2017/08/20

私の子育て

息子は、新生児の時から「社長!」と呼びたくなるような雰囲気を醸し出す赤ちゃんでした。

私はといえば、若くて子育ては初めて、自信も何もあったものじゃなくて、はじめは年配の人に聞いたり、子育て中の友達に聞いたりしてました。

すごい年配の人の意見(大正生まれくらい)では、赤ちゃんが泣いたらすぐに飛んでいって、オムツが濡れていないか、ミルクを欲しがっていないか確かめたあと、それでも泣きやまない時は、おんぶをして用事をしなさい。赤ちゃんが何を訴えているのか、泣き声でわかるようになりなさい。と教わりました。

中くらいの年配の人(戦前生まれ)の意見の中に、チラホラと、「泣き癖がつくから、すぐに行ってはならない」という意見が混じり始めました。

後でわかったのは、多分、「スポック博士の育児書」を読んだ人と読んでいない人がいて、読んだ派が「泣き癖派」、読んでいない派が「従来のおんぶ派」なのでした。

私は自分がしてもらったように、大正生まれくらいの人の意見を取り入れて子育てしてました。(祖母が母親がわりだったから)

トイレトレーニングの頃、団地で核家族の暮らしをしていて年配の人に助言を求めにくかった時がありました。それで、同年代のママ友に意見を求めるようになったのです。

ある日公園で、他の子のお母さんに、トイレを失敗した時は、叩いたり叱りつけないとダメだと言われたのです。

今までとは真逆な感じがしたものの、公園ママ友たちの多数意見だったので、私はそれを試したのです。

そしたら、その日から、チックは出るわ、オネショをするわになってしまって、大失敗でした。

「わー、えらいことしてしもたわー、みんなのとこって、こんなことしてて大丈夫なんかなー。」と思ったし、そこからは、若い人の言うことは信用しないようになりました。

息子には、得手不得手が極端なところがあり、記憶力はトップクラスなのに字が書けないとか、口は達者なのに運動が苦手とか、バランスに欠けるところがあって、そのことを理解してもらえなくて、学校で先生に強く叱られたり、家庭のゴタゴタがあったりして、小1で不登校になってしまいました。

小2で転校して、担任の先生に説明して理解を求めて、何とかかんとか小6まで続いたものの、中1でまた不登校になってしまったのです。

その時に、外野が、「甘やかすからそうなる。」と言ったり、スパルタ式の育て方(兵糧攻めなど)を私の耳に入れてきたのですが、トイレトレーニングの時の教訓があったので、外野の意見は無視して、人が勧めてくることの逆をやってきました。

スパルタ式は却下、不登校が恥ずかしいと思わなくて済むように、堂々と近所の人には笑顔で挨拶するように勧めました。

勉強は、自分の興味の赴くままに任せました。今はパソコンがあるので、何でも一人で調べて賢くなりました。数学は興味がなくて、全く勉強しませんでした。英語は、英語のネットゲームにハマった時に、何となくわかるようになったらしいです。

今は、「モモちゃんのパパ」(犬です)と、近所の子供たちに慕われて、散歩の時に出会うおばあちゃんたちからも、人気です。

「不登校だけど、引きこもりではない」というコンセプトであり、「明るい不登校」と名付けてもいいかなと思います。

自分の子が不登校になると、ついつい他人の目を気にしがちです。普通じゃないのは恥ずかしい。みんなと同じようにしていないと不安。

けれど、嫌がる子を無理にどうにかさせようとするのは、自分の虚栄心を満たすためなんだと思います。

子供のことで、自分の心を振り返るチャンスが訪れたと私は思いました。人生で起こる全てのことは、そのことにパニックになって振り回されるのではなくて、「自分の心を探る旅」なのだなぁと、この頃思います。

2017/08/08

夏は裸がいい

「下着は、汗を吸い取って蒸発させてくれるから、着た方がいい。」と、昔、子供の頃にテレビで見ました。

そのことを忠実に守って生きてきたのですが、最近、猫に合わせてエアコン無しの方が多い私は、「裸の方がええんちゃうん?」と思ってしまって。

家の中では下着の上にさらに何か着るなどは、考えられない下僕生活。家中を掃除だ猫様のご飯だと言って走り回るから、汗ダクダク。下着はボトボトで汗臭い汗臭い。それが今度は冷えてきたりして…思い切って裸になってしまうと快調なんだけど。
誰が下着は着ないとダメって言い出したのだろうか?

