事は、2012年に、また夕方から手伝うようになったから、終わるのが夜の9時になって、晩ご飯は作れなくて外食ばかり。猫のために長生きしたいのに。

まぁ、でも、景色は今のところ灰色にはなっていなくて、それは、韓流ドラマのお陰もしれません。

あの、灰色の時は若かったから、世の中の仕組みも何も分かってなくて、ただがむしゃらに生きていた。

燃え盛る炎のように生きていて、ある時水をぶっかけられて、火が消えたように見えたけど、今は灰の中に種火みたいな火が少し殘っていて、「殘った時間で終活しないと。」と考えている今日この頃です。

猫の終活。

これが一番悩ましいです。




2017/12/24

根っこでコミュニケーション

前から、木は根っこで繋がっていて、どんな遠い場所のことも、根っこのコミュニケーションで繋がってるんじゃないかと思っていたんです。

猫の里親さんを探す時、近所の神社の楠さんに、「どこかにええ人おりませんか?」と、心の中で聞いたりする私だが、その後にとても良い方と縁が繋がり、その方の近所に、やはり楠があるということが、何回かあったから。

だから、葉っぱは離れていても、根っこはすごく長くて、その根っこの端っこは別の木の根っこの端っこに繋がっていてということで、地下には巨大な根っこのネットワークがあるような気がしていたら、本当にあるらしいというような記事「カラパイア 」“木は言葉を話し、私たちはそれを学習することができる”をネットで発見しました。

近所の神社の樹齢500年くらいある楠は、あびこ観音の樹齢1500年の楠と絶対繋がっていそう…

私には、木が、人と同じような心のある存在に思えると言うと、みんな遠ざかりそうだけど、正直なところ、木も虫も風も水も太陽も、そういうもの全てが友達のような気がしてしまうのです。

ゴミにまで、中にバクテリアが生きているのに…などと思って、捨てる時に「ゴミ焼却炉で焼かれる運命」を可哀想と思ってしまうから、次に生まれるとしたら、この世界は無理かもしれないと思う今日この頃です。

最近では、あの世に行った人達とも、絶対に繋がっていると確信に近いものを感じているから、ついにオババ様になれる時が来たのかもしれないなどと、空想する私です。

2017/12/20

もしも嘘がつけない世界になったら

もしも、嘘をついていることが相手にバレてしまう世界に急に変わったら、どうなるだろうなぁ。

安物を高く売りつけたりできなくなるし、良いイメージばかり植えつけようとするコマーシャルも作れなくなるし。

今は、嘘が上手い人が出世するような世の中だけど、嘘がつけない世の中になったら、そういう人は一番悪い人になるのかな?

心から人を助けたい、動物を助けたい、植物を助けたいという人は賞賛されて、みんな応援できるよね。

でも、今は、口八丁手八丁みたいな人がうまく大衆を丸め込んで応援させているし、大衆は、騙されていることにもなかなか気がつかない。

正直者がバカを見る社会。ホンモノはニセモノの陰に隠れてしまって苦労するような社会になってる。

動物愛護ビジネスとか鎮魂ビジネスとか、ニセモノが大手を振って歩いてる。

私は毎日、野良猫に心を砕いている優しい人たちと会っているけど、そういう人たちは優しい良心がある人たちなのに、家族や周りの人からはバカにされていたりする事が多いみたい。

でも、私はそういう人たちと話をすると、心の美しさに胸が熱くなるのよね。

嘘がうまくてお金儲けがうまいと尊敬される世の中なんて、なくならないかな?

みんなテレパシーができるようになって、この世から「嘘」が消えてしまったらいいなと思います。

2017/12/05

植木屋さん受難の時代

神戸のメリケンパークのクリスマスツリーのことで、どうしてプラントハンターさんはあんな事をしでかしたのかと考えたんです。

年齢が38歳。
あー、調子に乗ってやらかす年やなー。

オバちゃんは、今までに周りの男たちが40前後でやらかすのを見てきたから、わかります。

天狗になってしまって周りが見えなくなり、エゴの塊みたいになって突き進む年頃よねぇ。それで、専門家によると樹齢300年くらいあるらしい木を神戸開港150年記念なので樹齢150年と偽ってイベント考えついたのか…

話が変わって、最近、植木屋さんって受難の時代かもしれない。特に都会では、家を新築しても庭に木を植えなくなったような気がする今日この頃。

玄関先にはマイカーを置かなくてはいけないから、植木を植える場所もなくなったし、仮に木を植えたとしても、人々は高枝切りバサミを購入して植木屋さんに払うお金をケチるようになっている(ような気がする)。

だから、生き残った植木屋さんは、公共の公園などの木の手入れをしたり、マンションやビルのシンボルツリーなどの手入れをさせてもらったり植え替えたりするくらいしか収入がなくて、結構厳しい状況なのかもしれない。

そう考えると、近所の公園の木の剪定が、「あれでは木が弱るやろ。」と思えるような強剪定なのは、わざと弱らせて伐採して、材木として売れる木は売って、新しい木を植え替えさせてもらおうと、お金に困っている植木屋さんが画策しているのかもしれないなと勘ぐったりして。

大阪市のシステムがどうなっているのかよくわからないから、あくまでも想像しているだけなんだけど…忙しいからいちいち確かめていられないし。

その中で、自意識の強い、丁度やらかす年齢のプラントハンターさんが、一儲けをしたいばっかりに罪のない樹齢300年のヒバを引っこ抜いてきてしまったのかなぁ。

まぁ、大変ですね、お金お金って。

金がないのは首がないのと同じって言うけど、あんまりお金に執着しすぎたら、不幸の始まりになってしまいそう。

猫が飼える家に住めて、毎日ご飯が食べられたらそれでいいけどな…
その上あれも欲しいこれも欲しいと思ったら、結局は金の亡者みたいになって、何のために生まれたのか、生きているのかわからなくなると、今回のことで思いました。





2017/12/03

監獄の惑星

ネットサーフィンをしていたら、「エイリアンインタビュー」という本の感想を述べているブログを見つけて、宇宙人好きの私は、「えー?何々?宇宙人にインタビュー?」と思って読んでみたら…

どうもロズウェル事件で捕らえられた宇宙人に、女性の軍関係者がテレパシーで質問に答えてもらったとかいう内容でした。

詳しくは、本を買って読まないとダメなのですが、読んだら鬱になりそうで怖くて決心がつきません…

だって、その本には、「地球は監獄惑星」って書いてあるんですって。

この美しい地球を監獄の惑星にしてしまうなんて、ひどい宇宙人がいたもんだと思いますが、罪を犯した宇宙人の魂を地球に送り込んで、人として転生を繰り返させて地球から出られないようになっている云々。

ええ〜っ!そんな殺生な。

もしかして、そのせいで欲にまみれた人たちが、自然を壊して回ってるの?
元々、きれいな心で生きていた原住民たちも、罪人の宇宙人にずるいことをされて心が傷ついて、アダルトチャイルドになってチェーン現象が起きて、罪人を量産してるんじゃないの?

まだ読まないうちから妄想が爆裂中です。

ああ、どうしようかな?
怖いもの見たさもあるんだけど。

アナスタシアの内容と合体させたら、ヴェド文化の中で平和に暮らしていた地球人の中に、罪深い宇宙人を転生させて、地球をめちゃくちゃにしている悪の宇宙帝国があるということになるんだけど。

Kindle版もあるらしい。安いからこっちでもいいかな。






2017/12/01

三つ子の魂百まで

私の子供の頃、子供を育てるに当たって、近所の若いお母さんたちは井戸端会議で、「三つ子の魂百まで」というコトワザを話していたような気がする…

でも、どうやらその意味を穿き違えていて、“子供がワガママを言ったら、絶対に聞いてはならない。その時は厳しく叱りつけて、二度とワガママを言わないように躾ける”という感じのことを言ってたと思います。

小学生の私は小耳に挟みながら、「こわいな。」と思っていたような気がします。

この昔のお母さんたちの解釈は、完全なる間違いで、そんなことをすると、「子供の頃の記憶が無い」というようなアダルトチャイルドを作ってしまうようです。

私には甘やかしてくれる祖母がいたから、あまり被害に遭わずに済みました。それでも一度、夜に家を追い出されるようなパフォーマンスを父にされて、母は見て見ぬ振りをするし、祖母はオロオロするばかりで、子供の私の心はいたく傷ついて、「どうしてこんな暗黒の世界で生きていかなくてはならないのだろう。」といった絶望感で一杯になったことがありました。そのあと、川崎病になって死にかけたから、それ以来、私を家で厳しく叱る人はいなくなりましたが…

話が逸れましたが、3歳までに子供を厳しく叱って育てるということは、とても頭の悪い育て方で、子供は大人になっても心の傷が残っていて、自分の要求を他人にすることもできないし、自分らしく生きることもできなくて、一生苦しんで生きるようなのは、周りを見てきたからわかります。

そういう育て方は、創造的な才能を生かして自由に生きる人生を奪い、ただ、毎日あくせく働いて年をとって死ぬだけの人生を作り出し、さらに自分がされたことを正しいと思い込んで子供にするから、そういう奴隷人生を送る人間を生み出し続けることになるのだろうと思います。