正直、アマゾンの原住民が羨ましい。
家用にビキニみたいな服があったら、飛びつくのにな〜とか、“エアコン無しの人の夏用部屋着”を夢想したりする今日この頃。

だいたい、エアコンをすぐに使うようになってからの日本人は、老若男女、熱中症になりやすくなったと、私は思いますけど。

男だったら家の中でパンツ一丁でいても平気なのにな。
だから女に生まれたくないと、あの時言ったのに。(生まれる前だけどね)

あーあ、男の人が羨ましいなと、夏になると思うんです。

夏になると、「丸坊主にしたい病気」になる私ですが、男だったら頭を丸坊主にしても誰も気にしないけど、私がやったら抗がん治療中だと思われるのがオチのような気がして、できないし。

そうは言っても、できるだけ短く刈り上げていたら、息子に、「なんか愛されてない認知症のおばあさんみたいやわ。」と言われるし。(毛染めもしていないから)

丸坊主で真っ裸だと、暑くなったらすぐにぬる目のシャワーを浴びて、そのまま自然乾燥していたら、プールにいるみたいに涼しそうだなぁ。

そんな妄想をしてしまうほど、今年の夏は、梅雨が明けた途端に暑くなりました。
早く秋にならないかなぁ。処暑が待ち遠しいです。

2017/07/31

猫が異常に鳴くとき、どうすればいいか

甘えん坊な猫様は、分離不安という状態になる子がいるのです。

飼い主を呼んで鳴き続けたりするような状態です。

それが高じると、わざとトイレに入らずに、少しずらして粗相をしていたりするんですよね。

それができる子は、まだ体の病気にはならないですが、それができないお行儀の良い子は、病気になっていきます。

猫が、何かを訴えて鳴いている時、何をすれば良いのか?私の経験を書き残しておこうと思います。

プラちゃんは、脊椎を怪我したあと、半身不随から生還した猫です。

オシッコが座ってできなかったり、ウンコが出にくくて便秘になったり、排泄に一苦労しているのですが、このプラちゃんが、いつもドラ声で鳴きわめきながら家の中を歩き回ってたんです。

どうしたものかと思いながら観察していたら、オシッコを床に飛ばして汚れた時や、ウンコが床に転がってしまった時、または、モモ犬に取られないように猫のフード皿をテーブルの上に置いていて、テーブルに登れないプラちゃんが、お腹が空いたと訴えていたというのがわかってきました。

それと、そのようにして、私がじっと見て観察することに、プラちゃんは幸せを感じているようで、要求が通って心が通じたと思うことが増えていくにつれ、ドラ声で鳴きわめく回数がグンと減ったのでした。

もう1匹、いつも鳴いている、夏子という猫がいます。

夏子は、モモ犬が来てから、怖くてリビングの床に降りてこなくなった猫で、モモ犬のケージの上に置いた猫用のケージから、いつも私を呼ぶんです。

私がボケーっと韓流ドラマを観ている至福の時間を邪魔するので、正直ウザいと思ってたんですが、プラちゃんと心が通じた経験から、きっと夏子も何かを訴えているんじゃないかと思い、鳴いて呼ばれる度に、夏子のところに行って、「何が言いたいのん?夏子は?」と聞くようにしていったのです。

思いつくままに、毛を梳いてあげたり、体を触ってあげたりしているうちに、やはり何を要求しているのかわかってきました。

夏子は、「他の猫がウンコをしてあって臭いから掃除をしてくれ。」とか、「チョコタンがケージに上がり込んでアタチのご飯を横取りした上に食べ散らかしてて、こんなの食べられません。」とか、「モッサモサの毛の手入れをしてほしいんですけど。」などと言っていたのです。

そのことを私がわかるようになってくると、夏子のイライラした様子は、とても減っていき、穏やかでいることが多くなりました。

ポイントを押さえておくと、

1、猫が鳴いたら、「何かを訴えている。」とまず思うこと。

2、周りの環境や、猫の様子をよく観察して、何が言いたいのか試行錯誤すること。

3、心で思っていないのに、ただ撫でるだけとか、声をかけるだけというのは、猫にはバレているので心を込めること。

以上3点を、猫のことで悩んでいる人は、試してみれば良いと思います。



2017/07/27

仮の愛の空間

大都会の大阪で、アナスタシアの言う「愛の空間」なんか作れないと思って、「無い物ねだりの子守唄〜」などと歌っていた私ですが、ふと、家にいる猫たちが、私に「自然のバリアー」を作ってくれて、外からの災いを受けて守ってくれていたのだと、思い至りました。

木を植える土も無くて、仕方なく植木鉢に植えて、仮の自然を具現化しようとしている私なのですが。

あくせくと忙しい人間を尻目に、大アクビをしながら、「ようそんな毎日働くなぁ〜。」と言わんばかりに昼寝をしている猫さんたち。

猫たちがいたお陰で、自分たちの生活が、どんなに自然から離れているのか痛感できました。

地球さんだったら、難なくやってのける猫のトイレの世話も、完全室内飼いの我が家では、砂代や掃除の手間にお金と時間を吸い取られていく。トイレ掃除だけではなくて、家中の壁で爪を研がれて、新築の家が10年でボロボロ。床拭き掃除をしょっ中しないと、ベタベタになってしまう。これが、自然の中だったら、気にすることも何もないのに。

アナスタシアが言うところの、地球人類を支配している神官の陰謀の話だって、本を読んだ途端に合点がいくのだから。

本当に、猫は、私にとって数少ない自然の教師であり、守護神であるよなぁ…と、しみじみ思い至った次第でございます。

でもこれは、あくまでも「仮」。維持するのに時間とお金がかかるものは、仮。

それでも、私たち家族に自然の息吹を吹き込んで、悪いものから守ってくれる猫たちが、有り難いなと思います。



2017/07/26

断捨離ってクセになりますね

本棚の本を、まだ元気なうちに処分しようと思っても、手に取ると惜しくなってを繰り返しながら、だいぶ処分が進んできました。

アナスタシアの本を同時進行で読み進んでいるのですが、これを読んでいると、他の本はどうでもよくなって、全部処分したくなってきます。

でも、鍼灸の本はやっぱり置いておきたいし、「食べられる野草」の本だって、いつかは役に立つかもしれないし、和服から洋服にリフォームするときのデザインの本だって…と思い出したらきりがなくて困ります。

死ぬときには、魂だけ抜けていくんだから、全部要らないはずなのになぁ。

とりあえず、本のことも考えつつ、服や布団類なども整理したいし、家の中をスカスカにしていこう。

初めはダンナが始めたことなのに、すっかり私も虜になってしまって。

でも、これで、何十年後かに息子が「ゲェ〜これ全部どうせぇっちゅうねん!」と泣かずに済むかもしれません。

母が残した日本人形があって、猫がいるのでガラスを割られるかもしれず、危ないし、「うちの家には要らんわぁ…」と思うけど、捨てるのも可哀想だし、ひょっとしたら有名作家の人形だったら、お宝かもしれないしなどなど、これまた迷う迷う。

押入れもスカッとさせて、外にはみ出していた生活用品を押入れに片付けて、スキッとした家を想像しては、早くそうなりますようにと、期待感が高まります。

家の前にたくさん植えてある木々は、いつか息子が、広い土地のある農家だったような家に移り住んで、地植えにしてくれたら、最高なんだけどな〜。

それだけは、そのときのために残しておきたい私です。

2017/07/09

「気持ち」の話

アナスタシアの6巻(一族の書)に、宇宙の叡智は「気持ち」の中に含まれていて、「自分の気持ち」を感じることで、その中に全ての答えが含まれているというような下りがありました。