そういえば、私が子育てをしている時も、近所の主婦たちは井戸端会議で同じことを言っていたし、歴史は繰り返されていて、これもこわい話だなと思います。

若いお母さんたちは気をつけてほしいと思うので、ググっても見つからないかもしれないと思いつつ、ここに私見を残しておきます。


2017/11/25

あすなろの木

富山県氷見市の山林に生えていた樹齢150年の「あすなろの木」を、プラントハンターなる人が引き抜いて、神戸のイベント会場に移植したというニュースを知りました。

写真では、注連縄が巻いてある「あすなろの木」は、根っこごと引き抜かれて、神戸のクリスマスイベントでクリスマスツリーになるという話。

樹齢150年だろうが何だろうが、集客や集金のために殺される図式は、神をも恐れぬ行為のように思えたし、注連縄なのにクリスマスという、何とも変な組み合わせが、まさに「お金のためなら何でもあり」みたいで、私は嫌な気分になりました。

寒い季節に、根っこから抜かれて山から海辺に移植され、イベント終了後の行き先は決まっていないとのこと。

大手ファッション会社が協賛して、枝で作ったアイテムを売るとか、震災の慰霊とか鎮魂とか、外側ばかりゴテゴテに飾って中身はドロドロの、お金という悪魔に魂を売り渡した人の心を見たようで、腹が立ちました。

先日、近所の樹齢50年の木々が数本伐採されて、そのあとすぐに台風が来て大和川が氾濫しましたが、何かバチが当たりそうで、怖い案件です。

バチが当たるか当たらないか、要観察だなと思ってます。

その話とは真逆の植木屋さんがいて、友人のところに出入りしている人ですが、景気が悪かったり老朽化して維持できなくなった旅館やホテルの庭に生えている立派な木を、根っこごと引き抜いて、中国人の富裕層の庭に移植しに行ったという人がいて、古木を守ろうとする姿勢と、古木を商売に利用して殺す姿勢が、本当に真逆だなと思った次第です。

お金が牛耳っている世の中だけど、欲深くなりすぎて悪魔に魂を売り渡すようなことはしてはいけないと、私は思います。

2017/11/17

西太后は悪者ということになっているけど

「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉がありますが、西太后もそれかなと。

こないだNHKの番組で、西太后のことをやってたんですよ。

「気まぐれな政治を行った」と、悪い烙印を押されている感じ。

言わせてもらいますがね、西洋の文化を受け入れようとしたのに、後から西洋文化を閉め出したのは、理由があるんですよ。

賢い子供達をアメリカなどに送り込んで勉強をさせても、帰ってきたら西洋かぶれになっていて、すっかり洗脳されてるんですよ。

そして開国だ文明開化だと言って国を売り渡す手伝いを始めるんですよ。国を守るどころか。

って、今の私がこんなこと言ってても誰も聞いてくれませんが。

大体、西太后は清国を作ったわけでもなくて、嫁に来てたまたま政治に関わるようになってしまっただけ。

周りは国の実権を握ろうとする輩だらけ。陰謀だらけ。

皇帝は当てにならない上に早死にしてしまうし。

本当によくやったと思いますよ。
私は西太后を褒めてあげたいですね、まぁ、自分の前世ですけど。(夢かもしれないけど)

その苦しみから逃れようとして、王宮を犬だらけにしてしまって、今度は「どうしてこうなるの?」という疑問がつきまとって、その答えを今の人生で得たところ。

「人間が自然から離れてしまったから」

どうしたら戻せるんだろうという疑問がまた湧いてきたけど、「次はもう無い、今回が最後のチャンスだ。」と、生まれる前に知らされているから…(こういうこというと、怪しい人だと思われるだろうな)

どうして自然から離れてしまったのかというと、「欲」が深いから。

動物たちをみていると、ただ空腹を満たせて、安心して寝られる寝床があったら万々歳みたいな感じだけど、人間はもっともっと欲しがって、欲しがるほどに自然からかけ離れていく、それの繰り返し。

お金が発明されて、借金が発明されて、お金が神様みたいになって、お金のためなら嘘をつくことも平気になり…

全てのことにお金がかかるから、誰かを助けたいと思って始めたボランティア活動も、「もっと助けたい」=「もっとお金が必要」になってしまう。

西太后の頃にやってきた西洋からの災難の結果が、今の「お金が全て」の世界に収束してきた感じがする今日この頃。

西太后は直感的にそういうことを感じて西洋列強を排除したかったけど、女一人ではとても無理ですよ。

今の私には、そういう気概も何もなくて、まぁ、思考で現実を創造してみるくらいしかできないなと思います。それが大当たりだったら面白いなと思います。



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