「気持ちって何よ?」と、最初はハテナマークがいっぱい飛んでいた私ですが、ふと、いつも猫や犬たちと心を通わせる時に私がやっていることを思い出しました。

それは、「テレパシーで動物と話をしたいとき、気持ちを込めると伝わりやすい」ということなのです。

猫に何かしてほしい時などは、気持ちを込めるとすぐに思い通りに動いてくれたりするんですよね。

たとえば、遊びの時間が終わって、自分たちの決まった部屋に帰ってほしい時、口だけで命令しても猫は絶対に言うことを聞いてくれません。

そんな時は、猫たちを愛おしく思う気持ちになってから、「はい、終わり〜!」と言うと、みんな走って帰って来てくれます。

猫は喋らないから、何かを訴えたい時は、ボディランゲージや目で伝えてくれますが、その時に、猫の気持ちを感じるように努力していると、ふと、してほしいことや言いたいことが頭に浮かんで、実際その通りだったということがよくあります。「これって、テレパシーよねー。」みたいなことが。

気持ちって、平凡だけど重要なことだったんだと、猫のテレパシーのお陰で、すぐに納得がいったのでした。

雨の日に犬の散歩をする時も、ドアを開けた途端に止むことがよくあって、「チェリーは晴れ男やなぁ〜。」と言っていたのですが、それも、もしかすると、「気持ち」を使って雨を止ませていたのだったりして。

「気持ち」は、この宇宙を創造した神の意識とつながるツール。

いつでも「気持ち」を感じている動物たちは、「気持ち」を感じることを忘れてしまった人間たちに、教えてくれる教師なんだなと思います。

(じゃ、食べたりしたらダメですね…^_^;)

2017/06/30

スペースコロニー

近所の地域猫活動をしている猫おばさんが、猫嫌いな人からえらいいじめられて、警察まで呼ばれて憔悴していると聞いて、「動物嫌いはスペースコロニーで住んだらいいのにねー。」と言って慰めたことがありました。

動物嫌いなもの同士、人しかいないスペースコロニーで、オシッコを濾過して飲んで暮らしたらいいのにな…みたいな。

そしたら、猫おばさんが笑って、少し気が晴れたみたいでした。(猫おばさんは避妊去勢も掃除もキチンとしている方)

そんなことがあった後、ふと、「霊界は私が考えたスペースコロニーに似てるなぁ。」と思ったのです。

死んだら霊界に行くけれど、そこは波長の似たものが集まるところで、そういう波長の違う世界がいくつもあって、地上に生まれるということは、そこから抜け出て、色んな波長の人がいるごった煮の世界で魂の修行をしているのだとかいう話を、昔、霊能者の本か何かで読んだことがあります。本当かどうかは死んでみないとわからないから、まぁそれが本当だとしたら、嫌なものを避けてスペースコロニーで生きるということは、わざとごった煮の世界に生きている意味がないかも知れない。

私がスペースコロニーに行けと思ったら、相手もスペースコロニーに行けと思っているし、それは即ち死ねということなのかも知れない。

現実にスペースコロニーが出来たとしたら、そこはやはり、ごった煮の世界なんだろうな。そうでないと人間として生きる意味がなくなるわけだから。(霊界の話が本当だと仮定して)

私や猫おばさんのベースにあるのは、地球は人間だけのものではないと、みんな気がついて、地球を大切に、生き物と共生してほしいということなんだけど、その気持ちを踏みにじられると、「スペースコロニーでオシッコを濾過して暮らせばいい。」となるところが、まだまだ修行が足りない私なのでした。

2017/06/28

共同の創造〜アナスタシア6巻より〜

本当の子作りは、「セックス」ではなくて、「共同の創造」。

快楽を求めたセックスの成れの果てに妊娠はするけれど、それは、ただ動物が発情して交尾するのと同じことだという。

「共同の創造」は、一般の「セックス」というものが、欲情からの交尾に近いものだということから、一線を画すために名付けられた子作りの方法のことだ。

「共同の創造」を経験したら、もう「欲情の交尾」などする気が失せて、浮気をしたいとか思わないらしい。

地球の上で、共同の創造から生まれた子供はいるのだろうか?たくさんいたら、地球はこんなことになっていないと私は思う。

私自身も、おそらくは欲情の挙句に生まれてきたのだろうと思うと切ないが、このような知識を持つ若者が増えていき、一人また一人と、「共同の創造の子供達」が増えていってほしいなと希望する。

そのためには、まず女性が目覚めないとダメで、欲情で近づいてくる男を相手にしない大前提があり、男性が心から「この女性との子供がほしい。」と思っている場合に、共同の創造は始まるらしい。

すっかり子供を産めなくなった私なので、欲情もなにもあったものではないけれど、息子の代で共同の創造をしてくれないかなーと、微かに期待。




2017/06/26

あぁ、恥ずかしい

毎夜毎夜、朝になるまでずっと、どこかからテレビの音がするんですよ。

バラエティみたいのだったり、ニュースみたいのだったり、ドラマみたいのだったりと、番組は様々なんですが。

てっきり、裏のマンションの住人が、窓を開けてテレビをつけたまま寝ているんだなと思っていました。マンションの方向から聞こえるから。

それで、マンションの管理会社に苦情を言ったりしてたんですよ、2回も。

でも、マンションではなくて、その向かい側にある文化住宅が怪しいということが最近判明して、マンションの管理会社に電話なんかしなけりゃ良かったと、穴があったら入りたい気分なのです。

私の家は、猫がたくさんいるから、朝起きてきた近所の人が、「臭っ」と思わないように、夜中に猫部屋の掃除をしていて、寝るのは最近午前4時くらいになっているのです。病気の子や年寄りの子のケアに時間がかかるようになって、寝る時間が延びに延びて、ヤバイのです。

今はちょうど夏至の頃なので、寝入り端に、裏からテレビの音がずっと聞こえると、気になってしまって、深い眠りにつく前に、カラスが鳴き出してしまうといった体たらくなのです。カァカァカァカァ鳴くわ鳴くわ…「おはよう〜」って挨拶しまくるカラスたち。

私がテレビの音を気にするのとは裏腹に、ダンナは「ワシ全然気にならへんわー、長屋に住んでたから隣の音はオナラの音まで聞こえてたからかなー。」とか言うし。

息子は息子で、「その音、お母さんにしか聞こえてへんのとちゃう?」とか言って脅かすし。

「文化住宅は、うちの真裏で、猫で迷惑かけてるかもしれないしなー」と思ったら、苦情なんて言いに行って「オタクの猫のせいで迷惑してるんや!」と言い返されたりしたら大変だし、もう諦めようかと思ったら、なぜだか気分が軽くなってきました。

文化住宅=年寄りが住んでいる=耳が遠くて寂しい人=テレビつけたまま寝てしまう

そういう図式だったら、可哀想だしなぁ。
でも、睡眠が浅いと、こちらの寿命が縮みそうで、早く窓を閉めて寝る冬にならないかなと願わずにはいられませんわ。(夏の冷房も期待)

2017/06/17

急に食べ物が無くなったりしたら

急に何かの事情で、日本で食料が手に入らないことになったら。

ペットフードが無くなって、人間の食べ物も底をついたら、大型犬のモモ犬は、猫を食べてしまいそうだから外に繋ぐことになり、そうしたら、モモ犬が他の人に食べられてしまいそうで嫌だな。

と、たまに変な想像をしてしまう私。

平和だからいいけど。これがずっと続いたらいいけど。

ある日、食料自給率の低いこの国で、食料の輸入が止まってしまったら。

都会では、備蓄してある分が無くなり次第に、奪い合いになるのだろうか?

その時、お金を持っている人が少ない食料を優先的に手に入れることができたとしても、核シェルターみたいなところに隠れていないと、食料が手に入らない人たちが掠奪しに襲いかかって来そう。

アホみたいな妄想かもしれないけど、0%ではないのだから。

私は30代の頃から、そんな事を考えていて、ずっと田舎で自給自足したいしたいと言い続けていたのだけど、猫まみれになっているうちに、すっかり気力体力も衰えて、今となっては諦めの境地…

でも、お願いだから、モモ犬が生きているうちに、そんなことにはなりませんようにと、時々考えてしまうのです。

日本政府にお願いします。

どうか、食料自給率を上げるような政策に舵を切ってください。
農家に転職したい人がいたら、気軽に土地と家を貸してくれるような、制度を作ってください。

お金がいくらあっても、世界的に天候異変が起こったら、食料の輸出国は、自国優先になるのに決まっているのだから…

どうか、よろしくお願いします。

«家畜と人間は同じなのかも

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